第004話:クラフト変態トールと、日常の魔改造
1. レベルなど、ただの数値に過ぎない
「トール様! この調子でいけば、俺たちもそのうち中堅ギルドに引き抜かれるくらいにはなれますかね!」
陸が控えめに興奮しながら言う横で、トールは炎甲猪の皮を作業台に広げ、心底どうでもよさそうにため息をついた。
「知らん。それより見ろ、この皮膚ポリマー。耐熱伝導率が九十八パーセントを超えている」
薄暗いジャンクショップの一角、愛用の魔改造リペアコンソールを叩きながら、トールは炎甲猪の皮を丹念に撫でる。素材の質にだけは、目の色を変える男だった。
新しく手に入れた「鑑定眼」のおかげで、素材の良し悪しを一目で見抜けるようになったのは、地味だが確かな進歩だった。今まで勘だけで選り分けていた素材の純度が、視界に数値として浮かび上がる。
(これは仕事が早くなるな……)
「これとジャイアントトードの粘液を組み合わせれば……」
ブツブツと呟きながら、皮を鋳造炉のような装置に投げ込む。眩い青白い光と共に、皮膚は見る間に薄く、しなやかな一枚のシートへと姿を変えていった。
「あ、あの、俺たちはもう帰っても……」
「ああ、ご苦労だった。次はいつでもいい、暇な時にでも呼ぶ」
陸と巧は逃げるように部室を後にした。二人が帰った後の静けさこそ、トールにとって何よりの安らぎだった。
2. 部室の魔改造
その週末、トールは自室――もとい、学園の使われていない旧部室を勝手に占拠した「隠れ家」で、静かな休日を満喫していた。
先週集めた氷属性の魔石を組み込んだ小型の魔道加湿器が、ほんのりと涼しい風を送り出している。窓際には、発光する鉱石を仕込んだ間接照明。ソファーには、スノウレオパルドの毛皮ならぬ「極上のラグ」が敷かれていた。
今日はさらに、水属性の魔石を使った簡易浄水器と、ジャイアントトードの粘液で補修した本棚が新たに加わっている。棚には、ダンジョンで拾ってきた古びた魔導書――中身はほとんど読んでいないが、なんとなく雰囲気がいいので飾ってある――が並んでいた。
「……悪くないな」
トールはラグの上に寝転がり、炎甲猪の脂で焼いた肩ロースを頬張る。深層の魔物が、指先ひとつで日用品と晩ご飯に変わっていく。これこそが、トールが唯一本気で情熱を注ぐ「趣味」だった。
(レベルも、称号も、勲章もいらん。俺が欲しいのは、こういう何でもない一日だ)
戦闘の緊張感も、部下たちの忠誠も、帝国の重責も、今はどうでもいい。ただ、快適な部室でうたた寝をする権利――それこそが、かつての覇王がこの世界で唯一求めているものだった。
とはいえ、レベルアップで手に入れた「鑑定眼」や、地味に積み上がっていくステータスが、この趣味の質を底上げしてくれているのもまた事実だった。トールはそれを、誰に言うでもなく静かに享受していた。
3. 監査という名の、静かな接近
月曜日の朝、渋谷代々木学園の職員室に、一枚の通達が届いていた。
【渋谷運営管理局・定期監査のお知らせ】
生徒会にも、教員にも、それが単なる恒例行事の一環としか映らなかった。
だが、その書類を提出した張本人――遠野環だけは知っていた。これが「代々木第一層の異常反応」と「陸・巧の緩やかな熟練度上昇」の両方を追うための、口実に過ぎないことを。
「……さて。尻尾を出すのは、どっちが先かしらね」
遠野は静かに手帳を閉じ、次の一手を考え始めていた。
4. 尾行者、確信を得る
その一部始終を、物陰から凜が凝視していた。
かんなから話を聞いた翌日から、彼女は放課後になると徹の後をつけ回していた。そして今、旧部室の窓の隙間から見た光景に、凜は息を呑んでいた。
凶暴な炎甲猪の皮を、指先ひとつで蒼く輝く高密度ポリマーへと錬成する徹の姿。国家の技術者ですら再現できないはずの、洗練された「無敵の手つき」。
(あれは、ただの高校生にできる所業ではない……)
凜の背筋に、冷たい確信が走った。
さらに、部屋の中を埋め尽くす見たこともない魔道具の数々。国家に登録されていない技術で作られたであろうそれらが、凜の疑念に拍車をかける。
「国家の目を欺き、ダンジョン深層の素材を自宅のコンソールで違法にクラフトしている……。あの御方は、裏社会に囁かれる伝説の鋳造師……」
生真面目さゆえの、盛大な勘違いだった。だが凜自身にとっては、一片の疑いもない「事実」として胸に刻まれていく。
凜はそっと踵を返すと、月明かりの下で拳を強く握りしめた。
「――決めた。次に会う時は、正々堂々と正面から尋ねる。あの御方に、弟子入りを志願する」
生真面目な剣士の暴走は、もう誰にも止められないところまで来ていた。




