表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「婚約を断られた付与術師は、辺境で勝手に国を建てていました ~気づいたら侯爵様が押しかけてきたのですが~」  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/15

第十三話「侯爵様が、ずっと見ていたと言った」

「一つ、聞いてもいいか」


 夕暮れの村外れ。エドガーがルーチェに声をかけた。


 その声がいつもより少し低くて、ルーチェはなぜか、心臓が跳ねた。


 「どうぞ」


 「少し、歩けるか」


 「はい」


 二人で村の外れを歩いた。


 畑の向こう、石壁が終わる手前に、小さな丘がある。村を少し見渡せる場所で、ルーチェが夕方に一人で考えごとをするときに来ることがある。


 丘の頂に立って、二人で並んで村を眺めた。


 夕暮れの光の中で、家屋の窓が橙色に光っている。炊事の煙が細く上がっている。子どもたちが走っている声が、遠くから聞こえる。


 しばらく黙っていた。


 「お前が、王都にいた頃から知っていた」


 エドガーが、静かに話し始めた。


 「侯爵家では管轄内の術師の情報を集めている。お前の記録は、かなり前からあった」


 「はい、それは以前おっしゃっていましたね」


 「優秀だと書いてあった。術式の精度が高い、対象への馴染みが早い。だが実績が少ないと。なぜ婚約者の傍にだけいるのか、疑問だった」


 「……実績を作る機会が、なかなかなくて」


 「婚約者が外に出さなかったのだろう」


 ルーチェは少し驚いた。そこまで知っているのか、と思ったが、考えてみればエドガーは情報を集める立場にいる。


 「この村に来てから——お前が一人で働いているのを、何度も見に来ていた」


 ルーチェは動かなかった。


 「あの丘の人影は」


 「そうだ。私だ」


 ずっと、見ていた。


 ルーチェが来た翌日から。水路を掘っていたときも、畑を整えていたときも、グレタとスープを食べていたときも——丘の上から、エドガーが見ていた。


 「なぜ……すぐに声をかけなかったのですか」


 「声をかける理由を探していた」


 「理由」


 「管轄内の確認、書類の問題、井戸の依頼——そういう名目がなければ、来る理由にならなかった」


 「来る理由がなくても、見にきていたんですか」


 「……見たかったから」


 エドガーが少し間を置いてから言った。声が、いつもより低い。


 ルーチェは夕暮れの村を見ていた。


 見たかった、という言葉が、耳の中に残っている。


 「お前のことが、好きだ」


 エドガーが言った。


 静かな声だった。感情を抑えているのがわかった。でも抑えきれないものが、その声の底にある。


 「王都で名前を知ったときから、この村に来てからも、お前が何かをやり遂げるたびに——ずっと、好きだった。返事は急かさない。ただ、知っておいてほしかった」


 ルーチェは動けなかった。


 何も言えなかった。


 頭の中が、妙に静かになった。そういう瞬間がある。前世でも、本当に大事なことが起きたとき、頭が静かになる瞬間が。


 目の奥が熱い。


 なぜか、涙が出てきた。


 「な……んで、泣いてるんだろう、私」


 声に出したら、声が震えた。


 「泣くことか」


 エドガーが少し困った声で言った。


 「泣くことじゃないのはわかってるんですが……」


 「無理に止めなくていい」


 「止めようとしてるんですが止まらなくて」


 ルーチェは袖で目を拭いた。前世でも今世でも、あまり人前で泣かない性分だった。でも今は、どうにも止まらなかった。


 「……わたしも」


 声に出した。


 出したら、また声が震えた。


 「……わたしも、エドガー様のことが」


 「エドガーでいい」


 「エドガー、さんのことが……その、ずっとではないですが、最近……」


 うまく言葉が出てこない。ルーチェは前世で総務担当として報告書を書き続けてきたのに、今この瞬間に限って、言葉がまとまらなかった。


 「……続きは、後でいい」


 エドガーが一歩近づいた。


 大きな手が、ルーチェの頭の上にそっと置かれた。撫でるのでも抱くのでもなく、ただ置いた、という感じだった。


 「全部聞く。急がなくていい」


 ルーチェはまた泣いた。


 今度は、さっきより、少し楽になりながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ