第十五話「廃村が村になった日」
一年後。
ダレン村——地図に、今は正式な名前で載っている。
人口は五十三人。学校あり、市場あり、付与魔道具の工房あり。村の中央には広場ができ、月に一度の朝市に近隣の村から人が来るようになっている。
井戸は三本になった。水路は村の隅々まで伸びた。畑は三倍の面積になって、今年は収穫が余るくらいあった。家屋は十四軒に増えて、まだ建設中のものが二軒ある。
そして村の一番高い丘に、小さな屋敷が一軒。
ルーチェとエドガーの、屋敷だ。
一周年の祭りは、晴れた日に行われた。
広場に長い卓を並べて、全員で食事をした。グレタが朝から鍋を三つ使って料理をして、シルビアが手伝って、子どもたちが邪魔をした。カルロスが祭り用の飾りを作って、ベルトが広場に旗を立てた。ダルクが近隣の町から珍しい食材を仕入れてきた。ニコが、今ではすっかり村の子どもたちの兄貴分になって、飾りつけを仕切っていた。
食事が終わったとき、グレタが立ち上がった。
「わしが一言言わせてもらう」
誰も止めなかった。グレタが一言と言うと大体三言から五言になるが、それでも誰も止めない。それがこの村の流儀だ。
「一年前、ここは石壁だけだった。人もいなかった。水もなかった。わしだけがいた」
グレタが少し間を置いた。
「そこにルーチェが来て、泥だらけで穴を掘って、水を出して、家を直して、畑を作って、人を呼んで——お前のおかげで、この村はこうなった」
グレタが、ルーチェを見た。
「来てくれてよかった。本当に」
ルーチェは目が熱くなった。
泣かないようにしようと思ったが、無理だった。隣でエドガーが黙って、ルーチェの手を握った。それで余計にだめになった。
住民たちが拍手した。
グレタが「お前たちも頑張った」と続けた。カルロスが「グレタさんもです」と言って、グレタが「当然だ」と言った。笑い声が広場に広がった。
夕方、広場の片付けが始まったころ、エドガーが「少し散歩しないか」と言った。
二人で村を歩いた。
市場の通りを抜けて、学校の横を通って、工房の前を通った。工房の窓からはニコが術式の練習をしている気配があった。ニコは最近、付与術の才能があることがわかって、ルーチェが少しずつ教えている。
村の外れに出ると、あの丘が見えた。
二人で上がった。
丘の頂に立つと、夕暮れの村が一望できた。明かりが灯り始めている。広場の片付けをしている人たちの声が、遠くから聞こえる。子どもたちがまだ走り回っている。
「最初に見たときは、石壁しかなかった」
エドガーが言った。
「そうでしたね」
「まさかこうなるとは思っていなかった」
「私もです」
ルーチェは村を眺めた。
一年前、馬車から降りたとき、ルーチェの目の前には雑草と石壁しかなかった。そこから始まった。課題リストを作って、手を動かして、一つひとつ片付けていったら、今がある。
「これから先も、ここで続けます」
ルーチェが言った。
「わかっている」
エドガーが答えた。
「私もここにいる」
大きな手が、ルーチェの手を握った。指が絡まった。前の世界でも今の世界でも、誰かの手がこんなに温かいと思ったことは、あまりなかった気がする。
「エドガー様」
「エドガーでいい。何度目だ」
「……エドガー」
呼んだら、隣で小さく息を吐く音がした。
ルーチェが横を見ると、エドガーが村のほうを見ていた。でも、口元がわずかに緩んでいた。
初めて見る顔だった。
あの「冷血な辺境の番人」が、本当に嬉しそうに笑う顔。
「……笑うんですね、ちゃんと」
「笑う」
「めったに見せないので」
「お前の前ではなる」
エドガーがまた村を見た。指の力が、少し強くなった。
村の家々に、一つひとつ明かりが灯っている。夕暮れの空の下で、小さな光が並んでいる。一年前は何もなかった場所に、今は確かな光がある。
「ルーチェ」
「はい」
「ありがとう」
エドガーが静かに言った。
「何が、ですか」
「ここに来てくれたこと。村を作ってくれたこと。——私の前に、来てくれたこと」
ルーチェは少し笑った。
「こちらこそ」
「何が」
「ずっと見ていてくれたこと。来てくれたこと。……手を握っていてくれたこと」
エドガーが少し間を置いた。
「これからもそうする」
「はい」
二人で並んで、村の明かりを見ていた。
廃村だった場所に、確かな光が灯っている。
石壁しかなかったあの場所が、今は誰かの家で、誰かの笑い声がして、誰かが眠る場所になっている。
前世でも今世でも、ルーチェはいつも「次に何をすべきか」を考える人間だった。悲しさより先に動いて、感情より先に手を動かしてきた。
でも今夜は、何も考えなくていい気がした。
エドガーの手の温かさだけ、感じていれば十分だった。
完




