五十.粛清の時間
魔族長ブネリと対峙していた時から、アンは戦いの一部始終を見ていた。
死神の息吹を耐え、本性を現した魔族長ブネリは確かに強かった。
天空より対象を穿つ〝青龍の轟雷〟。対象の影すら消し炭にしてしまう、回避不能の最上級スキルだった。魔法防御を無視し、周囲全てを破壊する全範囲攻撃――〝雷帝光魔陣〟との合わせ技は、一国の軍隊ですら敵わないレベルであった。
しかし、あろうことか、レイは、天空からの雷撃を闇闘気で覆った腕で掴み、全範囲攻撃を喰らい、死属性と混ぜてブネリを斬りつけていったのだ。力で圧倒された魔族長はあっけなくレイの手によって倒されたのである。
そして、ブネリへ魔剣を突き刺したその時、火の勇者グラシャスが現れたのである。アンは気づいていた。レイの中に眠る憎悪が、怒りが闘気となって溢れそうになっている事を。アンを玉座の裏へと隠したレイは、彼女へ笑顔を向ける。
「アン、俺は大丈夫だ。最初は死属性を使わない。だが、俺が死属性を使う時、もし、何かあった時は歌を歌って欲しい」
「わかりました、レイ様。ご武運を」
そして、レイはグラシャスと対峙し、今まさに死属性の力を開放しようとしていた。起き上がったグラシャスを蹴り飛ばし、紅蓮の炎を纏った勇者が、口から血を吐き出す。
グラシャスはレイを睨みつけ、先程放った獄炎の焔柱でレイを包み込むも、巨大な火柱が漆黒の闘気が渦を成し、やがて炎が消滅してしまう!
「貴様、なにをした?」
「お前の炎を喰らったんだよ? 俺が持つ【死属性スキル】でな」
EX属性である【死属性】。グラシャスも聞いた事があったが、実際目にするのは初めてだった。しかも、使っている者は自身がよく知る幼馴染の少年。火の勇者は、滾る血が煮えくり返るほどの怒りを覚える。
「なぜ、お前が【死属性スキル】を使える!? まさか、精霊と契約したのか?」
「だったらどうする?」
「……お前みたいな落ちこぼれ劣等騎士が、そんな精霊に認められる訳がない! 精霊の力を扱える者は俺だけで充分だ」
グラシャスの放つ炎はレイに届かない。続けて先程レイを斬りつけた背後へ回る高速移動を披露するも、グラシャスの刀身は死喰魔装へ呑み込まれてしまう!
「言ったろ? あんたの攻撃は通らないって」
「馬鹿なっ、イフリート! もっとだ、もっとお前の力を寄越せ!」
その時だった。紅蓮の剣の柄に嵌め込まれた魔封石が強く発光し、炎の魔人、イフリートが、自らの身体を灼熱に染め上げ、レイへ体当たりして来たのだ。
【スベテハゴシュジンサマノタメニ……ゴシュジンサマノタメニ……】
【もう、大丈夫よ、イフリート】
次の瞬間、レイとグラシャスの上空、具現化したルシアが漆黒のドレスを身に纏い、イフリートの身体を抱き締める。イフリートを縛っていた憎しみや怒りをルシアが吸収していく。やがて、瞳の光を失っていたイフリートが雫を零し、ルシアと顔を見合わせる。
【あんたルシア……ルシア! タスケテ……】
【ええ、今助けるわ! レイ、魔封石を砕くわよ】
「ああ」
「させるか! おい、イフリート戻れ!」
レイがイフリートを封じる魔封石を砕こうとグラシャスへ迫るも、グラシャスが剣を掲げて叫んだ事で炎を纏ったイフリートが強制的に引き戻され、その衝撃でレイの身体が吹き飛んでしまう。
「おい、イフリートを離せ。精霊は道具じゃない。あんたがやっている事は魔族と同じだ」
「何を言っているんだ、レイ。イフリートは俺のモノとなり、俺の糧となる。覇道の手助けが出来るんだ。これほど幸せなことはないだろう? お前、優しさだけではこの世界を渡っていけないと気づいたんじゃなかったのか? この世界は残酷だ。なら俺はこの世界を利用するまで。精霊も仲間も国も魔族も関係ない。お前はそうじゃないのか? レイ」
グラシャスが口角を吊り上げる。火の勇者はどこまでも腐っていた。彼はどこで間違ってしまったのか? レイは彼に利用されるだけ利用されて捨てられたのだ。
「俺はあんたとは違う、グラシャス。大切なものを履き違えるような人間には俺はならない!」
レイがグラシャスを斬りつけた瞬間、燃え滾る闘気を根こそぎ奪う。脳を強く揺さぶられるような感覚を覚える火の勇者。グラシャスが纏っていた炎が、この時一瞬にして消えていた。
(こいつ……本当に俺の闘気を喰らったのか!?)
「待てレイ、話せば分かる。そうだ、お前にマーサを抱かせてやるよ。俺の命令ならあいつは絶対聞くからな。どうだ? 悪い話じゃないだ……うごっ!」
グラシャスはレイに殴り飛ばされる。魔剣へ力を籠め、ゆっくりと歩み寄るレイへ、グラシャスは初めて恐怖した。自分より強い存在など有り得ない。恐怖を怒りで覆い、グラシャスは地面を蹴る。
「身の程を弁えてもらうぞレイ! この女がどうなってもいいのか?」
玉座の近くに居たアンを捕まえようとするグラシャス。しかし、彼女の身体を掴もうとした瞬間、彼女の姿は消滅し、代わりに漆黒のドレスを身に纏った闇精霊がその場に顕現する。
【残念~。闇闘気で創った幻でしたぁ】
「お前がアンを狙う事は想定済だ。黒剣無重奏!」
既にアンはレイの背後に立ち、祈りのポーズで歌を歌っていた。レイは魔剣をグラシャスへ向け、無数の刃がグラシャスの体躯を貫いていく! 死属性の圧倒的な力に蹂躙されていく火の勇者。
「嘗めるな……よ……!」
燻っていた炎を再び発動し、傷だらけになりながらも立ち上がるグラシャス。しかし、レイは瞳を赤く光らせたまま、冷徹な表情で火の勇者へと迫っていく。
「嘗めてはいないよ、あんたは腐っても勇者だ。言ったろ、粛清の時間だと。黒剣無重奏!」
(レイ様! グラシャスにもう戦う力は残っていない! 魔封石を砕いてイフリートを開放すれば終わりなのに……レイ様)
アンはレイの暴走を食い止めるため、歌を歌い続ける。彼女は気づいていた。自身が傷つけられた事に、彼は怒っていると。
「あんたはアンを傷つけた。そして、仲間を、精霊を……全てを愚弄した。あんただけは……許さない! ――黒剣無重奏!」
(レイ様ダメ! このままじゃあレイ様が闇に呑まれてしまう……!)
アンの紡ぐ歌が彼に届かない。紫色の闘気が揺らぎ、顕現する無数の魔剣。貫かれる勇者の体躯。レイの瞳は既に赤く光っていた。
何度目かの蹂躙に、纏っていた炎も消滅し、両手と腰を地面へついたグラシャスが彼を見上げ、呟く。
「……殺せよ」
「ああ。グラシャス、さよならだ」
「もうやめて、レイ様! だめ、このままじゃあレイ様がレイ様じゃなくなっちゃう!」
レイが魔剣を構え、グラシャスを斬りつけようしたまさにその時、先程まで歌を紡いでいたエルフ――アンは彼を後ろから抱き締めていた。




