四十九.運命の邂逅
「まさか……お前……レイなのか……有り得ない……お前はあの時……」
「俺がこの手で殺した筈とでも言いたげだな?」
グラシャスが知っている黒髪の少年とは正反対の姿。目つきは以前よりも鋭く、黒かったはずの髪は銀色。鎧の色は吸い込まれてしまいそうな深淵の黒。しかし、彼は気づいていた。いや、気づきたくはなかった。いま魔族長を殺し、眼前に立っている男が自らの手で殺したあのレイであると。
「フッ……随分と姿が変わったようだな?」
「ああ、グラシャス。あんたのお陰で気づいたよ。優しさだけではこの世界を渡っていけないとな」
魔族長の身体に突き刺さっている魔剣を引き抜くレイ。次の瞬間、魔族長の身体は漆黒の靄に包まれ、そのまま霧散する。勇者の身体へ重く圧し掛かる少年の闘気。どうやったかは分からないが、グラシャスが劣等騎士と思っていた少年は、目の前で魔族長を倒したのだ。
「そうか、レイ。どういう理屈か知らねーが、お前は生きていた。そして、この世界の渡り方を理解したっつー訳か。じゃあ、俺に感謝して貰わないとだな。服従の証として、俺が魔族長を討伐した事にしろ。そうすれば、俺のパーティへ戻してやってもいい」
平静さを取り戻したグラシャスは、勇者パーティの一員という甘い汁にレイは擦り寄って来る。そう考えていた。しかし、銀髪の少年は、蔑むような眼でグラシャスを睨みつけると、吐き捨てるように言い放つ。
「どの口が言っている。俺より弱いあんたの仲間に誰がなるって?」
「……いま何て言った?」
「ん? 聞こえなかったのか? 何度でも言ってやるよ。自分の仲間を道具としか思っていない最弱勇者の仲間には死んでもならないってな」
「……そうか、わかったよ、レイ。もう一度死にたいらしいな」
グラシャスの持つ紅蓮の剣の刀身が橙色に染まり、紅蓮の炎を纏う。そのまま刀身を振り下ろした瞬間、赤い閃光がレイ目掛けて一直線に奔った!
(顕現せよ、ウンディーネ)
レイが心の中で念じた瞬間、暗黒神魔剣の柄へ精霊石が移動する。赤い閃光がレイへ届く直前、青白い光の壁が出現し、紅蓮の炎から彼の身体を護るのだった。
「なんだ……それは……」
「ちょうどこの間、あんたと同じ下衆な勇者から手に入れた力さ。水の精霊ウンディーネ、と言えば分かるだろう?」
「ちっ、ロイドを倒したのもお前って訳か。いいぜ、俺のイフリートとお前のウンディーネ。どっちが強いか分からせてやるよ! イフリート、力を貸せ! 精霊武技――火焔流撃!」
「精霊術――水龍斬」
舞台上を染め上げる灼熱の火炎。周囲を消し炭にする業火を前に、銀髪の少年が魔剣を振るうと、巻き起こる水流が業火とぶつかり合う!
舞台中央、水流が気化する事で高温の水蒸気となり、爆発を起こす。衝撃により、グラシャスの身体は壁に激突してしまう。
「くっ……嘗めやがっ……なっ」
蒸気により、遮られていた視界が晴れた時、吹き飛ばされていたグラシャスの眼前にレイが立っており、彼の右拳が勇者の腸を抉った。
「グラシャス、こんなもんか?」
「嘗めるなって言ってるだろうが!」
レイとの間に炎を出現させ、一旦距離を取るグラシャス。その時だった。ブネリの玉座、その背後から凛とした声が響いたのは。
「レイ様、憎しみが強くなっています! 呑まれてはなりません!」
「ああ、わかっている。アン、そこで待っていろ。すぐ終わらせる」
白と薄翠色色の美しい羽衣を身に纏ったライトグリーンの髪を靡かせたエルフ。場違いな女の出現に、グラシャスがレイを鼻で笑う。
「ふっ、そうか。女か。さてはお前、マーサに振られた鬱憤を晴らすために、エルフを奴隷にしたんだな?」
「奴隷じゃない。アンは俺の大切な仲間だよ――水流の断罪」
この時、魔剣の鋩より放たれる水の閃光が、まるで光線のように一直線に放たれ、グラシャスの肩口を貫いていた。グラシャスは、油断していた訳ではない。腐ってもSランク。彼は常に戦闘中火闘気を全身に纏っている。
通常の属性攻撃なら蒸発させてしまう程の防御壁を軽々と打ち破る水の閃光。この攻撃は、グラシャスをキレさせるには充分過ぎる一撃だった。
「そうか……レイ。どうやら俺に焼き尽くされたいらしいな」
「無駄だよ。あんたは精霊武技しか使えない。このままじゃあ、俺のウンディーネにすら敵わない」
「そうだな。このままじゃあ、な。さぁイフリート、喜べ! 蹂躙の時間だ!」
【ハイ……ゴシュジンサマ】
刹那、グラシャスの全身が炎に包まれる! 一旦距離を取り、アンの横まで下がるレイ。全身炎を纏ったかのような鎧と兜。勇者の持つ剣は、燃え盛る炎を象ったような刀身へと変化する。火の勇者は全身を滾らせた状態で、レイを見据え、口角をあげる。
「終わりだ」
【イフリートの気配!? レイ、来るわ!】
「レイ様!」
ルシアとアンが叫ぶと同時、レイは背中を斬られていた。水流を発動するよりも速く、魔剣を構えるレイの背後にグラシャスが立っている。背中を焼き切られた熱と痛みが脳へと伝わり、思わず片膝をつくレイ。
「精霊武技・改――灼速一閃。見えなかっただろう?」
グラシャスが再び地面を蹴る。レイは魔剣で受け止めるも、その力に気圧され、巻き起こる炎に身を焼かれてしまう。舞台中央へ引き摺られたレイへ火の勇者が火闘気をぶつける。
「お前を焼いた後、そこのエルフを弄ぶことにするよ。精霊武技――獄炎の焔柱!」
レイの全身が火柱に包まれる! 地獄より呼び起こされた炎は高い天井へ向けて伸びていく。
(ふ、手に入れたばかりのウンディーネの力じゃあ、俺に勝てる訳がねーんだよ。ロイドもこんな屑に負けるなんて、大したことなかったって事だな)
火柱を背にし、勝利を確信したグラシャスは、ご主人様の悲劇に叫声をあげるエルフの女へと目を向ける。
「レイ様ぁああああ!」
アンがレイの下へ駆け寄ろうとするも、グラシャスに顎を掴まれ、持ち上げられてしまう。
「女。さては、戦闘向きじゃないな? どうしてこの場に居る。お前みたいな場違いな女はお家で大人しく、ベッドの上でご主人様に腰を振っていればいいんだよ」
そのままアンを投げ飛ばすグラシャス。舌なめずりをした火の勇者は、この後のお楽しみを想像する。
(さて、この女。レイには勿体ないくらい、いい身体してやがるな。ふっ、いいねぇ~。この二つの果実はメロンか? 自慢の炎で軽く服を炙ったあと、熟れた果実を収穫するとしよう)
しかし、そこで異変に気づく。今まで脅える表情をしていた筈のエルフが、笑っていたからだ。
「……終わったとお思いですか?」
「なに?」
「レイ様は、あなたの力を引き出すために、わざわざウンディーネの力だけで戦っていたというのに……その方が闇に呑まれる事もないですからね」
「女、なにを言っている?」
この時、グラシャスの背中に悪寒が走る。この世の全ての深淵を集めた闇に押し潰されるような感覚。火の勇者は剣の柄を強く握り重圧に耐え、考えを巡らせる。
(なんだなんだなんだ!? 奴は俺が燃やした。何故背後から闘気を感じる……。そういえばこの部屋へ入る直前も……水闘気と違う重圧を感じた……そもそもウンディーネをロイドから奪ったのなら……奴はロイドをどうやって倒したんだ?)
「貴様、アンを傷つけたな」
「がっ!?」
グラシャスの身体が吹き飛ばされる。それは、レイが怒りにより発した闇闘気だった。紫色の闘気を蒸気のように発し、瞳を紅く光らせた少年は、鬼の形相で勇者を睨みつける。
「ど……どうなってる!?」
「もうこれ以降、あんたの攻撃は俺に通らない。さぁ、グラシャス。粛清の時間だよ」




