第013話:共闘配信と、二つの閃光
1. 初対面、短い挨拶
「――あなたが、九条凜」
零の声は、想像していたよりも静かだった。控え室の白い光の下で見る素顔は、配信越しに見るよりも幾分か幼さが残っている。
「はい。此度は、このような機会をいただき、恐悦至極」
深々と一礼する凜に、零はわずかに片眉を上げた。
「堅苦しいのは苦手。楽にして」
「……承知した」
型通りの返事しかできない自分に、凜は内心で歯噛みする。もっと気の利いた言葉を用意しておくべきだったと、今更ながら後悔した。
「その前に、お二人並んでスチール、いいですかー!」
出撃直前、慌ただしくカメラを構えたスタッフの声が割り込む。零は面倒くさそうに一度だけ肩をすくめたが、拒否はしなかった。
「……愛想笑いくらいはできる?」
「無論。礼儀作法の一環として、心得ている」
慣れない共演に緊張しながらも、凜は精一杯の営業スマイルを浮かべ、指示されるままレンズへと視線を配る。零もまた、いつもの配信で見せる涼しい笑みを、寸分違わず再現してみせた。
「はい、いいですねー! お二人とも、素晴らしい笑顔です!」
シャッター音が数回鳴り、スタッフから小さな拍手が上がる。撮影が終わった途端、零の表情はすっと元の平坦なものへ戻った。
さっきまでの笑顔が幻だったかのような変わり身の早さに、凜は内心でひそかに舌を巻いた。
零が一瞬、視線をよこす。「――行くわよ」
言葉少なな合図に、凜は小さく頷き、鞘に手をかけた。
2. シルエットと、機能美
薄い漆黒の生地が、まるで第二の皮膚のように凜の肢体に吸い付いている。胸部・前腕・脛――攻撃を受けやすい急所にだけ、蒼銀の光沢を帯びた装甲パーツが薄く重ねられ、動くたびに小さく硬質な音を立てる。だが背中から腰にかけては装甲がなく、生地一枚だけが、しなやかな体の線をそのまま浮かび上がらせていた。
配信開始と同時に、視聴者数を示す数字が目に見える速さで積み上がっていく。
『……あの、装甲少なくないですか?』
『いや、これは……うん、正解だと思う』
『動きのキレ、半端ないな』
配信のコメント欄は、彼女が跳んだ、斬った、その一挙一動よりも先に、まずそのシルエットにざわついていた。
袖口の内側で、小さな光点が一つ、また一つと灯っていく。飛び散った魔物の体液が頬をかすめた刹那、目の縁でごく薄い光の膜が瞬き、それを静かに弾いた。
『……あの光、なに?』
『スーツの意匠にしては、やけに機能的だな』
『体液避けたの見えた? 今の地味にすごくない?』
コメント欄の話題が、シルエットから機能美へとゆっくり移っていく。零は横目にその変化を捉えながら、わずかに口の端を上げた。噂に違わぬ、規格外の装備だった。
3. 満ちる、一閃
だが、この戦場の主役は一人だけではなかった。密集する雑魚の群れへ迷いなく踏み込んだ零の得物が、高周波の唸りを上げて白く発光する。
『えっ、今の……閃光?』
『一瞬で何体持ってったんだ、今の』
刃が纏う白い光条が、闇を裂くように一条奔り抜けた次の瞬間、群れの半数近くが音もなく崩れ落ちていた。視聴者たちがどよめく間もなく、零は表情ひとつ変えずに得物を鞘へ収める。
「――一つ」
誰に聞かせるでもない呟きは、彼女自身への静かな確認だった。
群れをなす敵の中に、ひときわ大きな個体が交じっていた。零の高周波ブレードが牽制する間に、凜の袖口の光点が一つ、また一つと灯っていく。
「――満ちた」
凜はわずかに息を呑み、そして不敵に笑った。生真面目な仮面の下に、確かな好戦の色が浮かぶ。
「いただこう」
「――抜刀・討伐解放」
残光を伴った一閃が、敵の巨躯を袈裟懸けに斬り伏せる。単発では届かなかった一撃が、初めて大物を沈めた瞬間だった。
離れた場所でその一部始終を見届けていた零が、ひとりごちるように呟いた。
「――二つ」
淡々とした声音に、しかしわずかな熱がにじんでいた。自分と並ぶ、あるいは超えるかもしれない一閃を前に、零の氷の瞳が、今日初めてわずかに揺れた。
『今の技、初めて見た!』
『一撃であの図体を沈めるとか、嘘だろ』
『九条凜、ガチのバケモンじゃん……』
零は、わずかに目を細めてその光景を見つめていた。あの少女の得物が規格外なのではない。あの「装甲」そのものが、規格外なのだ。
――そう思ったのは、零だけではなかった。渋谷運営管理局の解析ルームでも、モニターに映る出力波形を前に、若手アナリストが声を裏返らせていた。
「な……何ですか、この数値……。また、あの反応です」
4. 配信の終わりに
戦いを終え、荒い息を吐く凜に、零が珍しく口元を緩めた。
「悪くなかった。……その装備、誰が?」
「――トール殿、という御方だ」
答えながら、凜はふと胸騒ぎを覚えた。今、口にしてはいけないことを口にした気がする――そんな予感を、うまく言葉にできないまま。
零の瞳の奥で、静かな炎が灯った。
「トール、ね」
配信終了後のスタッフルームで、誰かがぽつりと呟いた。
「今の名前、まだ切り抜きに残ってますよね」
「……編集で切るには、ちょっと惜しい名場面すぎるかも」
その小さな判断が、後にどれほどの波紋を呼ぶことになるのか、この時はまだ、誰も知らなかった。




