内見
本命となる屋敷は、別で建てることになった。
王位継承が片付くまで、余計な政治的意味を持たせないため。
そして、正式な居所とするには、時間をかけて条件を整える必要がある。
それまでの間、二人は既存の屋敷で暮らす。
連邦が管理していた、要職者向けの官僚邸。
警備も動線も整えられており、最低限の家具を入れれば、すぐに生活を始められる。
エルフリーデは、その屋敷を――
たとえ「仮」であっても、与えられる場所ではなく、自分で選ぶ場所として見に来ていた。
屋敷街は、終始静かだった。
王城に近い地区特有の張りつめた空気はなく、長く住む者のために保たれた、落ち着いた空気が流れている。
屋敷探しは、一日がかりになる予定だった。
連合が管理する官僚邸は数が多く、立地や規模、用途も似通っている。
どれも「住める」ことは保証されているが、それだけで決められるものでもない。
「今日は、見るだけでいい」
最初にそう言ったのは、ルーカスだった。
「当面の仮住まいだ。慣れてから決めても遅くない」
エルフリーデは、その言葉を受けて頷く。
焦る理由はない。
むしろ、焦らないと決めたからこそ、きちんと見ておく必要があった。
※
最初の屋敷は、立派すぎた。
門構えは重く、玄関ホールも広い。
調度は揃っているが、足を踏み入れた瞬間から、背筋が伸びるような造りだ。
「……来客向け、ですね…」
声を落として、エルフリーデが言う。
「そうだね」
ルーカスも短く応じる。
「維持費も嵩む。仮住まいには向かない」
二人は、奥まで進まずに引き返した。
評価は、すでに済んでいた。
※
次の屋敷は、実務向きだった。
書庫は広く、執務室への動線も短い。
だが、窓が少なく、廊下には影が溜まりやすい。
「暗いですね」
「昼でも灯りが要りそうだ」
ルーカスは、室内を見回してから言った。
「君、ここだと疲れる」
決めつけではない。
エルフリーデの動きを見ての判断だった。
彼女は、否定も肯定もせず、静かに首を振る。
※
三軒目。
条件は悪くない。
だが、どこか「前の住人のまま」という印象が残る。
壁の擦れ。
床に残る傷。
配置を変えられずにいた棚。
「……生活の痕が、濃いですね」
「そうだね」
ルーカスは、ゆっくりと室内を一周する。
「慣れれば問題はない。でも、急ぐ理由もない」
その言葉で、この屋敷も候補から外れた。
※
何軒か回るうちに、二人の歩調は、自然と揃っていた。
評価は重なるが、結論は急がない。
押すことも、急かすこともない。
「どれも、悪くはないですね」
エルフリーデが言う。
「悪くはない、だけだ」
ルーカスは、淡々と返した。
※
最後に案内された屋敷は、
通りから一歩入った場所にあった。
派手さはない。
規模も中程度。
だが、門をくぐった瞬間、空気が変わる。
通りの音が、ふっと遠のいた。
「……静かですね」
声を出すと、その静けさが際立つ。
中に入る。
光は、自然に差し込んでいた。
廊下の幅も、部屋の配置も、無理がない。
「動線が、分かりやすいですね」
エルフリーデが言う。
「使用人区画も近い」
「朝の移動も、無理がなさそうです」
言葉を交わすうちに、
気づけば奥まで進んでいた。
ルーカスは、黙って周囲を見ている。
評価はしているが、口には出さない。
エルフリーデは、階段の手前で足を止めた。
「……ここ」
言い切らない声だった。
それでも、その場を離れなかった。
「当面、ここで困ることはなさそうだ」
ルーカスが、静かに言う。
仮住まい。
当面。
必要以上の意味を持たせない言葉だった。
管理官が、控えめに様子を窺う。
「こちらで、手続きを進めますか」
エルフリーデは、一瞬だけルーカスを見る。
彼は、何も言わない。
促しもしない。
ただ、待っている。
「……お願いします」
その一言で、決まった。
派手な合意はなかった。
だが確かに、自分たちで選んだ、という実感が残る。
屋敷を出ると、夕方の光が通りを照らしていた。
石畳に、長い影が伸びる。
「今日は、ここまでですね」
エルフリーデが言う。
「そうだね」
ルーカスは歩き出しながら、言葉を添えた。
「中身は、ゆっくり決めよう」
エルフリーデは、小さく頷く。
急がない。
押されない。
それでも、確かに前へ進んでいる。
その感覚が、胸に静かに残っていた。




