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異世界商い道中 ~金貨一枚から始める異世界改革~   作者: 釣鐘銅鑼


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第一話 金貨一枚の転生者

 営業という仕事は、商品を売る仕事ではない。


 困っている人間を見つけ、その問題を解決する仕事だ。


 それが、金城真人という男が十年間の営業人生で辿り着いた結論だった。


     ◇


「金城、お前さぁ。今月のノルマ、あと三百万残ってるよな?」


 時計は午後十一時四十八分を指していた。


 オフィスの蛍光灯だけが白々しく光り、フロアには数人の社員が疲れ切った表情でパソコンに向かっている。


 真人は乾いた目をこすりながら資料をまとめていた。


「はい。明日もう一件訪問して――」


「明日じゃ遅いんだよ」


 上司は机を叩く。


「営業は数字だ。数字を作れ。寝る暇があるなら電話しろ」


 真人は何も言わなかった。


 反論したところで数字は増えない。


 十年間で嫌というほど学んだ。


 営業とは、理不尽を飲み込み、それでも笑って頭を下げる仕事だ。


 その夜も終電はとっくに過ぎ、真人は会社に泊まり込むことになった。


 エナジードリンクを飲み干し、もう一度パソコンへ向かう。


 画面が滲む。


 頭が重い。


 胸が痛い。


「……少し、休むか」


 その言葉を最後に、世界が暗転した。


     ◇


 次に目を開けた時、真人は草原に寝転がっていた。


 青い空。


 白い雲。


 頬を撫でる風。


「……は?」


 思わず起き上がる。


 スーツ姿のまま。


 ビジネスバッグもそのまま。


 だが、見える景色は日本ではない。


 遠くには石造りの城壁都市。


 荷馬車が街道を走り、鎧を着た男たちが槍を担いで歩いている。


「ドッキリ……ではないよな」


 夢にしては妙に現実感がある。


 真人は自分の頬をつねった。


「痛い」


 その瞬間、頭の中へ機械的な声が響く。


【異世界転生を確認】


【固有能力を付与します】


【能力:《価値鑑定》】


【対象の市場価値を可視化します】


「……終わり?」


 他には何もない。


 剣術。


 魔法。


 無限収納。


 そんな都合のいい能力は存在しなかった。


「いやいや、これだけ?」


 真人は苦笑する。


「完全にハズレやん……」


 そう呟いた時だった。


 街道を一台の荷馬車が走っていく。


 視界に青白い文字が浮かんだ。


【中古荷馬車】


市場価値:銀貨三十八枚


適正価格:銀貨四十一枚


耐久率:六二%


故障予測:二週間以内に車軸破損


「……え?」


 真人は目を見開いた。


 続いて馬を見る。


【農耕馬】


市場価値:銀貨二十五枚


健康状態:良好


将来価値:高


「値段が見えてる?」


 試しに足元の石を拾う。


【花崗岩】


市場価値:〇


「石に値段は付かんか」


 では、この能力は本当に”価値”を見る力なのだろうか。


 真人は興味本位で自分のビジネスバッグを見る。


【革製バッグ】


市場価値:七千八百円相当


希少価値:低


「円も分かるのか……」


 思わず笑ってしまう。


「意外と便利かもしれんな」


 その時だった。


「おい! そこの兄ちゃん!」


 怒鳴り声が飛ぶ。


 振り返ると、商人風の男が荷馬車の横で困り果てた顔をしていた。


「頼む! 車輪が外れた! 手を貸してくれ!」


 真人は駆け寄る。


 荷車の車輪は傾き、積み荷の木箱が今にも崩れそうになっていた。


 何人か通行人はいるが、誰も手伝おうとはしない。


 時間を失うことを嫌っているのだろう。


 営業時代、何度も見た光景だった。


 困っている人間はいても、助ける人間は少ない。


「押せばいいですか?」


「頼む!」


 二人で荷車を支え、どうにか車輪を元へ戻す。


 汗だくになりながら十分ほど格闘すると、荷馬車は再び動き始めた。


「助かった!」


 商人は満面の笑みを浮かべる。


「礼だ!」


 そう言って真人の手に握らせたのは、一枚の金貨だった。


 ずしりと重い。


 太陽の光を反射し、美しく輝いている。


 真人の視界に文字が浮かんだ。


【王国金貨】


市場価値:金貨一枚


純度:九九・八%


「……本物か」


「もちろんだ。時間を失えば、この荷は全部腐ってた。お前はそれを救ってくれた」


 商人は笑う。


「商売ってのは信用だ。助けられた恩は、ちゃんと返さなきゃな」


 その言葉に、真人も自然と笑みを浮かべた。


 営業時代、何度も口にした言葉だった。


 信用が次の仕事を連れてくる。


 世界が変わっても、その本質は同じらしい。


 商人は荷馬車へ乗り込むと、去り際に言った。


「そうだ。町へ行くなら気を付けろ」


「何にです?」


「最近、水不足で村がいくつも潰れてる。井戸が枯れてな」


「水不足?」


「ああ。だから水の値段が跳ね上がってる。旅人も大変だ」


 荷馬車は街道の向こうへ消えていく。


 真人は手の中の金貨を見つめた。


 一枚。


 たった一枚。


 だが、それはこの世界で手にした最初の資本だった。


 視界に再び青白い文字が浮かぶ。


【所持金】


金貨一枚


 真人は小さく笑う。


「営業マンの次は、行商人か」


 空を見上げる。


 異世界。


 剣と魔法の世界。


 だが、自分には剣も魔法もない。


 あるのは、営業で培った交渉術と、価値を見抜く目だけ。


「まあ、ええか」


 金貨を指で弾く。


 陽光を受けて黄金がきらめいた。


「金があるなら、商売は始められる。」


 その瞬間、真人の胸に不思議な確信が宿る。


 この世界は、魔王ではなく金で動いている。


 ならば。


 その金の流れを握る者が、世界を握る。


 ――これは後に「黄金王」と呼ばれる男が、たった金貨一枚から世界を買い取るまでの物語である。

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