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内見

本命となる屋敷は、別で建てることになった。


王位継承が片付くまで、余計な政治的意味を持たせないため。

そして、正式な居所とするには、時間をかけて条件を整える必要がある。


それまでの間、二人は既存の屋敷で暮らす。


連邦が管理していた、要職者向けの官僚邸。

警備も動線も整えられており、最低限の家具を入れれば、すぐに生活を始められる。


エルフリーデは、その屋敷を――

たとえ「仮」であっても、与えられる場所ではなく、自分で選ぶ場所として見に来ていた。


屋敷街は、終始静かだった。

王城に近い地区特有の張りつめた空気はなく、長く住む者のために保たれた、落ち着いた空気が流れている。


屋敷探しは、一日がかりになる予定だった。


連合が管理する官僚邸は数が多く、立地や規模、用途も似通っている。

どれも「住める」ことは保証されているが、それだけで決められるものでもない。


「今日は、見るだけでいい」


最初にそう言ったのは、ルーカスだった。


「当面の仮住まいだ。慣れてから決めても遅くない」


エルフリーデは、その言葉を受けて頷く。


焦る理由はない。

むしろ、焦らないと決めたからこそ、きちんと見ておく必要があった。



最初の屋敷は、立派すぎた。


門構えは重く、玄関ホールも広い。

調度は揃っているが、足を踏み入れた瞬間から、背筋が伸びるような造りだ。


「……来客向け、ですね…」


声を落として、エルフリーデが言う。


「そうだね」


ルーカスも短く応じる。


「維持費も嵩む。仮住まいには向かない」


二人は、奥まで進まずに引き返した。

評価は、すでに済んでいた。



次の屋敷は、実務向きだった。


書庫は広く、執務室への動線も短い。

だが、窓が少なく、廊下には影が溜まりやすい。


「暗いですね」


「昼でも灯りが要りそうだ」


ルーカスは、室内を見回してから言った。


「君、ここだと疲れる」


決めつけではない。

エルフリーデの動きを見ての判断だった。


彼女は、否定も肯定もせず、静かに首を振る。



三軒目。


条件は悪くない。

だが、どこか「前の住人のまま」という印象が残る。


壁の擦れ。

床に残る傷。

配置を変えられずにいた棚。


「……生活の痕が、濃いですね」


「そうだね」


ルーカスは、ゆっくりと室内を一周する。


「慣れれば問題はない。でも、急ぐ理由もない」


その言葉で、この屋敷も候補から外れた。



何軒か回るうちに、二人の歩調は、自然と揃っていた。


評価は重なるが、結論は急がない。

押すことも、急かすこともない。


「どれも、悪くはないですね」


エルフリーデが言う。


「悪くはない、だけだ」


ルーカスは、淡々と返した。



最後に案内された屋敷は、

通りから一歩入った場所にあった。


派手さはない。

規模も中程度。


だが、門をくぐった瞬間、空気が変わる。


通りの音が、ふっと遠のいた。


「……静かですね」


声を出すと、その静けさが際立つ。


中に入る。


光は、自然に差し込んでいた。

廊下の幅も、部屋の配置も、無理がない。


「動線が、分かりやすいですね」


エルフリーデが言う。


「使用人区画も近い」


「朝の移動も、無理がなさそうです」


言葉を交わすうちに、

気づけば奥まで進んでいた。


ルーカスは、黙って周囲を見ている。

評価はしているが、口には出さない。


エルフリーデは、階段の手前で足を止めた。


「……ここ」


言い切らない声だった。

それでも、その場を離れなかった。


「当面、ここで困ることはなさそうだ」


ルーカスが、静かに言う。


仮住まい。

当面。


必要以上の意味を持たせない言葉だった。


管理官が、控えめに様子を窺う。


「こちらで、手続きを進めますか」


エルフリーデは、一瞬だけルーカスを見る。


彼は、何も言わない。

促しもしない。


ただ、待っている。


「……お願いします」


その一言で、決まった。


派手な合意はなかった。

だが確かに、自分たちで選んだ、という実感が残る。


屋敷を出ると、夕方の光が通りを照らしていた。


石畳に、長い影が伸びる。


「今日は、ここまでですね」


エルフリーデが言う。


「そうだね」


ルーカスは歩き出しながら、言葉を添えた。


「中身は、ゆっくり決めよう」


エルフリーデは、小さく頷く。


急がない。

押されない。

それでも、確かに前へ進んでいる。


その感覚が、胸に静かに残っていた。


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