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ここから  作者: きさら
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第2話 星空の下で

あの日から、約2ヶ月が経った。


初めて会った川崎繋という男性に対する印象は、決して良いものではなかった。


むしろ、できることなら思い出したくないくらいだ。


険しい表情。


短い返事。


何を話しても広がらない会話。


あの2時間を思い返すだけで、今でも少し疲れてしまう気がする。


当然、もう一度会いたいと思うこともなかった。


そんな彼から、突然連絡が来たのは7月に入ってからのことだった。


「今度、ドライブ行かない?」


画面に表示された短い文章を見て、私は思わず固まった。


――え、ドライブ?


あの人と?


正直、驚いた。


まさか、もう一度誘われるとは思っていなかったからだ。


それに、何より不思議だった。


あんなに会話が弾まなかったのに。


あんなに機嫌が悪そうだったのに。


どうして、また私と会おうと思ったのだろう。


誘ってもらえたこと自体は、ありがたい。


けれど、前回のことを考えると、素直に返事をする気にはなれなかった。


また、あの気まずい時間を過ごすことになるかもしれない。


今度は車の中だ。


部屋と違って、簡単に帰ることもできない。


想像しただけで、少し気が重くなった。


私は返事を決めかねたまま、彼を紹介してくれた友人に相談した。


「繋さんからドライブに誘われたんだけど……」


友人は、私が初対面でどれほど気まずい思いをしたか知っていた。


だから、きっと無理に行かなくてもいいと言ってくれる。


そう思っていた。


ところが、返ってきた言葉は予想と違っていた。


「もう1回チャンスをあげて」


――チャンス、かぁ。


私は少し考え込んだ。


確かに、あの日の彼は荷物のことで機嫌が悪かった。


たまたま、最悪のタイミングで会ってしまっただけなのかもしれない。


たった2時間で、その人のすべてを判断するのは早すぎるのだろうか。


友人がそこまで言うのなら、もう一度くらい会ってみてもいいのかもしれない。


そう思い直した私は、ドライブの誘いを受けることにした。


そして、約2ヶ月ぶりに彼と会う日がやってきた。


前回とは違い、今回は車の中。


助手席に座った私は、少し緊張していた。


彼の表情をさりげなく確認する。


――今日は、怒ってないみたい。


それだけで、少し安心した。


車が走り出すと、私は思い切って、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「そういえば、どうしてドライブに誘ってくれたんですか?」


特別な理由があると思っていたわけではない。


ただ、前回の様子からは、彼が私にもう一度会いたいと思ってくれていたなんて想像できなかったのだ。


すると彼は、ごく自然な口調で答えた。


「前、ドライブ好きって言ってたから」


「……え?」


思わず聞き返してしまった。


ドライブが好き。


確かに、そんな話をしたような気がする。


でも、あの日の私は、沈黙を埋めることに必死だった。


何を話したのか、自分でもはっきり覚えていないくらいだったのに。


彼は、覚えていたのだ。


あんなに不機嫌そうだったのに。


あんなに会話が続かなかったのに。


私が何気なく口にした言葉を、ちゃんと聞いていた。


「覚えてたんですね」


そう言うと、彼は特に大したことでもないというように返事をした。


私にとっては、少し意外な出来事だった。


初対面の日、私は彼が何を考えているのか、まったく分からなかった。


私の話なんて、ほとんど聞いていないのかもしれないとさえ思っていた。


けれど、そうではなかったらしい。


それだけで、彼に対する印象がほんの少し変わった。


車は海沿いの道を走っていた。


窓の外には、どこまでも続く海が見える。


普段とは違う景色を眺めていると、自然と気持ちが軽くなっていった。


前回とは違い、会話もそれなりに続いた。


初めて会ったときにも聞いたけれど、詳しくは分からなかった彼の仕事の話。


お互いの趣味や好きな食べ物の話。


何気ない日常の話。


もちろん、初対面のときのように、何を話せばいいのか分からなくなる瞬間もあった。


それでも、不思議と前ほど苦しくはなかった。


私が質問すれば、彼は答えてくれる。


彼の方から話をしてくれることもある。


ただそれだけのことなのに、私は少し驚いていた。


――普通に話せる人だったんだ。


思わず、そんな失礼なことを考えてしまった。


けれど、それが正直な感想だった。


前回の印象があまりにも強烈だったせいで、私は彼のことを必要以上に怖い人だと思い込んでいたのかもしれない。


車の中には、ときどき沈黙も流れた。


それでも、初めて会った日のように、必死になって言葉を探すことはなかった。


窓の外の景色を眺めたり、流れていく時間を楽しんだり。


そんな過ごし方も、悪くないと思えた。


やがて、空が少しずつ暗くなっていった。


昼間とは違う表情を見せ始めた景色の中を、車はさらに走っていく。


そして、星がよく見える場所へとたどり着いた。


車を降りて空を見上げると、そこにはたくさんの星が広がっていた。


「わあ…綺麗…」


思わず声が漏れた。


街の明かりから離れた夜空は、普段見上げる空とはまるで違っていた。


小さな光が、いくつも瞬いている。


私はしばらく、言葉を忘れて空を眺めていた。


隣には繋さんがいた。


初めて会ったときは、あんなに気まずかった相手。


できれば、もう会いたくないとさえ思っていた人。


そんな彼と、今こうして同じ星空を見上げている。


人生というのは、不思議なものだ。


ほんの2ヶ月前には、想像すらしていなかった光景だった。


「都会でもこんなに星が見える場所があったんですね」


私がそう言うと、彼も空を見上げたまま返事をした。


特別な会話があったわけではない。


何か大きな出来事が起こったわけでもない。


ただ、同じ場所で、同じ空を眺めていただけ。


けれど、その時間は決して居心地の悪いものではなかった。


むしろ、穏やかだった。


あの日、彼の家で過ごした2時間とは、まるで違う。


私は、少しずつ分かり始めていた。


人には、その日、その瞬間だけでは見えない一面があるのだということを。


最初の印象だけで、その人のすべてを決めつけることはできないのだということを。


やがて、ドライブを終えて帰る時間になった。


別れ際、私は素直に思った。


――今日は、楽しかったな。


それは、恋愛感情とは違うものだった。


胸が高鳴るような、ときめきがあったわけでもない。


彼のことをもっと知りたいと、強く願ったわけでもない。


ただ、最初に抱いていた印象が、少し変わった。


怖そうな人。


不機嫌な人。


何を考えているのか分からない人。


そんな印象しかなかった彼が、少なくとも今日の私には、思っていたよりずっと話しやすい人に見えた。


「思ってたより、良い人かも?」


それが、2度目の出会いを終えた私の、率直な感想だった。


けれど、このときの私はまだ知らなかった。


次に会うとき、彼が私のためにある場所を選んでくれていることを。


そして、その日を境に、私たちの関係が思いがけない方向へ動き始めることを。


最悪だった出会いから、約2ヶ月。


ようやく、私は川崎繋という人の、ほんの一部分を知ったのだった。


⸻


第2話 終

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