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「婚約を断られた付与術師は、辺境で勝手に国を建てていました ~気づいたら侯爵様が押しかけてきたのですが~」  作者:


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第八話「村に学校を作ったら子どもが集まった」

 「先生、算数がわかりません」


 ルーチェが目を覚ましたら、枕元に子どもが五人いた。


 夜明け前の薄暗い室内に、大きな目がこちらを見つめている。全員七歳から十歳くらいだ。ニコも混じっている。ニコだけは「算数がわからない」ではなく「みんながここに来ると言うので来た」という顔をしていた。


 ルーチェはしばらく天井を見た。


 村に学校を作ったのは自分だ。作ったのはいいが、まさか自分が教える側になるとは思っていなかった。前世でも新人研修を担当したことはあるが、子どもに教えるのは別の話だ。


 「……五分待ってください」


 ルーチェは起き上がって、顔を洗いに行った。



 学校といっても、補修した家屋の一軒を使った簡素なものだ。机と椅子はカルロスが作ってくれた。黒板はルーチェが板に【黒化】の付与を施したものだ。


 最初は村の子ども三人だけだったが、近隣の村から通ってくる子どもが増えて、今では十二人になっていた。


 教える内容は「読み書き、計算、魔道具の基礎」だ。読み書きと計算は前世の記憶そのままで教えられる。魔道具の基礎は、付与術師として実際にやっていることを噛み砕いて説明する。子どもたちは飲み込みが早かった。


 「先生、これで合ってますか」


 「合っています。次の問題に進んでください」


 「先生、この字、合ってますか」


 「もう少し丁寧に書きましょう。右側の線が曲がっています」


 「先生、魔道具って自分でも作れますか」


 「材料と道具があれば、基礎的なものなら作れます。まず術式を覚えることが先ですが」


 「先生——」


 「一人ずつお願いします」


 前世の研修担当時代を思い出した。あの頃も、質問が同時に飛んでくると少し頭が痛くなった。


 そんな朝のことだった。


 村の入り口のほうから、馬の音がした。



 「視察に来た」


 エドガーが言った。


 ルーチェは教室の外に出て、エドガーを迎えた。今日は珍しくフィリップを連れていない。一人だ。


 「視察であれば中へどうぞ。ちょうど授業中なので」


 「……授業中に入っていいのか」


 「支障はありません」


 ルーチェが教室に戻ると、子どもたちが一斉にエドガーを見た。誰かが「侯爵様だ」と囁いた。子どもたちの顔がこわばる。辺境の番人という噂は、子どもの耳にも届いているらしい。


 ルーチェは黒板の前に戻って、椅子を一脚、子どもたちの列の端に置いた。


 「はい、侯爵様も授業です。そちらへどうぞ」


 教室が静まり返った。


 エドガーが固まっている。


 「……私も、か」


 「せっかく来られたので。見学より参加のほうが理解が深まります」


 子どもたちが、こわばった顔のまま、ちらちらとエドガーを見ている。エドガーはしばらく動かなかったが、やがてゆっくりと椅子に向かって歩いていった。大柄な体が子ども用の椅子に座ると、少し窮屈そうだったが、エドガーは何も言わなかった。


 子どもたちの誰かが、小さく笑った。それが伝染して、くすくすと笑い声が広がった。エドガーが子どもたちを見ると、みんな慌てて口を閉じたが、目が笑っている。


 授業を再開した。


 エドガーは黙って、ルーチェの話を聞いていた。子どもたちが問題を解く間、エドガーも黒板を見ていた。


 終わってから、子どもたちが帰ると、エドガーが立ち上がって言った。


 「なぜ学校まで作ったのか」


 「できる人間が増えると、村が自分で回るようになります。私がいなくなっても続けられる村にしたいので」


 「いなくなるつもりがあるのか」


 「今はないですが、先のことはわかりませんから。でも仕組みを作っておけば、誰かが引き継げます。それが一番長持ちする」


 エドガーがルーチェをじっと見た。


 「……前世でも同じことをしていたのか」


 「していました。新人研修とか、業務マニュアルの整備とか」


 「前世の話を、私にするのは初めてだな」


 ルーチェは少し考えた。


 「そうでしょうか。あまり意識していませんでした」


 「……なぜ前世のことをご存知なんですか」


 ルーチェが聞くと、エドガーが少し間を置いて答えた。


 「噂がいろいろと届いている」


 「噂、ですか。どこからですか」


 「グレタが話す。ダルクが町で話す。フィリップが報告する」


 ルーチェは少し考えた。


 「……監視されているんでしょうか、私」


 「管轄内だからな」


 実務的な答えだったが、ルーチェは少し不安になった。前世でも「なぜかそれを知っているんですか」という上司がたまにいたが、今のエドガーはそれに近い雰囲気がある。


 翌朝、侯爵家から荷車が来た。


 荷車の上には教材が山積みになっていた。羊皮紙、インク、計算用の道具、地図、それから子ども向けの読み物が何冊か。手紙が一枚添えてあり「足りなければ言え」とだけ書いてあった。


 エドガーの字だった。


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