第005話:凜、直談判す
1. スクランブル交差点を裂く「閃光」
放課後、渋谷駅前のスクランブル交差点。頭上の大型ビジョンが、前触れなく戦闘配信の生中継にジャックされた。
「――始まったぞ! 『零』の深層ソロダイブだ!」
誰かの声に、道行く人々が次々と足を止める。信号待ちのサラリーマンも、部活帰りの学生も、一様にスマートフォンを構えてビジョンを見上げた。
画面に映るのは、荒廃した深層エリアに孤高に立つ一人の少女――神城零。大手探索者クランの頂点に君臨する、A級のトップランナーだった。国内でも指折りの実力者だが、まだ国家認定のS級には一歩届いていない――そのことが、彼女自身の焦りの種でもあった。
「キシャアアアッ!」
躍りかかる大型魔物の鉄爪を、零は眉一つ動かさず、身に纏った漆黒のスーツの力で完全に弾く。
「――ジャストパリィ」
静かな呟きと同時に、不可視の衝撃波が魔物の巨躯を大きく崩す。零は宙を舞い、高周波ブレードの一閃で魔物の核を貫いた。
交差点に歓声が沸く。
「あの最新スーツ、着用者の魔力回路を底上げするって噂は本当だったんだな」
「同接、もう十万超えてるぞ……」
興奮する探索者たちを尻目に、街灯の陰で一人、じっと画面を見つめる少女がいた。九条凜である。
2. 大いなる、そして凛とした誤認
渋谷代々木学園一年、九条凜――同学年で並ぶ者のいない剣技を持ちながら、正規のランクは学生ゆえに最下級の「F級」に据え置かれたままだった。国家の定める新人探索者の装備審査基準は厳格で、いかに実力があろうと、学生の身分では規定の防具・武器しか持ち込めない。凜はその「枠」に、日々苛立ちを募らせていた。どれほど剣を磨こうと、正規装備のままでは第十層の炎甲猪すら仕留めきれず、地力の差を思い知らされてばかりだった。
(私の剣は、既にこの枠を超えている。それでも十層の壁を破れぬのは、装備という足枷のせいだ……)
零の洗練された身のこなしを見つめながら、凜の生真面目な頭脳が、驚くべき速さで一つの結論に至る。
(――私の剣技は、既に完成している。足りないのは、あのスーツと同等の「外殻」だけだ)
零が肉体の大半を機械化したサイボーグであるという事実にも、支給されるスーツの厳格なライセンス制限にも思い至らぬまま、凜は懐から一枚のメモを取り出した。
シブヤの裏社会に囁かれる、ある噂。
『あらゆる国家規格のプロテクトを突破し、深層素材から至高の装備をでっち上げる、天才裏クラフターがいる。名は――トール』
「国家の規制など、私の前進を阻む理由にはならぬ」
凜の瞳が、決意に燃えた。彼女はその足で、放課後の道場稽古すら休み、裏路地へと向かった。
3. 深淵の覇王への直談判
古びた雑居ビルがひしめく裏路地。カビ臭い湿気の漂うジャンクショップで、トールはリペアコンソールを叩きながら退屈そうにあくびをしていた。
「はぁ……運営ギルドの検問、またパッチが厳しくなってるな。面倒くさい。それより今夜の飯、何にしよう」
ガチャリ、と扉が開く。
「お初にお目にかかる、鋳造師トール殿」
凜は美しい所作で一礼すると、背負っていたリュックを机の上に置いた。中から現れたのは、彼女が幾度となく挑み、幾度となく跳ね返された末にようやく仕留めた、炎甲猪の極上皮膜と結晶。
「これは、私が第十層で単独討伐した素材だ。これを対価に差し上げる」
「……は? なんだこの未精製のゴミ山。うち、ジャンク屋なんだけど」
「惚ける必要はない」
凜はスマートフォンを差し出し、先ほど録画した零の戦闘映像を再生した。
「貴殿が、国家の目を欺く伝説の鋳造師であることは調べがついている。私に、いずれこの『プラネットダイブスーツ』を凌駕する、極限のナノスーツを鋳造していただきたい」
トールは頭が痛そうにこめかみを押さえた。
(……なんだこの女。目がマジすぎる。ナノスーツ? そんな国家規格の兵器、一般高校生に作れるわけねぇだろ)
「いいか、最初から国家最高峰を超えるものなんて出来るわけないだろ。まずは試作品からだ。期待しすぎるな」
「承知した。それでも、いずれは――という前提で構わない」
そう思いながらも、新しく手に入れた鑑定眼が、机の上の素材を静かにスキャンしていく。
《炎甲猪皮膜:純度98.4%/異常値》
《魔力結晶:純度96.1%/異常値》
「……おい。この素材、どこで手に入れた」
「先ほど言った通り、私が単独で討伐した」
トールのシステム解析眼が、彼女自身の異常なほど純粋な魔力経路をも捉えてしまう。
(……この魔力の通り方、ただ者じゃないな。結合ポリマーの触媒に使えば、通常のエグゾスパイン骨格より一段上の出力が出せるかもしれん)
異世界のシステム覇王と、どこかズレた凛々しき剣士。二人の奇妙な契約が、薄暗いジャンクショップの片隅で、静かに結ばれようとしていた。
「……はぁ。分かった、分かった。持ち込んだ素材だけは筋がいい。試作品くらいなら作ってやる」
「感謝する、トール殿。この御恩は生涯忘れぬ」
深々と頭を下げる凜を前に、トールは死んだ魚の目で小さく呟いた。
「……頭を上げろ。あと、殿はやめろ。近所迷惑だ」
「では、何とお呼びすれば」
「……徹でいい。学校でもそう呼ばれてるんだから」
「承知した、徹殿」
「殿は外れてねえだろ」
4. 帰り道、独白
その夜、凜を見送ったあと、トールは一人、机の上に残された素材を見つめていた。
(……あの女、剣の腕は本物だ。あとは俺のクラフトが、その実力にどこまで応えられるか)
柄にもなく、少しだけ気合いが入っているのを自覚し、トールは苦笑した。誰かのために本気で何かを作る――それは、帝国を率いていた頃とはまた違う種類の、静かな充足感だった。
5. 同じ頃、配信の片隅で
渋谷の高層マンションの一室。神城零は、自身の配信アーカイブに寄せられたコメント欄を、無表情のままスクロールしていた。
『零ちゃんもすごいけど、最近シブヤの裏で噂の鋳造師の方が気になる』
『ジャンク屋のクラフター、なんか国家規格に迫る装備作ってるらしいぞ』
『プラネットダイブスーツに迫る勢いとか草』
指が、ふと止まる。
「……鋳造師?」
零の氷のような瞳に、初めて微かな興味の色が灯った。
「へえ」
それだけ呟くと、零は静かに端末を閉じた。




