表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「婚約を断られた付与術師は、辺境で勝手に国を建てていました ~気づいたら侯爵様が押しかけてきたのですが~」  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/15

第十五話「廃村が村になった日」

一年後。


 ダレン村——地図に、今は正式な名前で載っている。


 人口は五十三人。学校あり、市場あり、付与魔道具の工房あり。村の中央には広場ができ、月に一度の朝市に近隣の村から人が来るようになっている。


 井戸は三本になった。水路は村の隅々まで伸びた。畑は三倍の面積になって、今年は収穫が余るくらいあった。家屋は十四軒に増えて、まだ建設中のものが二軒ある。


 そして村の一番高い丘に、小さな屋敷が一軒。


 ルーチェとエドガーの、屋敷だ。



 一周年の祭りは、晴れた日に行われた。


 広場に長い卓を並べて、全員で食事をした。グレタが朝から鍋を三つ使って料理をして、シルビアが手伝って、子どもたちが邪魔をした。カルロスが祭り用の飾りを作って、ベルトが広場に旗を立てた。ダルクが近隣の町から珍しい食材を仕入れてきた。ニコが、今ではすっかり村の子どもたちの兄貴分になって、飾りつけを仕切っていた。


 食事が終わったとき、グレタが立ち上がった。


 「わしが一言言わせてもらう」


 誰も止めなかった。グレタが一言と言うと大体三言から五言になるが、それでも誰も止めない。それがこの村の流儀だ。


 「一年前、ここは石壁だけだった。人もいなかった。水もなかった。わしだけがいた」


 グレタが少し間を置いた。


 「そこにルーチェが来て、泥だらけで穴を掘って、水を出して、家を直して、畑を作って、人を呼んで——お前のおかげで、この村はこうなった」


 グレタが、ルーチェを見た。


 「来てくれてよかった。本当に」


 ルーチェは目が熱くなった。


 泣かないようにしようと思ったが、無理だった。隣でエドガーが黙って、ルーチェの手を握った。それで余計にだめになった。


 住民たちが拍手した。


 グレタが「お前たちも頑張った」と続けた。カルロスが「グレタさんもです」と言って、グレタが「当然だ」と言った。笑い声が広場に広がった。



 夕方、広場の片付けが始まったころ、エドガーが「少し散歩しないか」と言った。


 二人で村を歩いた。


 市場の通りを抜けて、学校の横を通って、工房の前を通った。工房の窓からはニコが術式の練習をしている気配があった。ニコは最近、付与術の才能があることがわかって、ルーチェが少しずつ教えている。


 村の外れに出ると、あの丘が見えた。


 二人で上がった。


 丘の頂に立つと、夕暮れの村が一望できた。明かりが灯り始めている。広場の片付けをしている人たちの声が、遠くから聞こえる。子どもたちがまだ走り回っている。


 「最初に見たときは、石壁しかなかった」


 エドガーが言った。


 「そうでしたね」


 「まさかこうなるとは思っていなかった」


 「私もです」


 ルーチェは村を眺めた。


 一年前、馬車から降りたとき、ルーチェの目の前には雑草と石壁しかなかった。そこから始まった。課題リストを作って、手を動かして、一つひとつ片付けていったら、今がある。


 「これから先も、ここで続けます」


 ルーチェが言った。


 「わかっている」


 エドガーが答えた。


 「私もここにいる」


 大きな手が、ルーチェの手を握った。指が絡まった。前の世界でも今の世界でも、誰かの手がこんなに温かいと思ったことは、あまりなかった気がする。


 「エドガー様」


 「エドガーでいい。何度目だ」


 「……エドガー」


 呼んだら、隣で小さく息を吐く音がした。


 ルーチェが横を見ると、エドガーが村のほうを見ていた。でも、口元がわずかに緩んでいた。


 初めて見る顔だった。


 あの「冷血な辺境の番人」が、本当に嬉しそうに笑う顔。


 「……笑うんですね、ちゃんと」


 「笑う」


 「めったに見せないので」


 「お前の前ではなる」


 エドガーがまた村を見た。指の力が、少し強くなった。


 村の家々に、一つひとつ明かりが灯っている。夕暮れの空の下で、小さな光が並んでいる。一年前は何もなかった場所に、今は確かな光がある。


 「ルーチェ」


 「はい」


 「ありがとう」


 エドガーが静かに言った。


 「何が、ですか」


 「ここに来てくれたこと。村を作ってくれたこと。——私の前に、来てくれたこと」


 ルーチェは少し笑った。


 「こちらこそ」


 「何が」


 「ずっと見ていてくれたこと。来てくれたこと。……手を握っていてくれたこと」


 エドガーが少し間を置いた。


 「これからもそうする」


 「はい」


 二人で並んで、村の明かりを見ていた。


 廃村だった場所に、確かな光が灯っている。


 石壁しかなかったあの場所が、今は誰かの家で、誰かの笑い声がして、誰かが眠る場所になっている。


 前世でも今世でも、ルーチェはいつも「次に何をすべきか」を考える人間だった。悲しさより先に動いて、感情より先に手を動かしてきた。


 でも今夜は、何も考えなくていい気がした。


 エドガーの手の温かさだけ、感じていれば十分だった。



 完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ