第十二話「目が覚めたら侯爵様が手を握っていた」
意識が戻ったとき、最初に感じたのは温かさだった。
手のひらの温かさ。
指の間に、大きな手が絡んでいる。
ルーチェはゆっくりと目を開けた。
天井が見えた。自分の部屋の、見慣れた梁の木目だ。
次に、手を見た。自分の右手が、誰かの両手に包まれている。
視線を辿ると、椅子に座ったエドガーがいた。俯いていて、気づいていない。
ルーチェは少し動いた。
エドガーが顔を上げた。目が合った。
「……目が覚めたか」
エドガーが手を離した。でもゆっくりと離した。
「はい。あの、どのくらい寝ていましたか」
「半日だ」
「半日……」
「日が暮れている」
窓の外が暗かった。夕方から意識を失っていたなら、夜になっているということだ。
「村のみなさんは」
「全員無事だ」
「魔物は」
「全滅した。心配するな」
ルーチェは息をついた。よかった。それだけがわかれば十分だ。
「あなたは」
エドガーが静かに言った。
「あの魔力量で、あの結界を一人で維持するのは、術師として無謀だ」
「でも間に合いました」
「倒れた」
「そのあとエドガー様が来てくださったので」
エドガーが少し黙った。
「なぜもっと早く知らせなかった」
声が低い。怒っているのかと思ったが、少し違う。怒りではなく、心配が先にある声だ。
ルーチェは初めて気づいた。
誰かに、本気で心配されている。
婚約者だったロデリックは、ルーチェの体調を気にしたことがなかった。両親は「あなたがもう少し頑張れば」と言う人たちだった。前世でも、自分の体より仕事が先だった。
「……すみませんでした」
「謝らなくていい。ただ、次は早めに言ってほしい」
「早めに、と言っても、あのときは時間がなかったので」
「それはわかっている」
エドガーが前を向いた。
「わかっているが、それでも言いたかった」
少し間があった。
「……なぜそこまで、気にかけていただけるんですか」
ルーチェは聞いた。
エドガーがルーチェを見た。
「この村が大事だからだ」
「村が——」
「お前が、村を作っているから」
言葉が途切れた。
エドガーが前を向いた。続けなかった。でも続きがあることは、空気でわかった。
ルーチェは何も言えないまま、天井を見た。
胸の奥が、落ち着かなかった。
翌朝、グレタが部屋の掃除をしに来た。
「よく寝たか」
「はい。ありがとうございました。エドガー様が来てくださって」
「あの人、お前が気を失ってから一度も部屋を出なかったよ」
「……一度も?」
「フィリップが夕飯を持ってきたが、廊下で食べてた」
ルーチェは少し黙った。
「あと少しだねえ」
グレタがにこにこしながら窓を拭いた。
「何がですか」
「さあな」
グレタがまた笑いながら、出ていった。
ルーチェには何のことかわからなかったが、胸の奥がまだ、落ち着かないままだった。




