第017話:静かな異変、蠢く原因
1. 第一報
深夜、遠野の端末に緊急の通知が鳴り響いた。
「代々木第十層で、モンスターの異常発生……?」
出動要請の文字が、画面を埋め尽くしていく。第十層といえば、学生の課題実習にも使われる、比較的安全とされてきた階層帯だった。
検知されたのは、本来ならレベル一桁の個体しか出現しないはずのゴブリンの群れ――しかし、その数は尋常ではなかった。平常時であれば一日に数体程度の目撃例で済む階層に、この一晩だけで四十体を超える個体が確認されていたのだ。
2. 情報共有という名の、恩返し
「トール、力を貸してもらえますか」
早朝、血相を変えた遠野がジャンクショップに駆け込んできた。取引の恩義もあり、トールは渋々ながらも重い腰を上げる。
「……階層のエネルギー波形、見せてみろ」
環は待ってましたとばかりに、端末を手にトールの隣へ回り込んだ。肩がぴたりと触れ合う距離まで詰め、遠慮なく体重を預けてくる。
「はい、これ。夜中からずっと解析してたんだから、労ってよね」
甘い香りが鼻先をかすめ、トールは思わず半歩身を引きかけた。だが逃がすまいとするように腕を絡められては、無下にもできない。
仕方なく画面に視線を落とすトールの肩に、環はこてんと頭を預けた。
データに目を通した瞬間、トールの表情が固まった。規則正しく機械的な、あの反応パターン――回収ハックのものと酷似していた。
「これ、いつからのログだ」
「観測され始めたのは数日前から。最初は誤差の範囲だと思っていたんですが」
「基準値は1.0前後で安定してるはずなんですけど……ここ数日は常時三倍近い数値が出てて、酷い時には五倍近くまで跳ね上がってるんです」
「……誤差にしちゃ、波形が綺麗すぎるな」
3. 気づいてしまった真実
(……まさか、な)
かつて絶対企業の生産ラインを完全自動化した男には、覚えのある感覚だった。便利な発明は、時に見えない歪みを生む。回収ハックが撒き散らす微弱な魔力ノイズが、深層の生態系をじわじわと狂わせていたのだ。
「……俺の、せいか」
自分の面倒くさがりが生んだ発明が、こんな形で牙を剥くとは思わなかった。トールは珍しく、言葉を失ったまま拳を握りしめた。
「トール?」
遠野は潤んだ瞳でトールを見つめる。
「……いや、何でもない。原因は、大体分かった」
4. 出動
「原因は、俺にある。だったら、俺が片付ける」
凜への連絡を終え、トールは静かに立ち上がった。作業台に置きっぱなしだった外套を、無造作に羽織る。
外套のポケットには、徹夜で仕上げたばかりの支持外骨格――半袖レオタードに薄い装甲プレートを縫い込んだ試作品を、無造作に押し込んである。礼を言われるのも柄じゃないので、渡すタイミングは適当でいいと思っていた。
(……間に合ったのは、単なる偶然だ。深い意味はない)
「――付き合ってもらうぞ、回収ハック。お前の後始末だ」
浮遊する小さな相棒が、答えるように小さく明滅した。まるで自分の不始末を理解しているかのような、しおらしい動きだった。
「環。凜と、恐らくもう一人来る。現場の規制線だけ、頼めるか」
「もう一人、というのは」
「知り合ったばかりの、面倒な客だ」
遠野は怪訝な顔をしながらも、頷いた。トールは短く息を吐き、代々木ダンジョンの入り口へと足を向けた。
5.受け渡し
代々木ダンジョンの入り口には、既に零の姿があった。相変わらず表情の薄い顔でトールを一瞥する。
「遅い」
「悪い悪い。ちょっと寄り道してた」
トールは懐から、外套のポケットに押し込んでいた包みを取り出し、無造作に放り投げた。零はそれを危なげなく片手で受け止める。
「……なに、これ」
「支持外骨格。お前の右腕と腰、生身と機械の継ぎ目がずっと引っかかってただろう。応急処置みたいなもんだ」
零は包みを開き、薄手のレオタードに縫い込まれた装甲プレートをまじまじと見つめた。感情の読めない横顔に、微かな変化が過ぎる。
「……名前は?」
「別にない。適当に着けてくれりゃそれで」
「侘しいわね。なら、私が決める。――『氷姫専用』」
「勝手にしろ」
零は小さく口の端を上げると、レオタードを丁寧に畳み直し、迷いなく懐にしまった。
「着替えてくる。少し待ってて」
零はダンジョンの物陰で手早く支持外骨格を着け終え、上からプラネットダイブスーツを羽織り直すと、何事もなかったかのように戻ってきた。
「これで、万全ね」
「効果のほどは、その目で確かめろ」
零は小さく頷き、三人は代々木ダンジョンの奥へと足を進めた。




