第003話:強制ピクニックと、恐怖の高速レベリング
1. 忠犬と化した、二人の元パシリ
翌朝、教室に入ってきた徹の姿を見た瞬間、吉野陸と佐々木巧はビクリと肩を跳ねさせた。
「と、徹くん、おはようございます! あの、これ……よかったら」
陸が震える手で差し出したのは、コンビニの新商品メロンパンと栄養ドリンクだった。巧などは机の陰から拝むような姿勢で徹を見上げている。
「……は? いや、いらねえよ。つーか近い」
昨日まで「クラフト持ちのゴミ」と呼んで荷物を押し付けていた二人の豹変ぶりに、クラスメイトたちはひそひそと囁き合った。
「なんで陸たち、あの不遇クラフトの徹に媚び売ってんの?」
陸と巧にしてみれば当然だった。目の前で、C級魔物が指一本で塵になったのだ。「徹様の逆鱗に触れたら細胞レベルで消される」という恐怖が、彼らの中で確信に変わっていた。
徹は面倒くさそうに頭をかく。
(……この媚びへつらう感じ、悪くない忠誠心だな。ならば、有効活用させてもらうとしよう)
かつて絶対企業の頂点として、無数の部下を使いこなしてきた男の顔が、一瞬だけ覗いた。
2. 不条理な「素材ツアー」
放課後、トールは陸と巧を裏路地のジャンクショップへ呼び出した。
「お前ら、ちょっと荷物持ちを手伝え。代々木第十層の炎甲猪の皮が要る」
「じゅ、十層!? 俺たちのレベルじゃ一瞬で丸焦げにされます!」
泣きそうな顔で訴える二人を、トールは冷たい目で一瞥した。
「うるさい。魔物の処理は俺がやる。お前らは落ちた素材を拾うだけでいい」
半ば強引にダイブさせられた第十層。炎を纏った猪型の魔物・炎甲猪が牙を剥いて突進してくる。
トールは詠唱もなく指先を軽く鳴らした。
「――放電」
パチィン、という静かな音のあと、炎甲猪の巨体が一瞬で光の塵と化す。二体目、三体目と現れる度に、同じ光景が繰り返された。
「グ……」という短い断末魔すら、最後まで響かなかった。
3. 網膜裏の、静かな祝福
四体目の炎甲猪が塵に還ったところで、トールの網膜裏に、聞き慣れないログが流れた。
《経験値蓄積、規定値に到達。レベルアップ処理を実行します》
《Lv58 → Lv61》
《新規スキル「鑑定眼」を習得しました》
《称号「代々木のデバッガー」を獲得しました》
トールは一瞬、目を細めた。
(ほう……。この世界のシステム、俺自身にもちゃんとレベルという概念が乗っかっていたのか。異世界の魔力回路とは別枠の、いわば「現地籍」のステータスってところか)
今まで意識的に見ないようにしていたステータスウィンドウを、久しぶりに開いてみる。異世界の覇王としての実力とは別に、この世界の「佐藤徹」としてのレベルが、着実に積み上がっていた。
「鑑定眼、か……」
呟いた瞬間、視界の端に淡い光の輪郭が浮かび上がる。地面に転がる素材の一つ一つに、純度や品質を示す数値が自動で表示されていく。
(これは便利だな。素材選びの手間が省ける)
称号の効果欄には「クラフト時の魔力効率、微上昇」とだけ、素っ気ない一文が添えられていた。地味だが、着実に自分の腕が上がっていく実感に、トールは口の端をわずかに緩めた。
4. 分け前は、ほどほどに
「なあ、お前らも突っ立ってるだけじゃ暇だろ。ちょっとだけ、経験値を分けてやる」
トールは網膜裏のシステムを操作し、経験値の分配率をわずかにいじった。全部持っていくつもりだったが、こいつらが雑魚のままだと、荷物持ち中に足を掬われて素材を落とされかねん。生かして使い物になる駒にしておいた方が、後々面倒がない――というのは建前で、正直、この程度は誤差だ。
「経験値の分配率、三割ほどお前らに回してやった。俺の取り分を減らすのも業腹だが、まあ、これくらいなら誤差だ」
陸と巧の脳内に、控えめな電子音が響いた。
『ピコン』
「あ、あれ……? レベルが15から17に……」
「お、俺の『着火』の威力も、心なしか上がった気が……」
劇的な変化ではない。だが、確かに実力が底上げされていく感覚に、二人は顔を見合わせた。
「じゅ、十分すぎます……!」
「これ以上いただいたら、バチが当たります……!」
トールは肩をすくめた。
(急に化け物みたいなレベルにしてやったら、それはそれで面倒事の種になりかねん。少しずつ、地道に強くなる分には、周りも怪しまんだろう)
かつて絶対企業を築き上げた男の合理性は、こんな些細な場面にも顔を出す。派手な成果よりも、目立たず着実な積み上げを選ぶ――それが、今のトールの流儀だった。
5. 半額弁当と、生姜焼きの晩ご飯
帰り道、トールは炎甲猪の皮を丸めた麻袋を担ぎながら、あくびを噛み殺していた。
「肉の部位、ちゃんと分けて持ち帰ったか? 皮は素材に回すが、脂の乗った肩ロースはうちの晩飯だ」
「え……食うんですか、あれ」
「当たり前だろう。深層の魔物は総じて上物の食材だ。今夜は生姜焼きだな……かんなの奴、また『お兄ちゃんの手料理!』って騒ぐんだろうけど」
陸と巧は顔を見合わせた。国家規格のC級魔物を指一本で消し飛ばす怪物が、帰り道でおかずの心配をしている。そのギャップに、二人はもはや突っ込む気力すら残っていなかった。
「あの、徹くん……いや、トール様は、レベル上げとか興味ないんですか?」
「興味がないわけじゃないが、優先順位は低いな。今日みたいに、狩りのついでに勝手に上がる分にはありがたく受け取っておくさ」
そう言ってトールは、鑑定眼で見つけた高純度の魔石を、指先でくるりと弄んでみせた。
6. 管理局、聞き込みの始まり
その夜、渋谷運営管理局。
遠野環の端末に、また新たな異常反応のログが届いていた。代々木第十層、炎甲猪の反応が瞬間的に消失。同時刻、無関係のはずの二人の生徒の熟練度が、緩やかに、しかし確実に上昇している。
「……レベリングの代行、というほど極端でもないわね。誤差の範囲、とも言えなくはないけど」
遠野は端末に表示された生徒名簿を遡り、ある一点で指を止めた。
第一層のイレギュラー、そして今回の熟練度異常。どちらの現場にも、同じ班に、同じ生徒の名前があった。
「――佐藤徹、ね」
遠野は小さく呟き、その名前だけを別のファイルに書き写した。
まだ何の証拠もない。だが、彼女の中で、点と点が静かに線を結び始めていた。




