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ここから  作者: きさら
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第7話 もう一度、私に

8月12日。


昨日の夜、心の中で決めたこと。


私はその決意を行動に移すことにした。


彼氏との関係を終わらせよう。


もう先延ばしにはしない。


そう決めて、私は彼氏に電話をかけた。


あのLINEが届いて以来、私たちはずっと連絡を取っていなかった。


恋人同士のはずなのに、何をしているのかも分からない。


そんな関係が続いていた。


でも、今日で終わりにする。


私は自分から伝えた。


「別れよう」


ずっと言えなかった言葉だった。


彼氏は私の言葉を聞いてこう言った。


「わかった。じゃあ友達に戻ろう」


「それはちょっと…難しいね」


私はそう答えた。


恋人として過ごしてきた時間をなかったことにはできない。


別れたからといって、すぐに友達に戻れるとも思えなかった。


だから、その提案を受け入れることはできなかった。


そして不思議なことが起きた。


涙が出てきたのだ。


……あれ?


どうして?


自分から別れようと言ったのに。


ずっと別れなきゃと思っていたのに。


ようやく決心して伝えられたはずなのに。


なぜか涙がこぼれてきた。


悲しかったのだろうか。


寂しかったのだろうか。


それとも、今までのいろいろな気持ちが一度に溢れてしまったのだろうか。


自分でもよく分からなかった。


ただ、泣いている自分に驚いた。


「今までありがとう」


最後にそう伝えて電話を切った。


こうして私たちの恋人としての関係は終わった。


夕方繋から連絡があった。


自宅に帰ってきたという。


私は繋に会いたかった。


昨日、あんなに大変な思いをさせてしまったけれど、どうしても顔が見たかった。


それに、伝えたいこともあった。


昨夜ぐったりしていた猫の体調が回復していたのだ。


あんなに心配してくれた繋にも、そのことを知らせたかった。


家に行ってもいいか尋ねると、彼は了承してくれた。


私は急いで繋の家へ向かった。


彼はいつものように快く迎えてくれた。


それだけで嬉しかった。


「猫ちゃん大丈夫だった?」


繋はそう聞いてくれた。


昨日のことを覚えていてくれたのはもちろん、猫の体調を気にかけてくれていることが嬉しかった。


私は猫が元気になってきたことを伝えた。


あの時は本当にどうなることかと思ったけれど、少しずつ回復してくれている。


そのことを話せるのが嬉しかった。


それから、繋が家族と川へ遊びに行った時の話を聞いた。


どんなふうに過ごしたのか。


楽しかったのか。


そんな何気ない会話を交わした。


彼氏とは交わされることのなかった、繋とのいつもと変わらない時間だった。


夜になり二人でご飯を食べた。


食事を終えてからはテレビを見たり、のんびり過ごしたり。


特別なことをしたわけではない。


いつものように一緒に過ごしていた。


でも、私の心の中はいつもと違っていた。


今日、彼氏と別れた。


そのことを繋に伝えたい。


会いに来た時からずっとそう思っていた。


けれど、なかなか言い出せなかった。


今言おうかな。


いや、もう少し後にしようかな。


そんなことを繰り返していた。


別れたことを伝えたら、繋はどう思うだろう。


喜んでくれるかな?


あの日の告白から、もうしばらく経っている。


私たちは一緒に過ごす時間を重ねてきたけれど、告白については一度も触れていなかった。


彼の気持ちは、まだ変わっていないのだろうか。


そんなことも気になっていた。


でも、聞く勇気が出ない。


結局、いつものように話をしたりテレビを見たりしているうちに、眠る時間になってしまった。


……あれ?


もうこんな時間?


私、何も言えてないじゃん。


自分でも少し呆れてしまった。


でも、今しかない。


ここで言わなかったら、また先延ばしにしてしまうかもしれない。


そう思って、私はようやく口を開いた。


「私今日彼氏と別れたの」


ずっと伝えたかった言葉だった。


やっと言えた。


そう思った、その時。


また涙が出てきた。


……え?


また?


彼氏に電話で別れを告げた時も泣いたのに。


繋に伝えたら、また泣いてしまった。


自分でも理由が分からなかった。


もう別れると決めていた。


自分から電話をかけて、きちんと終わらせた。


それなのにどうして涙が出るんだろう?


そんな私を見て繋は何も言わなかった。


ただ、優しく抱きしめてくれた。


何かを聞かれることもなかった。


無理に励まされることもなかった。


ただ、抱きしめてくれた。


その腕の中で私は少しずつ落ち着きを取り戻していった。


何も言わずに傍にいてくれる。


それが、ありがたかった。


しばらくして涙が落ち着いた頃。


私は繋に聞いてみることにした。


車の中で突然告白された、あの日のことを。


「繋の気持ちが変わってないなら、もう1回告白してくれる?」


自分からそんなことをお願いするなんて、少し恥ずかしかった。


でも、もう一度繋の口からちゃんと聞きたかった。


あの日は返事ができなかった。


彼氏がいたし、自分の気持ちも整理できていなかった。


繋のことをどう思っているのかさえ、はっきり分からなかった。


でも、今は違う。


彼と過ごした時間。


一緒に食べたご飯。


何でもない会話。


同じ布団で眠った夜。


そして、猫たちのためにしてくれたこと。


その一つ一つが、私の中に積み重なっていた。


私は、繋に惹かれていた。


だからこそ、今度はきちんと彼の気持ちを聞いて、自分の気持ちを伝えたかった。


繋は、真っ直ぐ私の目を見た。


そして言った。


「俺と付き合ってください。」


あの日のような突然の告白ではなかった。


今度は、私自身が望んで聞いた言葉だった。


私は答えた。


「よろしくお願いします!」


嬉しい!


やっと応えられた。


今度は迷わずに心から。


あんなに曖昧だった私たちの関係に、ようやく名前がついた。


恋人


繋は、私の彼氏になった。


そして私は、繋の彼女になった。


そう思うと、なんだか急に恥ずかしくなった。


今まで何度も会っていたのに。


一緒にご飯を食べて、同じ布団で眠っていたのに。


恋人になった途端、彼を意識してしまうなんて。


なんだかおかしかった。


そして、私たちはキスをした。


恋人として交わす、初めてのキスだった。


思い返せば、最初の出会いからここまで、いろいろなことがあった。


初めて二人で出かけた日。


突然告白された日。


返事をしないまま、恋人のように過ごしていた日々。


自分の体型を気にせず、ご飯を食べられるようになったこと。


そして、猫たちのことで大変だったあの二日間。


私は少しずつ、繋という人を知っていった。


最初は、こんな関係になるなんて思っていなかった。


彼氏がいる私に告白してきた時は、驚いたし戸惑った。


でも、彼と過ごす時間が増えるにつれて、私の気持ちは変わっていった。


優しい人だと思った。


一緒にいて楽しい人だと思った。


ありのままの私を受け入れてくれる人だと思った。


そして何より。


私が大切にしているものを、同じように大切にしてくれる人だった。


私は、そんな繋を好きになった。


彼氏との別れで流れた涙の理由は、今でもよく分からない。


でも、別れると決めたことに迷いはなかった。


一つの関係を終わらせて、私は新しい一歩を踏み出した。


8月12日。


ずっと曖昧だった私たちの関係が、ようやく恋人同士に変わった日。


あの日、車の中で答えられなかった告白に、私はやっと返事をすることができた。


これから先、どんな日々が待っているのだろう。


まだ何も分からなかった。


それでも、この日から繋は私の恋人になった。


私たちの新しい関係が、ここから始まった。


――第7話 もう一度、私に 終

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