第016話:氷の刃、来訪す
1. 生徒名簿の先に
零の端末に、渋谷代々木学園高等部三年、佐藤徹の名が表示される。ゴブリンキング討伐時の不鮮明な映像と、学園の生徒名簿を数日がかりで照合させた末の結果だった。
「――見つけた」
零の行動は早かった。放課後、彼女はジャンクショップの扉を、迷いなく開けた。
2. 初対面
「お前が、トール」
いきなりの断定に、トールは片眉を上げた。作業台から顔を上げると、そこには見覚えのある、氷のような瞳の少女が立っていた。
「……誰だ、お前」
「神城零。単刀直入に言う。私にも、あの子と同じ装備を」
トールは面倒くさそうにため息をついた。
「順番待ちしろ。名乗りもせず来た客に、優先権はねえよ」
「今、名乗った」
「名乗ったのは今さっきだろうが。順番はその前から始まってんだよ」
零は珍しく、言葉に詰まった。理詰めで返されることに、あまり慣れていないらしい。
3. 零の渇望
「……A級止まりなの、私。プラネットダイブスーツをもってしても、その先に届かない」
淡々とした声の底に、微かな焦りが滲んでいた。
「頂点にいるはずなのに、頂点じゃない。その差を、埋めたい」
「……そりゃまた、贅沢な悩みだな」
「贅沢、で片付けられる悩みなら、とっくに解決してる」
零の声に、初めて棘が混じった。トールは、その横顔にどこか覚えがある気がした。かつて、頂点を目指し続けた自分自身の姿と。
(……こいつも、似た者同士か)
4. 保留、という返事
「……検討はしてやる。だが、今すぐは無理だ。順番ってもんがある」
「いつまで?」
「知るか。気長に待て」
素っ気ない返事に、零はしかし、なぜか小さく笑った。
「……悪くない返事。待つわ」
「待つって言った奴が、明日また来たりしないだろうな」
「さあ、どうかしら」
零が身を翻し、扉に手をかけたその時、トールは思わず声をかけていた。
(……この女、凜をあそこまで押し上げた立役者の一人でもあるんだよな)
渋々ながらも、その事実だけは認めざるを得なかった。装備を今すぐ作ってやる気はないが、せめて相応の礼くらいはしてやってもいい。
「――待て」
零が振り返る。
「装備の話は保留だ。だが、お前のデータが欲しい。ラボに問い合わせか?」
「いや、それはだめだ。今ここで測定してほしい」
食い気味の即答に、トールは片眉を上げた。
「随分と嫌ってんだな、そのラボとやらを」
「……色々と、事情がある」
零の声が、わずかに硬くなった。踏み込むべきではない領域だと、トールは経験的に察する。
「……まあいい。そこに突っ立ってろ」
トールは鑑定眼を起動し、零の全身へと意識を巡らせる。
《――生体反応、部分的に異常値。頭部・胸部・腹部・左腕は生体組織。右腕・腰部・下肢は非生体――高精度アクチュエータ駆動》
(……これは、随分と大掛かりな改造だな)
《魔力循環効率:既存個体と比較し著しく高い。ただし循環経路の一部が機械部位を経由しており、純粋な生体循環とは性質が異なる》
《エネルギー系統:生体由来(食事)と、外部補給(携行式エネルギーパック)のデュアル方式。機械部位の駆動出力は主にパック依存》
トールは思わず口笛を吹きそうになるのを堪えた。噂に聞くプラネットダイブスーツの性能どころではない。この女自身が、歩く高性能装備そのものだった。
「……お前、一体何なんだ」
「――さあ、何でしょうね」
零は表情を変えないまま、はぐらかすように目を逸らした。だが、その氷のような瞳の奥に、一瞬だけ、何かに怯えるような色がよぎったのを、トールは見逃さなかった。
「……まあいい。今日のところは、これで十分だ」
トールはそう言って、鑑定眼を解除した。零は小さく頭を下げ、今度こそ静かに店を後にした。
残された膨大なデータを前に、トールはしばらく考え込んだ。
(あの女、ただの負けず嫌いなA級探索者、って線じゃねえな……)
トールは肩をすくめ、増える一方の「客」の数に、静かにため息をついた。新たな謎と依頼人が、静かにトールの日常へと足を踏み入れた。
零の姿が完全に見えなくなってから、トールはようやく作業台に向き直った。頭の中では、既に先ほどの測定データが渦を巻いている。
「右腕が生身の身体についているのか……。外骨格で保護して、力が逃げない工夫をする必要があるのかな。とすると腰部と右腕を覆う外骨格……うーん、半そでのレオタードスーツを、プラネットダイブスーツの下に着こませるか?」
独り言のように呟きながら、手元のメモ用紙に殴り書きが増えていく。継ぎ目一点への的確な補強――派手さのない、けれど確実に効く仕事。ちょうど、凜の得物を仕上げた時と同じ手触りだった。
「……ま、暇潰しにはなるか」
面倒くさそうに言いながらも、トールの手はもう止まらなかった。




