第015話:正体、二重発覚
1. 部室、不用意な一言
放課後の部室。かんなが遊びに来ていた凜の荷物から、見覚えのある意匠の布切れが覗いているのに気づいた。
「り、凜……それ、配信で見たスーツの端切れじゃ……?」
凜の肩が、目に見えて跳ねた。慌てて布切れを鞄の奥へ押し込もうとするが、時すでに遅い。
「こ、これは、その……」
「凜にあんな破廉恥なスーツを着させたのは、どこのどいつよ。絶対に許さない! 凜! 誰に作らせたの? あんなに身体に密着するスーツなんて……」
見たこともないほど語気を強めたかんなに、凜はたじろぎながら視線を泳がせた。
2. 白状
生真面目な凜は、誤魔化しきれずに観念した。両手を膝に置き、まるで詮議の場に立たされたかのような姿勢で口を開く。
「……作ってくれたのは、市井のクラフターだ。名を、トール殿という」
「トール……?」
かんなの脳裏に、家の工房で幾度となく耳にした名前が重なる。まさか、という思いが胸の奥からせり上がってきた。
「待って、それってまさか……お兄ちゃんの……」
「かんな、何を言っている。トール殿は、市井に伝手を持つ一介のクラフターだ。貴殿の兄君とは、恐らく――」
言いかけて、凜自身もふと違和感に気づく。かんなが動揺している理由が、自分の想像と噛み合わない。
3. 鉢合わせ
折悪しく、様子を見に来た徹が、部室の戸口で二人の会話をまともに聞いてしまった。
「……え、待て。かんな、お前ら知り合いだったのか」
「お、お兄ちゃんこそ、なんで凜のスーツ作ってるの!?」
「いや、それはこっちの台詞だ! お前ら、いつからバディだったんだよ!」
凜が深々と頭を下げる。剣士としての矜持も忘れ、ただただ恐縮した様子だった。
「……不覚。まさか、恩人の妹君と、かねてよりの親友だったとは」
「い、いや、そこまで畏まらなくていいから……」
4. 気まずくも、悪くない三人
「まあ……なんだ。世間は狭いってことだな」
トールが頭を掻きながら苦笑する。かんなは呆れと安堵の入り混じった顔で、二人を見比べた。
「もう、二人とも水臭いなあ。……でも、なんか、ちょっと嬉しいかも。お兄ちゃんと凜が、実は繋がってたなんて」
「……私も、同じ気持ちだ」
凜は珍しく頬を緩め、それからすぐに、いつもの真剣な顔に戻った。
「トール殿。この御恩、いずれ必ず返させていただく。かんなの兄君であろうとなかろうと、その決意に変わりはない」
「大袈裟すぎるだろ、いい加減」
呆れながらも、トールの口元には、隠しきれない苦笑が浮かんでいた。
「――待って。今の『恩返し』、名案があるんだけど」
凜の律儀な宣言に真っ先に食いついたのは、他でもないかんな自身だった。神妙な空気を吹き飛ばすように、目を輝かせて両手をぱんと打ち合わせる。
「お兄ちゃんが作って、凜が着る。しかも、あの数値、あの再生数……これ、もう完全に商売になるやつじゃない!」
「……商売?」
凜が怪訝そうに首を傾げる。かんなは構わず、鞄からノートとペンを取り出し、勢いよく机に広げた。
「聞いて、二人とも。凜のプロデュースは、これから私がする」
「「は?」」
トールと凜の声が、見事に重なった。かんなはそんな二人の反応など意にも介さず、すらすらと言葉を続けていく。
「もう、凜の知名度は全国区よ。ブランドを立ち上げて、一儲けしましょう。そうね……合同会社を作って、凜と私が代表社員。お兄ちゃんは、裏方でいいわ」
「おい、勝手に役職決めるな」
「お兄ちゃんは目立つと面倒でしょ? 餅は餅屋。クラフトはお兄ちゃん、表と交渉と経営戦略は私。凜は看板で、主演」
「し、主演……? 私は、剣士なのだが……」
「凜は黙って剣を振ってればいいの。可愛くてカッコよくて強い、それだけで十分すぎる商品価値なんだから」
「商品……」
凜がぽつりと呟き、複雑そうに自分の手のひらを見つめた。剣術一筋で生きてきた身に、その単語はいささか刺激が強すぎたらしい。
よどみない口上に、トールは思わず半眼になった。この妹、いつからこんな喋りを仕込んでいたのか。
「凜、お前は今の話、ちゃんと分かって聞いてるのか」
「……よく分からんが、かんなが必要だと言うのなら、否やはない」
生真面目な返事に、トールはこめかみを押さえた。信頼と思考停止の境界線が、この二人の間ではあまりにも曖昧だった。
かんなはノートに何やら図らしきものを書き殴りながら、さらに続ける。
「あ、それと。これからのアポは、全部マネージャーの私を通して。取材も、コラボも、装備の相談も」
「……いや、待て。俺への依頼まで、お前が仕切る気か」
「当然でしょ。お兄ちゃんが変な条件で安請け合いしないか、誰かが見張っておかないと」
痛いところを突かれ、トールは言葉に詰まった。実際、これまでの取引の大半が、ろくに考えもせず即決してきたものばかりだったからだ。
折しも、トールのスマートフォンが振動した。画面に浮かんだ発信者名は「遠野環(局)」。反射的に手を伸ばしかけたトールより早く、かんなの手がそれを奪い取る。
「はい、もしもし。凜のマネージャーの佐藤です。トールへのご用件でしたら、まず私が伺います」
「お、おい!」
トールが慌てて奪い返そうとするも、かんなは器用に身をかわしながら電話口に応対を続ける。数十秒のやり取りの後、涼しい顔で通話を切った。
「――だそうです。局支給の何かの修理、また今度でいいって」
「今の、本当に俺の依頼だったのか……」
呆然と呟くトールに、かんなは得意げに胸を張った。
「ほら、さっそく役に立ったでしょ?」
「……未成年が、勝手に会社なんて作れるのか」
「そこは追々調べるの。まずは勢いよ、勢い」
身も蓋もない返答に、トールは天を仰いだ。だが、妹のこの手の思いつきが、存外馬鹿にできない結果を生むことを、彼は経験的に知っていた。
「凜、お前も、これでいいのか」
「かんなが決めたことだ。私に否やはない」
迷いのない即答に、トールは苦笑するしかなかった。剣士としての矜持は誰よりも高いくせに、かんなに対してだけは、この生真面目な少女は驚くほど従順だった。
「――というわけで、今日からよろしくね、二人とも」
かんなは満面の笑みで、ノートに大きく『合同会社 凜クラフト(仮)』と書きなぐった。命名センスについては、この際誰も触れないでおくことにした。
秘密が一つ増え、絆が一つ増え、そして厄介事の種もまた一つ増えた。そんな夜だった。




