第二話 営業は「困っている人」を探す仕事
王国金貨を一枚だけ握りしめ、金城真人は街道を歩いていた。
行き交う荷馬車を眺めながら、自然と営業時代の癖が出る。
積み荷を見る。
商人の表情を見る。
服装を見る。
そして何より、人の流れを見る。
「営業は足で稼げ、か……」
ブラック企業時代、耳にタコができるほど言われた言葉だ。
当時は嫌だった。
だが今になって思う。
人が集まる場所には、必ず金が動く。
金が動く場所には、必ず誰かの困り事がある。
その困り事を解決した者が利益を得る。
商売とは、その繰り返しなのだ。
街門が見えてきた。
石造りの巨大な城壁に囲まれた交易都市。
門前には商人、冒険者、農民が長い列を作っている。
真人も最後尾に並んだ。
「次!」
門番が荷物検査を行う。
武器や魔物素材を確認し、入場税を徴収しているらしい。
真人の番になった。
「身分証は?」
「……ありません。」
「どこの出身だ?」
「遠い東の国です。」
嘘ではない。
日本は、この世界から見れば間違いなく東の果てだ。
門番は怪訝そうな顔をしたが、真人の服装を一瞥し、肩をすくめた。
「旅人か。」
「はい。」
「入場税は銀貨一枚。」
真人は固まった。
(銀貨……持ってへん。)
所持金は金貨一枚だけ。
この世界の貨幣価値はまだ分からない。
だが、どう考えても金貨一枚を崩すのは悪手だ。
営業時代にも似た経験があった。
大きな利益を得るために、最初の資金はできるだけ減らしてはいけない。
「両替所はありませんか?」
「中だ。」
「中に入れないと行けませんよね。」
「そうだ。」
門番は真顔で答えた。
「……。」
「……。」
妙な沈黙が流れる。
(詰んだ。)
異世界転生二日目にして、街へ入れない。
その時だった。
「ちょっと失礼。」
後ろから女性の声がした。
二十代半ばほどの女性商人が門番へ銀貨を数枚放る。
「この人の分も払っておいて。」
「了解。」
あっさり門が開いた。
真人は慌てて頭を下げる。
「助かりました!」
「別に。」
女性は荷車を押しながら笑う。
「困ってる商人を助けるのも商売だから。」
その一言に、真人は目を丸くした。
(この世界にもいるんやな。)
信用で商売する人間が。
街へ入ると、一気に熱気が押し寄せてきた。
露店。
食堂。
鍛冶屋。
薬屋。
武器屋。
活気に満ちた市場。
真人の《価値鑑定》が次々と反応する。
【鉄剣】
市場価値:銀貨十五枚
【リンゴ】
市場価値:銅貨三枚
【革鎧】
市場価値:銀貨二十八枚
頭の中へ情報が流れ込み続ける。
「市場そのものがデータベースみたいやな……。」
歩くだけで相場が分かる。
これだけでも十分すぎる能力だ。
その時。
広場の奥から怒号が聞こえた。
「さあ見ろ! 若く健康な獣人だ!」
「力仕事なら人間の三倍!」
「今日だけ特価だ!」
人だかりの中心。
そこには鉄格子付きの荷車が並び、首輪を付けられた獣人たちが座らされていた。
奴隷市場。
真人の表情が曇る。
(本当にあるんか……。)
テレビや漫画の中だけの話ではなかった。
幼い子ども。
老人。
女性。
皆、商品として値札を付けられている。
胸が痛んだ。
しかし、感情だけでは何も変わらない。
営業時代に学んだ。
現実から目を背けても、現実は変わらない。
真人は静かに歩み寄る。
そこで一人の少女が目に留まった。
銀色の髪。
猫のような耳。
琥珀色の瞳。
細い手足には無数の傷が残り、痩せ細っている。
だが、その瞳だけは死んでいなかった。
視線が合う。
その瞬間、《価値鑑定》が激しく反応した。
【リーシャ】
年齢:十五歳
種族:獣人
市場価格:金貨三枚
適正価格:評価不能
将来価値:測定不能
潜在能力:★★★★★
忠誠適性:極めて高い
危険度:なし
表示を見た真人は思わず息を呑んだ。
「評価不能……?」
物にも人にも値段が付く能力。
その能力が、初めて値段を付けられなかった。
少女は真人を見つめたまま、小さく口を開く。
「……買うの?」
その声には期待も絶望もない。
ただ、諦めだけがあった。
真人は胸の奥が締め付けられる。
営業は、人を数字で見る仕事ではない。
数字の向こうにいる”人”を見る仕事だ。
それだけは、この十年間で決して忘れなかった。
奴隷商が声を張り上げる。
「そこの旦那! 見る目がありますな!」
「その娘は戦えますよ!」
「金貨三枚!」
「安いもんです!」
真人は手の中の金貨を見つめる。
一枚しかない。
どう考えても足りない。
それでも、真人の中では一つの考えが形になり始めていた。
(営業っていうのはな。)
(金がないから諦める仕事ちゃう。)
(金がないなら、相手を納得させる方法を考える仕事や。)
真人はゆっくりと奴隷商へ歩み寄り、穏やかな笑みを浮かべた。
「少し、商談しませんか?」
その一言に、奴隷商は面白そうに口角を上げる。
「……ほう?」
異世界で最初の交渉が、今始まろうとしていた。




