第006話:ナノスーツの胚芽
1. 設計思想という名の、暇つぶし
「防御に振るか、攻撃に振るか、それとも両方を欲張るか……」
トールは網膜裏に展開したシステムログを睨みながら、独りごちた。凜から預かった炎甲猪の皮膜と結晶を前に、彼は珍しく真剣な顔をしていた。もっとも、その動機は「凜のため」というより「素材が惜しいから手を抜けない」という職人気質に近い。
(普通のシールドだけじゃ芸がないな……。せっかくこの女、魔力経路がやたら綺麗なんだ。討伐した実績が、そのまま力に変わる仕組みにしてやるか)
思いついたのは、単純だが効果的な設計だった。
魔物を倒すたびに、魔石の残滓を武器やスーツが自動で吸収し、内部にエネルギーとして蓄積する。それが満タンになれば、一度だけ強力な一撃、あるいは一時的な特殊防御を引き出せる――「討伐ログ」と名付けたその仕組みを、トールは半ば遊び心で刀身に、そしてスーツの裏地に仕込んでいく。
「ただし、ずっと貯め込まれても面白くないな。溜まったら、さっさと使わせないと」
満タンから一定時間で自然放電してしまう――そんな“縛り”を加えたのは、悪戯心以外の何物でもなかった。生真面目な凜が、ここぞの場面で使い時を誤って地団駄を踏む姿を、トールは半分本気で楽しみにしていた。
2. スーツの裏地に宿る、もう一つの仕掛け
攻撃だけでなく、防御にも似た仕組みを組み込む。
炎甲猪の皮膜が持つ耐熱性を核に、被弾のたびにエネルギーを裏地の「シールド・チャージ」ゲージへ蓄積させる。一定量が溜まれば、通常の物理シールドに加え、一時的な特殊防御ギミックが展開される――そんな二段構えの設計だった。
「まあ、あくまで補助輪だ。本人の実力がなけりゃ、宝の持ち腐れだけどな」
トールの視線が、ふと自分の両手に落ちる。
(俺自身はこんなもの要らんが……な)
シールドに頼らず、素の魔力と技量だけで戦う。そのほうが性に合っている。だが、それを凜のような、まだ発展途上の剣士にいきなり求めるのは酷というものだ。
(この手のギミックは、あくまで「今の実力」を底上げする踏み台に過ぎん。いずれこいつが、この程度の補助輪すら邪魔に感じるようになったら――その時は、また別の話だ)
コンソールの上で、青白い光を纏った素材が少しずつ、しなやかな一枚のスーツへと姿を変えていく。
3. 屈むのが面倒だ、という発明の動機
作業の合間、トールはふと苛立たしげに肩を回した。
「……そういえば、素材拾いのたびに陸と巧を屈ませてるのも、あれはあれで効率が悪いな」
深層で魔物を倒すたび、辺りに散らばる魔石や素材の欠片を、いちいち二人にしゃがんで拾わせている。無防備な姿勢を晒す時間が長くなれば、それだけ危険も増す。
(俺が拾えばいいだけの話だが……いちいち屈むのも面倒だ)
面倒くさがりの発想は、時に思わぬ発明を生む。トールは作業台の隅に転がっていたジャイアントトードの粘液の残りと、使い古しの魔力伝導ワイヤーを手に取った。
「鑑定眼のロジックをそのまま移植すれば……こいつに拾わせりゃいい」
半日ほどいじり倒した末に出来上がったのは、掌サイズの球体に、細い触手のような魔力ワイヤーを何本も生やした、なんとも珍妙な姿の装置だった。
「名前は……まあ、いいか。回収ハックで」
起動させると、球体はふわりと宙に浮かび、床に転がしておいた小石を次々とワイヤーで摘み上げては、純度を判定し、要らないものはぽいと放り投げていく。使えるものだけを選り分け、作業台の回収ボックスへと運び込む――その一連の動きに、トールは満足げに頷いた。
「これで俺も陸と巧も、屈まなくて済む。実に合理的だ」
かつて絶対企業の生産ラインを完全自動化した男にとって、これくらいの発明は朝飯前だった。もっとも、本人にその自覚はない。ただ「面倒だから」という、この上なく個人的な理由だけが原動力だった。
4. 学園に現れた、来訪者
同じ頃、渋谷代々木学園の正門をくぐる一人の女性がいた。
「――失礼します。運営管理局の遠野と申します。本日は定期監査で伺いました」
落ち着いた声音で職員に挨拶する遠野環は、しかし視線だけは油断なく校内を観察していた。監査という名目の下、彼女が本当に探しているのは、たった一つのログの出所――代々木第一層で観測された、規格外の魔力反応の主だった。
「渋谷代々木学園高等部三年、佐藤徹……か」
遠野は手元の資料に記された名前を、指先でそっとなぞる。
その日の午後、彼女の端末にもう一つ、新しいログが追加された。代々木第十層付近で観測された、規則正しく機械的な、未登録の魔力反応。人間や魔物のものとは明らかに違う、まるでプログラムされた動きをするかのような波形。
「……また増えたわね、謎の反応」
まだ確証はない。だが、彼女の勘は「近い」と告げていた。
遠野は端末を閉じ、資料を鞄にしまいながら、一人小さく呟いた。
「――次は、遠回しに探るのはやめましょう。本人に、直接会いに行くわ」
静かに、しかし着実に――シブヤの闇に隠れた覇王との距離が、縮まり始めていた。




