四十八.運命の再会
「よし、行くぞ! 止めだ!」
「まだまだ~!」
赤髪と黒髪。二人の男の子が、手に持った木の棒を互いにぶつけあっている。
小さな教会の庭先、子供達の汗が地面へ飛び散る。赤髪の子が力で押し込むも、黒髪の子も負けじと押し返す。遊んでいるようには見えない。二人共真剣な表情だ。
「レイ~、グラシャス~! シスターが呼んでるよ~。ご飯にしようって!」
「あ、マーサ!」
教会から出て来た女の子の声に反応する黒髪の子。黒髪の子が余所見をした瞬間、赤髪の子がニヤリと笑う。
「隙あり!」
「痛っ!」
黒髪の子が木の棒を落とすと同時に倒れ、修道女の格好をした女の子が慌てて走り出す!
「ちょっとレイ……大丈夫、傷がついているじゃない」
「てて……大丈夫だよ。こんな傷……かすり傷だし」
黒髪の子――レイの右手を両手で握り、手の甲へついたかすり傷を心配そうに見つめる女の子――マーサ。
「お前が余所見するからいけないんだぞ! 戦闘中余所見したら命取りだからなっ!」
「ちょっとグラシャス! 今のはダメ! レイに謝って!」
「どうして俺がレイに謝らなくちゃいけ……」
「謝って!」
マーサが強い口調で言った事で、赤髪の子――グラシャスが鼻を掻きつつレイへ謝る。
「悪かったよ、レイ」
「……別にいいよ」
「はい、二人とも仲直りね。待って、レイ。回復させるから」
ばつが悪そうな二人の仲を取り持つマーサは、祈りのポーズとなり、やがてレイの手の甲が淡い光に包まれる。レイの傷はあっという間に癒えていく。
「ありがとう、マーサ」
「す、すげー……さすが将来の聖女様だ」
レイとグラシャスが目を丸くする。マーサは幼い頃から既に聖女として潜在能力を開花させていたのだ。レイはマーサを真っ直ぐ見つめ、意を決した様子で立ち上がる。
「僕……マーサに守られてもっと強くなるよ。マーサを守る騎士になるよ!」
「え? レイ!」
頬が夕焼け色に染まるマーサ。その様子を見ていた赤髪の子も、二人の間に割って入る。
「待て待て! マーサを守るのは俺だ。何せ俺は将来勇者になるんだからなっ!」
女の子を前に闘争心を燃やす二人。そんな二人の様子を見ていた聖女がふっと笑い出す。
「ふふふふ。じゃあ、こうしましょう! 私も聖女として二人を守る。グラシャスは勇者、レイは騎士。みんなでパーティを組んで冒険しましょう!」
「お、いいねぇ! じゃあ俺がパーティのリーダーだな!」
「え? グラシャスが?」
不服そうな表情で頬を膨らませるレイ。
「何か文句あるのかよっ」
「いいよ、グラシャスがリーダーね。みんなずっと一緒だよ。さぁ、シスターが待っているわ。行きましょう」
三人は握手を交わし、小さな教会の中へと戻っていく。微笑ましい光景。三人はずっと一緒だった。これが彼等にとっての日常だったのだ――
◆◇◆
「……なっ!?」
勢いよく飛び起きる男。何も着ていない自身の上半身を見つめ、現実を認識する。
どうやら男は夢を見ていたらしい。彼にとっては最悪の寝覚めだった。どうしてそんな夢を見たのか、彼には分からない。それは確かに彼の幼い頃の記憶。彼にとっては思い出したくない記憶。
「ちっ……朝から最悪だぜ……」
舌打ちした男の隣には、隣で眠るシーツに包まった女性を見る。飛び起きた彼の様子に気づいたのか、やがて女も目を覚ます。
「ん? 朝……? おはようグラシャス」
「マーサ、起きたか」
「ええ。どうしたの? 悪い夢でも見……ちょっと……んんっ!?」
シーツに包まった状態で身を起こす女性。男は悪い夢を忘れようと聖女の唇を貪るように奪ったあと、気が済んだのかベッドから下りる。
「そんな朝からがっつかなくても、わたくしは逃げないわよ?」
「朝の挨拶みたいなもんだろ? 行くぞ! 今日は奴に呼ばれているからな」
二人は服を身につけ、二階の部屋から一階へ続く階段を下りる。そこはグラシャスが火の国ある貴族より褒美として貰った別荘だった。一階のリビング、勇者が部屋の扉を開けると、朝ご飯の支度をしていたエルフがリビングのテーブルへ食事を並べているところだった。
「おはよう。昨夜はお楽しみでしたね」
「ちょっと、ルン!」
「なんだ、お前も抱いて欲しいのか? ルン」
グラシャスがルンへ近寄るも、彼女は淡々と食卓へ皿を並べるのみ。
「スープが冷める。グラシャスもマーサも座って」
「相変わらずね、ルンは。さぁ、いただきましょう、グラシャス」
「ああ」
こうして食事を終えた三人は、装備を整え、出掛ける準備をする。 グラシャスはこの日、ある者に呼び出されていた。この別荘の地下には、特別な魔法陣が配置されている。遠く離れたとある城の地下へと通じているこの転移魔法陣は、仮に他の者が見つけたとしても発動する事はない。
グラシャスが普段装備している紅蓮の剣。柄に嵌め込まれた橙色の宝石――炎の魔封石に籠められた妖気にのみ反応し、転移魔法が発動する仕組み。
「しかし、ブネリ自ら俺を呼び出すとは珍しいな。奴も遂に俺の偉大さに気づいたって訳だ」
「そうね。グラシャスは最高だもの~」
グラシャスの腕に掴まるマーサ。そんないちゃつく二人の様子を見つつ、冷静に状況を分析していたのはルンだった。
「グラシャス。ロイドが失脚したという噂。きっとその話」
「ルン、ロイドなんてどうでもいい。俺にとっちゃあ勇者が一人消えてくれた方が好都合だしな。そろそろ行くぞ」
『場が冷めるだろう?』と舌打ちをしつつ、グラシャスが転移魔法陣の真ん中で剣を掲げる。魔法陣と紅蓮の剣が呼応し、彼等の身体が橙色の光に包まれる。
やがて、古代文字のような文字が刻まれた石壁に囲まれた祭壇のような場所。ブネリの居城、地下の魔法陣へと転移が完了する。そして、地下から一階へと移動したその時、グラシャス達は城の異変に気づく。
「待て! どうして血の匂いがする。それに何か強力な魔力を感じる。ルン!」
明らかに戦闘があった様子の居城。感知能力に長けているルンが目を閉じ、異変が起きている場所を探知する。
「エントランスホール……中庭……ブネリの部屋からも異常な魔力……これは……闘気?」
全身に悪寒が走ったのか、ルンが思わず身震いをする。闘気は精霊のみが持つ特有の力。つまりはグラシャス以外の勇者が居る可能性が高いという事になるのだ。
「なんだとっ!? 風の勇者か誰かが居るってのか!? ルン、お前はマーサとエントランスホールと中庭を見て来い。俺はブネリのところへ行く!」
「でも、グラシャス、一人では危険……」
勇者の身を案じたマーサの言葉を途中で止め、グラシャスが二人へ指示を出す。
「俺を誰だと思っている! グラシャス様だぞ! 行け!」
マーサとアンはエントランスホールへと向かう。そして、グラシャスは隠し通路からの直通ルートでブネリが居るであろう部屋へと向かう。
魔族長の部屋へ続く長い回廊。壁に飾られた鏡の中から火の勇者が姿を現す。閉ざされた扉の向こう、異常なまでの闘気を感じ、一瞬扉に触れた手を止めるグラシャス。
(おいおい……何なんだ、この肌にこびりつくような重苦しい闘気は……これは、ブネリの妖気じゃねぇ……じゃあ一体誰の……)
『あの銀髪少年……マークはしておいた方がいいかもしれませんよ。確か、名前をレイと名乗っていたか……』
この時グラシャスは、以前ブネリの部屋で聞いたビーンの言葉を思い出していた。銀髪少年、レイ……嫌な予感がした彼は、紅蓮の剣の柄を握り、重苦しい扉を開ける。
そこは真っ赤な絨毯だけが敷かれた広い部屋。ブネリは自身の能力で空間を変化させる事を興としていた。この空間は、ブネリが戦闘をする際に創る特別な空間だった。グラシャスが視線を向けた先には、玉座があり……そして、玉座の前には……。
漆黒の剣に胸を貫かれた状態で魔族長――青龍のブネリが横たわっていた。
「なん……だとっ!?」
(あれは、ブネリ……馬鹿な……胸を貫かれているだとっ……じゃあ倒した奴は……)
理解が追いついていない状態で、ようやくグラシャスは、ブネリへ魔剣を突き刺した少年の存在に気づく。漆黒の鎧に身を包む銀髪少年は、入口に佇むグラシャスに気づき、彼へ向けてこう言い放つのだった。
「よう、グラシャス遅かったじゃないか? こっちは今、終わったところだよ」




