第011話:便利屋、繁盛中と、遠い噂
1. 二度目の依頼、三度目の依頼
「これも、お願いできますか」
遠野環がテーブルに置いたのは、スマホの次は、局支給のタブレット端末だった。画面の端に、蜘蛛の巣状のひびが走っている。
「……おい。それ、私物じゃなくて公物じゃねえか」
「今回だけ、特別に目をつぶってください」
「特別っつう言葉、お前の口から出ると信用度が三割減るな」
トールは頭を抱えながらも、慣れた手つきで分解を始めた。裏蓋を外すと、案の定、内部の配線が焼け焦げかけている。
「……お前、これ落としたな。それも、結構な高さから」
「……階段の踊り場から、資料と一緒に」
「両方あきらめろ、とは言わんが、次からは資料を先に守れ。人間より優先すべき電子機器は滅多にないが、これはその滅多にない例だ」
遠野は珍しく、ばつが悪そうに視線を逸らした。厄介事を持ち込む代わりに正体を伏せる――そのはずの取引が、いつの間にか「便利な修理屋との緩やかな腐れ縁」に変わりつつあることに、彼女自身もまだ気づいていない。
2. 陸と巧の、空回る忠誠心
「な、なあ徹。あの人、また来たけど……大丈夫なのか?」
陸が声を潜めて尋ねる。運営管理局の職員証を見るたびに、二人は背筋を伸ばして直立不動になった。まるで軍隊の点呼のような姿勢の良さである。
「気にするな。ただの、めんどくさい常連客だ」
「お、俺たちも何か手伝えることないか? 役に立ちたいんだ」
「じゃあ、その辺の掃除でもしてろ」
張り切って掃除を始めた二人を横目に、トールは小さく苦笑した。かつて絶対企業を率いた男にとって、こういう他愛のない忠誠心は、悪くない眺めだった。
「あ、あの、徹くん! 棚の奥から、なんか変な魔石が出てきたんですけど、これも磨いといた方がいいですか!?」
「それは触るな。地雷だ」
「じ、地雷ぃ!?」
陸が飛び上がるようにその場を離れる。トールは面倒くさそうに立ち上がり、埃を被った未精製の呪石を、慣れた手つきで安全な保管庫へと放り込んだ。掃除係にうっかり暴発物を触らせるほど、彼も鬼ではない。
3. 学園に流れる、遠い噂
昼休みの教室。かんなのクラスは、朝からある話題で持ちきりだった。
「ねえ知ってる? あの配信者の『零』が、今度学生とコラボするんだって」
「え、誰と誰?」
「まだ発表されてないみたい。でも渋谷代々木の生徒らしいよ」
「マジで!? それって同じ学校ってこと!? 誰だろ、探索者ランキング上位の先輩とか?」
教室のあちこちで、思い思いの予想が飛び交う。輪の外で聞いていた凜は、軽く眉を上げただけだった。
(零……いずれ超えるべき壁の一人だな。誰が選ばれるにせよ、良い刺激になるだろう)
自分がその「誰か」であるとは、まだ知る由もなかった。
「凜は誰だと思う?」
「さあ……予想もつかんな」
かんなの何気ない問いに、凜はいつもの生真面目な顔で首を傾げただけだった。
4. 静かな水面下
その夜、ジャンクショップに立ち寄った遠野が、修理を終えたタブレットを受け取りながら、ふと呟いた。
「そういえば、渋谷代々木学園の生徒さんが、近々大きな配信に出るという噂を耳にしました」
「へえ。まあ、俺には関係ない話だな」
「ええ、きっと」
遠野は意味深に微笑んだが、それ以上は何も言わなかった。修理代わりに置いていった缶コーヒーを一つ、机の端にそっと残して。
「……律儀な奴だな」
トールはそう呟きながら、まだ温かいそれを手に取った。平穏を望むトールの日常に、静かに、しかし着実に、波紋が広がりつつあった。




