第十一話「魔物の大量発生、村の危機」
魔物というものは、豊かになった土地の魔力に引き寄せられる。
ルーチェがその事実を実感したのは、村の北側の森から、低い地響きが聞こえてきたときだった。
午後の作業中だった。工具箱の前でノートを広げていたルーチェは、最初は風の音かと思った。でも地面が少し揺れた。それから揺れが続いた。
「……ルーチェさん」
シルビアが青い顔で駆けてきた。
「北の森から、何かが来てます。たくさん」
ルーチェは立ち上がった。
北側の森の縁に走ると、木々の間から黒い影が見えた。
中型の魔物だ。単体では脅威ではないが、数が多い。十体、二十体——もっといる。木の間をかき分けて、こちらに向かってくる。
村に入られたら、まずい。
ルーチェは工具箱を持ってきていなかった。使えるのは身につけている術式刻印具と、ポケットに入れている予備の石だけだ。
「全員、村の中央の石造りの家に集まってください。子どもから先。急いで」
走りながら叫んだ。
カルロスが「何があった」と聞きながら子どもたちを集める。ベルトとシルビアが走る。ダルクが老人の手を引く。ニコが一番小さな子どもを抱き上げて走る。グレタが杖をつきながら「走れるわ」と言いながら走る。
前世の避難訓練で、ルーチェが何度もやったことだった。誰を最初に、どの順番で、どこへ——体が覚えていた。
全員を家の中に入れて、ルーチェは村の境界に向かった。
境界石は、先月エドガーに案内してもらった河原の石で作ってある。一つひとつに【結界基盤】の付与が入っている。これを繋いで【防衛結界】を起動すれば、時間は稼げる。
しゃがみ込んで、最初の境界石に手を当てた。
魔力を流し込む。術式が呼応する。隣の石に繋がり、その隣に繋がり——村を囲む境界が、一本の線として動き始める。
息が上がる。
【防衛結界】は消費が大きい。こんな規模で起動したことはなかった。でもやるしかない。
「もう少し……」
歯を食いしばって、魔力を押し込んだ。村の境界を全部繋ぐまで、止めるわけにはいかない。
結界が完成した瞬間、魔物の一体が結界に触れて弾かれた。
よかった。機能している。
でも、膝が折れた。
地面に膝をついて、手をつく。魔力を使い果たした体は鉛のように重い。結界は維持しているが、このまま意識を保てる自信がなかった。
遠くで、馬のひづめの音がした。
複数の、速い、馬の音。
「——ここだ」
エドガーの声だった。
顔を上げると、エドガーが馬から飛び降りてくるところだった。後ろに騎士が十人以上いる。全員武装している。
「結界を維持していてくれ。うちの騎士団が外から対処する」
「はい」
エドガーが一言叫ぶと、騎士たちが展開した。結界の外で、次々と魔物を討伐していく。訓練された動きで、呆れるほどあっという間だった。
ルーチェは結界の維持に集中した。体が動かない代わりに、術式だけは維持する。全員無事でいてくれれば、それでいい。
「全滅した」
フィリップの声が聞こえた。
ルーチェは結界を解いた。石から手を離した瞬間、体が傾いた。
支えが来た。
エドガーの手だった。膝をついて、ルーチェの肩を支えている。
「怪我はないか」
目を見て聞く声が、いつもより低かった。すぐそこにある顔が、近い。
「みんなが無事なら——」
言いかけて、視界が暗くなった。
意識が、落ちていった。




