第012話:招待状は、突然に
1. 見知らぬ差出人
放課後、部室で一人剣の手入れをしていた凜のスマートフォンに、見慣れないアカウントからのメッセージが届いた。
『初めまして。神城零の配信チームの者です。先日の第八層での戦闘映像を拝見し、ぜひ一度、コラボレーション企画へのご出演をお願いしたく、ご連絡いたしました』
凜は目を疑い、二度、三度と文面を読み返した。手入れの途中だった刀を思わず取り落としそうになる。
「……夢か? いや、これは現か」
自らの頬をつねってみて、痛みが本物であることを確かめてから、ようやく凜は画面に向き直った。
2. 逡巡と、決意
(零殿と、共に――)
胸の奥が、かつてない速さで高鳴る。同時に、一抹の不安もよぎった。この装備の出所を、公の場で詮索されはしないか。トール殿に迷惑がかかりはしないか。
(……いや。案ずるより、まずは相談だ)
だが、凜の生真面目な気性は、迷いよりも前進を選んだ。かつての自分ならば石橋を叩いて壊すほど慎重だったはずが、いつの間にか「まず動く」ことを覚えていた。
「――受けて立とう」
返信を打つ指に、迷いはなかった。
3. トールへの、簡潔な報告
その日の夕方、凜はジャンクショップに立ち寄り、努めて平静を装いながら告げた。
「トール殿。しばらく、大きな実戦の機会がある。装備の調整を、頼めるだろうか」
「ん? まあ、いいけど。何の話だ」
「……いずれ話す。今は、心の準備をさせてほしい」
やけに真剣な顔で去っていく凜の背中を見送りながら、トールは首を傾げた。
(何だ、あの気合いの入りようは。まあ、悪いことじゃなさそうだが)
網膜裏のログを軽く弄り、討伐ログの発動条件を、ほんの少しだけ緩めておく。特に理由はない。ただの、職人的な気まぐれだった。
「陸、巧。ちょっと素材倉庫から、耐熱ポリマーの残りを引っ張り出しといてくれ」
「お、おう! 何か大きい仕事か!?」
「まあな。誰かさんの、頑張り時ってやつだ」
トールは肩をすくめながらも、その口元にはわずかな期待がにじんでいた。誰かのために腕を振るう機会を、無自覚に楽しみにし始めている自分に、彼自身はまだ気づいていない。
4. 開幕へ
数日後、渋谷のとある特設スタジオ前。巨大な機材車と、忙しなく行き交うスタッフの姿に、凜は思わず息を呑んだ。
(これが……頂点の世界か)
出迎えのスタッフに促され、まず案内されたのは控室に併設された更衣室だった。
「凜さん、コラボ用の衣装はご自身のものをご持参とのことで。準備ができましたら、お声がけください」
(衣装、か……。まあ、これしかないな)
持参したのは、見慣れたナノスーツ一式だった。普段は薄暗いダンジョンの中でしか纏うことのない装備だが、考えてみれば、こうして大勢の目に触れる場に持ち出すのは初めてのことだった。
扉を閉め、しばらくの後。鏡の前に立った凜は、思わず息を呑んだ。見慣れているはずの自分の姿が、今日に限ってやけに他人行儀に映る。壁越しに、スタッフたちの慌ただしい足音や、機材を運び込む音がひっきりなしに響いていた。
(このスーツでコラボ……。私の身体が、全国放送になる……)
じわり、と頬に熱が集まっていくのが分かった。ダンジョンで剣を振るう時には意識したこともなかった装備の存在感が、急に重みを増して伸し掛かってくる。何万、何十万という視線に晒される自分を想像しただけで、心臓が早鐘を打った。
(トール殿の技術の結晶だ。恥じるいわれなどない……ないはずなのに、なぜこう、落ち着かないのだろう)
スタッフが用意してくれた小型の集音マイクを襟元に留めながら、凜は何度も鏡の中の自分と向き合った。剣道で鍛えたはずの胆力が、こんな場面ではまるで役に立たない。
(かんな……見ているだろうか)
出がけに見せた親友の呑気な笑顔を思い出すと、不思議と強張っていた肩から力が抜けていく。「行ってらっしゃい、凜」――その一言だけで、ここまで来られた気がした。
腰の得物を一度外し、鞘の位置を確かめるように何度か佩き直す。使い慣れた重みが手に馴染むと、ようやく呼吸が落ち着いてきた。
「凜さん、そろそろお時間です」
扉の外から控えめな声がかかる。凜は慌てて両頬を軽く叩き、いつもの生真面目な表情を無理やり取り戻してから、更衣室の扉を開けた。
緊張の面持ちで立つ凜の隣に、迎えの配信スタッフが歩み寄る。そのスタッフが凜のスーツを見て絶句する。ようやく我をとりもどしたスタッフが凜に声を掛ける。
「凜さん、そのスーツで大丈夫ですか?」
「ええ、これが私のスーツですから」
「では、こちらへどうぞ。零さんが、お待ちです」
深呼吸を一つ。凜は、初めて対峙する「もう一人の頂点」のもとへ、静かに足を踏み出した。腰の得物が、いつもよりわずかに重く感じられた。




