第4章 科学者の贈り物と交錯する思惑
協力者として新たなキャラが登場します。
技術区画の最深部。無数のホログラムモニターと機械のパーツが雑然と転がる工房の扉をくぐり、直影は声をかけた。
「……あんたが、ヴェルニカの言っていた科学者か?」
積み上がったコンソールの陰からひょっこりと顔を出したのは、白衣を羽織り、ゴーグルを頭に載せた一人の女性だった。
「あら、あなたが例の記憶喪失の異端児さん? 私の名前はイア。見ての通り、この『ノーネーム』で異次元技術や兵器開発を担当している科学者よ」
イアは直影の全身を興味深そうに観察すると、作業台の上にいくつかのアタッシュケースを並べた。
「ヴェルニカから話は聞いているわ。潜入用の変装道具が欲しいんでしょう? 骨格や皮膚の質感をリアルタイムで偽装するナノスキン・マスクと、声帯を変調させるデバイスを用意したわ」
「助かる。……これなら顔も声も完全に別人になれそうだ」
「ふふ、それだけじゃないわよ」
イアは不敵に微笑むと、黒い金属ケースを開けて見せた。中には、薄手でありながら質感のある漆黒の手袋と、幾つかのサポートギアが収められていた。
「あなたの戦闘データを解析させてもらったけれど……超能力も魔法も打ち消すあの『掌の力』、実に興味深いわ。だから、あなたに合うアイテムをいくつか作ってみたの。そのグローブは、あなたの持つ『無効化の力』の伝導率を損なわず、むしろ衝撃波を集中・拡散させるためのサポートギアよ」
直影は手袋をはめ、その出来栄えに感嘆しながら短く息を吐いた。
「すごい技術だな……大したものだ。追加で申し訳ないんだが……もし可能なら『忍び道具』も作ってくれないか?」
「しのび……どうぐ……? 何それ、どういうもの?」
見たことも聞いたこともない単語に、イアはゴーグルを跳ね上げて首を傾げた。
「……自分でもうまく説明できないんだが、影に潜み、気配を絶ち、相手を生け捕るための小さな道具のことだ。クナイや煙幕、撒き菱みたいな……身体がそういう道具を求めている気がしてな」
「へぇ……面白いわね。あなたの元いた世界の戦闘ギアかしら。いいわ、データを入力して試作品を組んであげる!」
イアの好奇心に満ちた笑顔に、直影は頼もしさを感じながら軽く頷いた。
◇
同時刻——『ノーネーム』の最高司令室。
薄暗い室内に、最高理事長・不動厳錬と、最高執行官・ヴェルニカの二人の姿があった。
「……イアの工房へ向かわせたか」
不動が重厚な声で問いかけると、ヴェルニカは背筋を伸ばして頷いた。
「ええ。直影はアンチハンターの裏集会所への潜入を引き受けました。彼の能力と変装の技術があれば、奴らの『次元移動の手法』を解明できるはずです」
しかし、不動の鋭い眼光には、なおも深い警戒の色が宿っていた。
「……ヴェルニカ。あの男がカプセルごと漂流してきた時期と、異世界の境界線が崩れて被害が拡大した時期……あまりにも重なりすぎていると思わんか? あやつ自身がアンチハンターの元凶、あるいは引き金である可能性も否定できん」
不動の不審感に対し、ヴェルニカは冷静に首を振った。
「理事長、その疑いは少し違うかと思います。彼がこの『ノーネーム』へ流れ着くよりもずっと前から、アンチハンターたちは自由に異世界を移動し、潜伏を始めていました。彼が元凶だとするには時系列が合いませんわ」
ヴェルニカはまっすぐ不動を見つめ、言葉を続けた。
「それに、私は彼の瞳を見ました。自分の記憶を失いながらも、無闇に他者を害さず、流儀を持って戦う姿を。彼のあの真っ直ぐな性格と圧倒的な戦闘能力は本物です。……たとえ彼がどんな過去を抱えていようと、どんな形であれ『ノーネーム』の味方につける価値が彼にはあります」
ヴェルニカの筋の通った主張に、不動はしばらく沈黙を守り、やがて短く息を吐いた。
「……フッ、お前がそこまで一目置くとは珍しいな。ならば見極めてみせよ。あの男が我らの救世主となるか、あるいは破滅の尖兵となるかをな」
◇
下層区画へ向かう暗い連絡通路。
イアのナノスキン・マスクを装着し、目元と骨格を変えた直影は、壁の鏡に映る見知らぬ男の姿を見つめていた。
顔つきは変わっても、背筋を伸ばし、気配を完全に殺した立ち振る舞い。
記憶にはなくても、身体が「忍びとしての潜入」の作法を完璧に再現していた。
「ハンターとアンチハンター……そして、異世界への抜け道か」
直影は腰に仕込んだイアのギアと試作忍具を確かめ、闇の奥へと静かに足を踏み出した。
「待っていろよ……俺の過去も、奴らの秘密も……全部暴いてやる」
欲望と怪異が渦巻く闇の集会所へ、異端の忍びが今、足を踏み入れる。
新キャラたちの登場は、ここまで。




