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ここから  作者: きさら
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第12話 突然の別れ

「今日の夜話したいことがある」


繋から届いたLINE。


その短い文章を見た瞬間、私は別れ話だと確信していた。


理由なんて分からない。


でも、どうしても嫌な予感が拭えなかった。


……落ち着け、私。


まだ別れ話だって決まったわけじゃない。


そう自分に言い聞かせて、何も気づいていないフリをしてLINEを返した。


「私が行く?繋が来る?」


返事は、私の家に来るというものだった。


「ご飯は?食べたいのある?」


いつもどおり、作っておいた方がいいのかな。


そう思って聞いてみると、要らないと言われた。


そして、着く頃にまた連絡する、と。


……そっか。


「分かった。」


普段と変わらないやり取りをしているつもりだった。


でも、心の中は不安でいっぱいだった。


私は会社の同僚に相談した。


「今日の夜、話したいことがあるってLINEが来たんだけど……」


別れ話なんじゃないか。


そんな不安を打ち明けた。


でも返ってきたのは、


「付き合いたてでしょ? 大丈夫だよ」


という言葉だった。


そうだよね。


付き合ってまだ一ヶ月半くらい。


つい今朝まであんなに楽しく過ごしていたんだから。


きっと大丈夫。


……そう思いたかった。


当時の私は交通事故に遭った影響で整形外科にも通院していた。


その日のリハビリ中担当の理学療法士の先生にも相談した。


先生も同じように言ってくれた。


「あのチキン南蛮の人でしょ?なにかしたわけじゃないなら大丈夫じゃない?」


みんな大丈夫だと言ってくれる。


だけど…


どうしてだろう。


全然安心できない。


頭では考えすぎだと思おうとしているのに、胸の奥の不安だけは消えてくれなかった。


家に帰ってからもずっと落ち着かなかった。


繋は着く頃に連絡すると言っていた。


でもそれが何時になるのかは分からない。


何をしていても気になってしまう。


スマホを見てはまた置く、を繰り返した。


……まだかな。


早く来てほしいような、来てほしくないような…


そんな矛盾した気持ちでただ時間が過ぎるのを待っていた。


やがて繋から到着する時間の連絡が来た。


そして夜の7時を少し過ぎた頃。


ピンポーン。


インターフォンが鳴った。


……繋だ。


普段の繋は自分の家に帰ってくるかのように鍵を開けて入ってくる。


「ただいまー」


そう言いながら。


私はもう繋に家の鍵を渡していた。


なのに今日はインターフォンを鳴らした。


心臓がドクンっと跳ねる。


玄関へ向かいドアを開ける。


そこにいた繋は少し俯いていた。


バツが悪そうな…気まずそうな顔。


……あぁ、やっぱり。


当たってしまった。


そう思った。


でもまだ何も聞いていない。


私は声が震えないように必死に平静を装った。


「おかえり」


いつもと同じように、そう声をかけた。


繋は玄関先から動こうとしなかった。


だから、私から家の中へ招き入れた。


正面を向いて二人で座った。


目の前にいる繋は俯いていた。


私はできるだけ冷静に話そうと思った。


「話って何?」


自分から話を促した。


少しの間があって、繋が口を開いた。


「別れて欲しい」


絞り出すような声だった。


……やっぱり。


分かっていた。


分かっていたはずなのに。


実際にその言葉を聞くと胸が苦しくなった。


ズキズキ痛む胸。


それでも私は感情を抑えようとした。


「理由は?」


できるだけ冷静に、端的に聞いた。


そして返ってきた言葉に耳を疑った。


「元カノとよりを戻したい」


……え?


「は?」


思わず声が出た。


何、それ?


何を言ってるの?


「いきなり音信不通になって振ってきた女とよりを戻したい?」


理解が追いつかなかった。


繋は、ぽつりぽつりと話し始めた。


数日前、登録していない番号から電話がかかってきたこと。


連絡先は消していたから誰か分からず、出てみたら元カノだったこと。


久しぶりにいろいろな話をしているうちに昔の思い出が蘇ってきたこと。


そしてやっぱり忘れられないと思ったこと。


それだけじゃなかった。


私と一緒に過ごしていた数日間も、ずっと元カノの顔が頭をよぎっていたらしい。


そのことに罪悪感を抱いていたのだと。


……しらねぇよ、そんなこと。


心の中でそう吐き捨てた。


私は何も知らなかった。


一緒に過ごして笑って、いつもどおりの時間を楽しんでいた。


前日の夜だって、あんなに近くにいたのに。


その間、繋は元カノのことを考えていたの?


怒りが込み上げてくる。


悲しさも。


でもここで感情を爆発させたくなかった。


私は必死に自分を抑えた。


「付き合うなら結婚も視野に入れてるって言ったよね?」


あの時「自分も」って、そう言ってくれたじゃん。


だから私も真剣に向き合おうと思ったのに。


「申し訳ないと思ってる」


「ふざけてるの?」


「莉衣奈の怒りはもっともだと思う。ごめん」


……ごめん?


そんな言葉で納得できるわけがない。


でも。


それでも、別れたくなかった。


「無理なの?」


「今は無理」


今は?


「じゃあ無理じゃなくなる日が来るかもしれないじゃん」


「いつまでかかるか分からないし、元カノとよりを戻したい」


どうして。


どうしてそんなにはっきり言えるの?


「元カノは東京にいるんでしょ? 繋も結婚を考えてるって言ってたじゃん。どうするの?」


「元カノにはこっちに戻って来てもらうつもり。でも振られるとは思う。俺、彼女いるって伝えたし」


……振られると思ってる?


だったら。


「ならこのままでいいじゃん!」


思わず声が強くなった。


元カノとよりを戻せるかどうかも分からないのに。


それでも私と別れたいの?


「俺が嫌だ」


その言葉に、何かが切れそうになった。


「私を傷付けても良いから自分の気持ちをとるんだね?」


「そう言われても仕方無い」


……そう。


そうなんだ。


私がどれだけ傷ついても、自分の気持ちを選ぶんだ。


気づいた時には繋の頬を叩いていた。


あまりにも腹が立って。


あまりにも悲しくて。


抑えようとしていた感情がもう抑えきれなかった。


それでも私はまだ繋のことが好きだった。


元カノには振られると思う。


そう言っていた言葉が頭から離れなかった。


もし本当に振られたら?


その時はまた私のところへ戻ってきてくれるかもしれない。


そんな可能性をどうしても捨てきれなかった。


「上手くいっても、いかなくても連絡はして」


そう伝えた。


目の前の繋は俯いて泣いていた。


……なんで?


なんであなたが泣いてるの?


私にはその涙の意味が分からなかった。


別れたいと言ったのは繋なのに。


私を傷つけると分かっていて、それでも元カノを選んだのは繋なのに。


どうしてあなたが泣いているの?


泣きたいのは私!!


繋を玄関へ連れて行った。


「ごめん」


また謝られた。


気づけばもう一度彼の頬を叩いていた。


「謝るくらいならやるな」


もう自分の感情を抑えることなんてできなかった。


繋が帰った。


さっきまで目の前にいた人がもういない。


あんなに怒っていたのに。


あんなにひどいことを言われたのに。


それでも繋が好きだった。


別れたくなかった。


元カノとよりを戻したい。


その言葉が何度も何度も頭の中で繰り返される。


どうして?


私じゃ駄目だったの?


つい今朝まであんなに幸せだったのに…


悲しさも怒りもどこにも持っていけなかった。


感情が抑えきれず私は自分自身を傷つけてしまった。


どうすればこの苦しさが収まるのか分からなかった。


どれだけ自分を傷つけても心が楽になるわけなんてなかった。


ただただ苦しかった。


このまま一人でいたらどうなってしまうんだろう。


一人で夜を過ごせる自信がなかった。


私はスマホを手に取った。


連絡したのはある友達だった。


繋を私に紹介してくれたあの友達。


二人が出会うきっかけを作ってくれた人だった。


私はその友達の家へ向かった。


誰かと一緒にいたかった。


一人になりたくなかった。


ほんの少し前まで繋と過ごす毎日が当たり前になり始めていた。


これからもそんな日々が続いていくと思っていた。


なのに。


たった一日で全部が変わってしまった。


それでも私はまだ繋からの連絡を待っていた。


元カノとうまくいってもいかなくても。


連絡してほしい。


そう伝えた自分の言葉に縋るように。


まだ終わりにしたくなかった。


――第12話 突然の別れ 終

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