第014話:バズった後の、それぞれの反応
1. 解析ルーム、ふたたび
「……また、あの数値ですね」
遠野が配信のアーカイブを一時停止しながら、小さく息を吐いた。同僚のアナリストが、頭を抱える。
「今度は本人が名前まで出してますよ、『トール』って。もう隠す気ないんじゃ……」
「隠してるつもりなんでしょうけど、詰めが甘いんですよね、あの人」
遠野は苦笑しながら、報告書の下書きを、またそっと引き出しの奥にしまった。画面の再生数は、彼女が見ている間にも、じわじわと桁を増やしていく。
「主任、これ、さすがに上に上げなくて大丈夫なんですか。同接十万超えの配信ですよ」
「大丈夫。今の段階では『装備の詳細不明・出演者への聞き取りは実施済み』の一文で足りるわ。それ以上は、こちらの管轄で慎重に精査中、ということにしておきましょう」
淡々と言い切る遠野の顔には、いつもの食えない微笑みが浮かんでいた。組織の隙間を縫うことにかけては、彼女もまた規格外の一人なのかもしれなかった。
2. ジャンクショップ、誇らしげな二人
「徹! 見たか、この動画! これお前が作ったスーツだろ!?」
陸と巧が、興奮気味にスマホの画面を突きつけてくる。トールは露骨に顔をしかめた。
「……お前ら、口は災いのもとって知ってるか」
「いや、俺たちは黙ってたぞ! 勝手に広まったんだよ!」
「そうだそうだ! 俺たちの中じゃ、徹の話は墓場まで持っていく機密事項だぞ!」
(面倒なことになったな……)
トールは頭を抱えながら、網膜裏に流れる再生数の桁を、げんなりと見つめた。
「なあ、これ、俺たちが作ったって言いふらしていいか? 箔がつくと思うんだよな」
「駄目に決まってるだろ。今すぐその発想を頭から消せ」
即座に却下され、陸はしゅんと肩を落とした。トールは机の上に散らばった配信の切り抜き画像を一瞥し、ため息とともに額を押さえた。
「なら、せめて店の看板に『あの伝説の一撃を生んだ工房』とか書いていいか? 集客できるぞ!」
巧が食い下がる。トールは真顔で首を振った。
「余計に目立つだろうが。むしろ今すぐしまえ、その発想」
「く…… 商魂逞しく生きようとしただけなのに」
しょんぼりする巧の肩を、陸がぽんと叩く。
「まあまあ、諦めろ。俺たちにできるのは、せいぜい口を噤んでおくことくらいだ」
「お前が言うと、微妙に信用できないんだよな……」
つい先ほどまで動画を勝手に拡散させていた張本人の台詞とは思えず、トールは半眼になった。
3. 凜の胸中
渋谷代々木学園、一年A組の教室は、朝から異様な熱気に包まれていた。
「見た見た!? 零とのコラボ配信!」
「あの覆面の子、絶対うちの学校の生徒だよね。誰だと思う?」
教室のあちこちで飛び交う憶測に、凜は自分の席で気配を殺すようにノートへ視線を落としていた。
(……気づかれてはいない。落ち着け)
剣士として鍛え抜いた胆力は、まさかこんな場面で試されるとは思ってもみなかった。誰かに名指しされる度、心臓が跳ねる。
「凜は誰だと思う?」
不意に話を振られ、凜の肩がわずかに強張った。
「……さあ、見当もつかん」
平静を装って答えたつもりだったが、声はいつもよりわずかに硬い。それに気づいた者は、幸いこの場にはいなかった。
(誇らしい、とは思う。だが、この誇らしさを誰にも打ち明けられないというのは……存外、堪えるものだな)
窓の外へ視線を逃がしながら、凜は一人、静かに胸の内を持て余していた。
4. 佐藤家、既視感
その夜、リビングで配信の切り抜きを眺めていたかんなが、ふと画面に目を凝らした。
「……あれ? この模様、どこかで……」
胸の奥で、何かがちりつくような感覚があった。記憶の糸を手繰り寄せようとした矢先、兄の声が割り込む。
「かんな、風呂空いたぞ」
「あ、うん」
意識は、あっさりと日常へ引き戻された。だが、その違和感は、彼女の中にひっそりと根を張り始めていた。
翌朝、登校の道すがら、かんなはぽつりと呟いた。
「凜、最近何か新しい装備使ってるの?」
「……なぜ、そう思う」
凜の返答は、いつもよりわずかに硬かった。その硬さが、かえってかんなの確信を後押しした。
かんなはスマートフォンを取り出し、例の切り抜き動画を凜の目の前に突きつけた。
「凜、あのスーツはだめ、全然だめ、あなたの身体のラインが丸出しじゃない。あれは高校生が着ていいスーツじゃない!」
「……」
「凜、もっとかわいらしいのにしなさい」
凜は気まずそうに視線を泳がせながらも、剣士としての矜持だけは譲らなかった。
「わたしはあれが一番いいのだが。私の能力を最大に引き出してくれる。それと、恥ずかしいのはどこかに捨てた」
「えぇぇぇ、凜。女を捨てちゃダメ! とにかく、もうあれを着て人前に出ないで。ダンジョン内は仕方ない……ダンジョン内だけよ!」
「これから凜が着用するスーツは、私がデザインするわ。もう、友人に女を捨てさせちゃいけない!」
有無を言わさぬ剣幕に、凜はこくこくと頷くしかなかった。親友のこの手の圧には、いかに『高嶺の花』と呼ばれる剣士とて、なす術がなかった。




