第三話 営業に必要なのは、金より信用
「商談しませんか?」
その一言に、奴隷商だけでなく周囲の客まで真人を見た。
奴隷市場では珍しい光景だった。
ここでは値切る者はいても、商談を持ち掛ける者は少ない。
商品には値札が付いている。
払える者が買う。
それだけの世界だ。
「坊主」
奴隷商は腹を揺らして笑った。
「金貨三枚払えないなら帰りな。冷やかしは嫌いなんだ。」
「払えません。」
真人はあっさり認めた。
「なら終わりだ。」
「ですが、あなたはもっと儲けられます。」
ぴくり、と奴隷商の眉が動く。
真人は営業時代を思い出していた。
値引きをお願いするときにやってはいけないこと。
それは「安くしてください」と頼むことだ。
相手の利益を削るだけの交渉は、長続きしない。
営業とは、互いが利益を得る道を探す仕事だ。
「旦那。」
真人は奴隷商の荷車を指差した。
「今日は何人売れました?」
「……何だ?」
「答えてください。」
「三人だ。」
「全部で何人います?」
「十二人。」
「つまり九人残っていますね。」
真人は市場を見回す。
人は多い。
だが、立ち止まる客は少ない。
見て、去る。
それの繰り返しだ。
「今日中に全部売れそうですか?」
奴隷商は黙った。
その沈黙が答えだった。
「餌代。」
「……。」
「宿代。」
「……。」
「警備代。」
「……。」
「売れ残るほど赤字になりますよね?」
奴隷商の目が細くなる。
真人はさらに続けた。
「営業は商品を売る仕事じゃありません。」
「……何?」
「困っている相手を見つける仕事です。」
真人は笑う。
「今、一番困っているのは、この娘じゃない。」
奴隷商を真っ直ぐ見る。
「あなたですよ。」
市場が静まり返った。
奴隷商は腕を組み、真人を観察する。
「続けろ。」
「今日売れ残れば維持費がかかる。」
「ああ。」
「明日も売れなければ、さらに利益は減る。」
「……。」
「つまり、あなたにとって一番価値が高いのは”今この場で現金化すること”です。」
奴隷商は初めて笑みを消した。
真人の《価値鑑定》が反応する。
【対象:奴隷商グレッグ】
現在心理
・興味 67%
・警戒 55%
・商談成立可能性 41%
(まだ足りへんな。)
真人は一歩踏み出した。
「私は金貨一枚しかありません。」
周囲から失笑が漏れる。
「終わりじゃねえか。」
「話にならん。」
だが真人は動じない。
「その代わり。」
バッグから営業用のメモ帳を取り出した。
唯一、前世から持ち込めた仕事道具だった。
「三日で残りの奴隷を全部売ります。」
ざわっ、と市場がどよめく。
「は?」
「全部?」
奴隷商も思わず聞き返した。
「もし売れなければ、この金貨一枚はあなたのものです。」
「……。」
「売れたら。」
真人はリーシャを見る。
「彼女を金貨一枚で譲ってください。」
奴隷商は大笑いした。
「ははははは!」
腹を抱えて笑う。
「面白ぇ!」
市場中が注目していた。
普通なら無謀。
いや、狂人の発想だ。
しかし真人には勝算があった。
市場を歩いていて気付いたことがある。
この世界の商人は、
「売ること」は知っている。
だが、
「売れる仕組み」を作ることを知らない。
前世では当たり前だった販促。
陳列。
客導線。
接客。
広告。
それが、この世界にはほとんど存在していない。
(営業の基本だけで十分勝てる。)
奴隷商は笑いながら言った。
「いいだろう。」
「本当ですか?」
「ただし条件がある。」
男は指を三本立てた。
「期限は三日。」
「はい。」
「お前は俺の店を手伝う。」
「はい。」
「売れなかったら金貨一枚没収。」
「もちろん。」
奴隷商は大きな手を差し出した。
「契約成立だ。」
真人も迷わず握り返す。
その瞬間、《価値鑑定》が反応した。
【契約成立】
成功率:72%
利益予測:極大
数字を見た真人は小さく笑う。
(いける。)
その様子を鉄格子の中から見ていたリーシャは、信じられないという顔をしていた。
「……どうして?」
小さな声だった。
「私なんかのために。」
真人は首を横に振る。
「勘違いしたらあかん。」
「え……?」
「これは商売や。」
リーシャの表情が曇る。
だが次の言葉で、その瞳が大きく揺れた。
「君を助けることが、一番儲かると思った。」
《価値鑑定》が示した”評価不能”。
それが何を意味するのか、真人にはまだ分からない。
だが営業マンとしての勘が告げている。
目先の利益ではない。
この少女こそ、自分の人生で最も価値ある投資になる。
そして、この日。
元営業マン・金城真人は異世界で最初の契約を結んだ。
それは金ではなく、信用を担保にした契約。
後に世界最大の商会「金城商会」が生まれる、その始まりの一歩だった。




