第十話「侯爵が夕食に残っていった」
「夕食、いただいてもいいか」
エドガーがそう言ったとき、ルーチェは少し迷った。
今夜の夕食はグレタお手製の野菜スープと黒パンだ。侯爵様に出していいものか。でも断るのも申し訳ない。それにグレタのスープは、素朴だがおいしい。
「もちろんです。ただ、今夜は質素なものしかありませんが」
「構わない」
グレタのスープを、エドガーは三杯おかわりした。
グレタが「お前、意外と普通じゃないか」と言った。
エドガーが「よく言われる」と答えた。
それを聞いてルーチェは、誰がいつそれを言うのだろうと思ったが、口には出さなかった。
夕食は村の住民全員で囲んだ。
いつもの食卓にエドガーが加わると、最初は子どもたちがおとなしくなったが、グレタが「侯爵様も飯を食う普通の人間だよ」と言ったら、少しずつ元に戻った。ニコがエドガーの隣に座って、黙って食べた。エドガーもニコのことは特に何も言わず、ただ食べた。
カルロスが「今日の柱、うまく立ちました」と報告した。ベルトとシルビアが畑の様子を話した。ダルクが町の商人から新しい依頼が来たと言った。
エドガーは話すよりも聞く側にいた。でもずっと席にいて、誰の話も遮らなかった。
食後、グレタが「後片付けはわしらがやる」と言ったので、ルーチェとエドガーは外に出た。
村の外れ、少し開けた場所に丸太が二本ある。ルーチェが夜に作業記録を書くときによく座る場所だ。
二人で並んで腰を下ろした。
空は晴れていて、星が多かった。辺境の夜空は王都より暗い分、星がよく見える。
しばらく黙っていた。
「この村、本当に変わった」
エドガーがぼそっと言った。
「ありがとうございます」
「最初に見たときは、石壁しかなかった」
「最初……」
ルーチェはエドガーを見た。
「最初から知っていたんですか、この村を」
エドガーが少し間を置いた。
「領内だから。荒れた土地は把握している」
それだけ言って、前を向いた。星を見ている。
ルーチェもしばらく星を見た。
領内だから把握している——それは確かにそうかもしれない。でも、管理しているだけなら「最初に見たとき」とは言わない気がした。実際に足を運んだことがある人間の言い方に聞こえた。でも、うまく言葉にできなかった。
「エドガー様は、星をよく見るんですか」
「忙しいときはあまり見ない。ここに来ると、見る気になる」
「ここに来ると、というのは」
「この村に来ると、だ」
エドガーが少し言い直した。それから「領内の巡回に来るついでに」と付け加えた。
「最初から」と聞きかけて、ルーチェは止めた。
聞いて、答えが返ってきたとして、どう受け取ればいいのか、今はまだわからない気がした。
「ルーチェ・アルヴィスは、なぜそんなに村に入れ込んでいるのか」
エドガーが聞いた。
「最初は行き場所がなかっただけです。でも今は……ここが好きなんだと思います。この村が変わっていくのを見るのが、好きで。ここで何かをするのが、好きで」
「ここでしかできないことがあると」
「そうです。王都に戻っても、こういう仕事はできませんから」
エドガーが少し「なるほど」という顔をした。
それから、ほんの少しだけ——ルーチェのほうを向いた。
声は出さなかった。でも耳が、夜の空気の中で、かすかに赤くなっていた。
「……領内だから、定期的に来ることになる」
「はい。いつでもどうぞ」
「邪魔ではないか」
「邪魔ではないです」
少し間があった。
「……そうか」
エドガーが前を向いた。それ以上は何も言わなかった。
でも隣に座っている空気が、少しだけ、柔らかくなった気がした。
翌朝、エドガーが馬に乗った。
「また来る」
それだけ言って、走り去った。
フィリップが後ろで目を丸くしていた。「閣下が自ら『また来る』と言われるのを、私は初めて聞きました」とぼそっと言ったが、エドガーには届かなかった。
グレタがルーチェの耳元に近寄った。
「あの男、惚れてるな」
「そんなわけ——」
言いかけて、止まった。
昨夜の、耳が赤かった横顔を思い出した。
「……そんなわけ、ないと思いますが」
グレタが「お前は鈍いな」と言いながら家に入っていった。
ルーチェはしばらく、エドガーが去った方向を見ていた。




