第007話:完成したスーツと、鳴り止まぬ警鐘
1. 蒼く輝く、専用の「外殻」
「――できたぞ。試着してみろ。ただし、魔力伝導率を下げないために、水着のように全部素肌の上にだけどな」
トールが投げて寄越したのは、漆黒と蒼銀の光沢を纏った一着のスーツだった。凜はそれを恭しく受け取り、更衣室代わりのカーテンの奥で袖を通す。
出てきた凜の姿に、トールは思わず口笛を吹きそうになるのを堪えた。薄い生地が第二の皮膚のように肢体に吸い付き、胸部や前腕といった急所にだけ、蒼銀の装甲パーツが薄く重ねられている。まるで最初から彼女のために誂えたかのような、しなやかな仕上がりだった。
「……トール殿。これは、いささか心許ないのではないか」
凜は背中に手を回し、露わになった腰まわりの生地をつまみながら、耳まで赤くしていた。
「その……装甲が、足りていないように思う。この、背と尻の……」
「あー……そこは要らん。可動域削ってまで守る意味がない部位だ。深層の魔物、後ろから斬りかかってくると思うか?」
「そういう問題では……いや、理屈としては、理解できるが……」
凜は反論の糸口を探すように口を開閉させたが、結局「合理的すぎる正論」を前に、渋々と言葉を飲み込んだ。
「動きを阻害しない範囲で、皮膜の耐熱伝導層を編み込んでおいた。あと、袖口の内側に小さなインジケーターがある。魔物を倒すたびにログが溜まって、満タンになれば一度だけ強い技が出せる。ただし――」
「ただし?」
「満タンになってから、時間を置きすぎると勝手に放電して消える。使いどころは自分で見極めろ」
「それと、目のまわりにも薄い膜を張ってある。深層じゃ魔物の体液が飛んでくることもあるからな。ほとんど分からないと思うが、いざという時は勝手に弾いてくれる」
凜は真剣な顔で頷いた。
「承知した。この身に代えても、無駄にはせぬ」
「いや、そんな大げさな話じゃ……まあいい。言っとくが、これはまだ試作の一号機だ。国家最高峰には及ばん。お前の今の壁を越えられれば、それで上出来だと思え」
「――試作、一号機。心得た」
凜はその言葉を、まるで勲章のように胸に刻んだ。
2. 第十層、静かな実戦テスト
「せっかくだ、低層で試してから深層に挑め。無茶して壊されても直すのが面倒だ」
渋々といった体で同行を申し出たトール(本音は、素材の性能を自分の目で確かめたいだけだった)と共に、凜は代々木第十層へ足を踏み入れた。傍らには、ふわふわと浮かぶ「回収ハック」の姿もある。
出現した炎甲猪の群れに、凜は迷いなく斬り込む。ログゲージが目に見えて満ちていくのを感じながら、彼女は満タンの合図と同時に鞘を返した。
「――抜刀・討伐解放」
一閃。斬撃の残光がそのまま実体化し、追撃のように魔物の群れを薙ぎ払う。
「……これが」
息を切らしながらも、凜の瞳には確かな手応えが宿っていた。今までの自分の剣では届かなかった一撃。
魔物が消え去った後、回収ハックがすいすいと宙を滑り、落ちた魔石を次々と選り分けていく。
「トール殿……あの球体は?」
「素材拾いの手間を省く道具だ。屈むのが面倒でな」
「……なるほど、実に合理的な発想だ」
凜は妙なところで感心していた。トールは物陰で腕を組み、満足げに頷く。
(悪くない出来だ。この分なら、深層でもそれなりに戦えるだろう)
「トール殿、礼を言う。……明日からは一人で、八層あたりを慣らしておこうと思う。十層より浅い場所で、まずはこの得物にこの身を馴染ませたい」
「あー……好きにしろ。ま、無理だけはするなよ」
3. 解析ルーム、悲鳴に似た声
同じ頃、渋谷運営管理局の解析ルーム。
「な……何ですか、この数値……」
若手アナリストの声が裏返った。画面に表示されているのは、代々木第十層で観測されたある個体の戦闘ログ――出力の瞬間最大値が、国家認定の最新鋭装備であるはずの登録スーツの上限値を、軽々と振り切っていた。
「装備登録は……ない。未登録のナノスーツによる戦闘反応か」
隣で画面を覗き込んだ遠野環が、静かに眉を寄せる。
「これ、一般高校生の生徒が持ち込んだ素材から作られたものだとしたら――」
「まさか。あり得ません。国家の研究機関でも、この出力比は再現できていないはずです」
アナリストが乾いた笑いを漏らす。遠野はその数値をじっと見つめたまま、小さく呟いた。
「……本人に、直接会うしかなさそうね」
4. 廊下ですれ違う、静かな圧力
その翌日、渋谷代々木学園の廊下。
「――失礼、少しよろしいでしょうか」
声をかけられ、徹は振り返った。運営管理局の職員証を提げた、落ち着いた雰囲気の女性が立っていた。
「渋谷運営管理局の遠野と申します。先日の実習中、第一層で記録に残らないイレギュラー事案があったと伺いまして。当時同じ班にいた生徒さんに、簡単な聞き取りを」
徹の心臓が、一瞬だけ跳ねる。だが表情には出さない。冴えない高校生の仮面を、静かに被り直す。
「あ……えっと、すみません、あんまり覚えてなくて。気づいたらオークがいなくなってて、みんなでビビって帰った、くらいしか」
「そうですか。ちなみに、最近この辺りで見慣れない魔道具の反応が観測されているのですが、何かご存じないですか?」
「え、いや、全然……」
「そうですか。念のためです。ありがとうございました」
遠野は柔らかく微笑み、去っていく。だがその一瞬、彼女の視線が徹の瞳の奥を探るように動いたのを、トールは見逃さなかった。
(……この女、勘が良すぎる。回収ハックの反応まで拾われてるとはな。少し面倒なことになってきたな)
かつての覇王の直感が、静かに警鐘を鳴らしていた。
5. 深層で、蠢くもの
同じ頃、代々木ダンジョン第八層。定期巡回中の探索者パーティが、異様な光景に足を止めていた。
本来ならば数体単位でしか出現しないはずのゴブリンが、まるで示し合わせたかのように、暗闇の奥で群れをなしていた。
「な……なんだよ、この数……。おい、無線繋げ! このままじゃ、上の層まで溢れる……!」
悲鳴のような報告が、渋谷運営管理局に打電されたのは、その日の夜のことだった。
そしてその第八層こそ、今しがた凜が新調したスーツの試運転に向かうと言っていた、まさにその場所だった。




