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新調

屋敷を決めてから、数日が経っていた。


急ぎの手続きと最低限の調整を終え、この日は、久しぶりに予定の入っていない一日だった。


仕事のない日。

視察でも、交渉でもない。


仮住まいとはいえ、空の屋敷のままでは、生活は始まらない。


だから二人は、連合商務調整局から少し離れた王都の職人街を訪れていた。


王都の職人街は、昼でも比較的静かだった。

通りを覆う建物の影が深く、直射日光は石畳の一部にしか落ちていない。


通りに面した工房の奥から、木を削る音が一定のリズムで聞こえてくる。

鋸が引かれる乾いた音。

鉋が滑る低い摩擦音。

それらが重なっても、不思議とうるさくはなかった。


空気には、削りたての木の匂いが混じっている。

乾いた樹皮と、油を含んだ古木の香り。


「この辺りなら、質は保証できる」


ルーカスがそう言って、自然に歩調を緩めた。

人通りの少ない通りを選びながら、視線は工房の看板と扉の造りを確かめている。


「連邦向けの納入実績もある。派手さはないけど、長く使える」


完全に仕事口調だった。

評価基準が、見た目ではなく耐用年数に寄っている。


エルフリーデは、並んで歩きながら周囲を見回す。

軒先に立てかけられた板材。

乾燥中の椅子脚。

削り屑を集めた木箱。


「……家具を見るの、久しぶりです」


少し考えてから出た言葉だった。


「そうなの?」


「王宮のものは、選ぶものじゃなかったので」


言い方は淡々としている。

懐かしむでも、嫌悪するでもない。

ただ事実を述べている声音だった。


ルーカスは、それ以上を聞かなかった。

視線を彼女から外し、一軒の工房の前で足を止める。


「じゃあ今日は」


扉に手をかけながら、少しだけ調子を和らげて言う。


「選ぶ練習だね」



工房の中は、外よりも空気が濃かった。

木の匂いが、はっきりと鼻に残る。


壁際には椅子が並び、奥には机と棚、天井近くには未完成の部材が吊るされている。


どれも実用を重視した造りで、装飾は最低限。

線は直線的で、角は丁寧に落とされていた。


「こちらは官僚邸向けの標準品です」


店主が、布で手を拭きながら説明する。


「耐久性優先でして。十年は持ちます」


「十分だ」


ルーカスは、考える間もなく答えた。


エルフリーデは、並べられた椅子の一つに視線を向ける。

少し迷ってから、手を伸ばした。


「……座っても?」


「もちろんでございます」


一脚、腰掛ける。

背もたれに体重を預け、座面の沈みを確かめる。

床との接地感も、無意識に確認していた。


「……悪くないですね」


「硬すぎない?」


横から、ルーカスが覗き込むように聞く。


「長時間座るなら、このくらいがいいです」


「なるほど」


彼は、同じ椅子に軽く腰を下ろした。

背もたれに寄りかかり、短く姿勢を預ける。


「確かに。書類仕事向きだ」


理由をつけるのが、やけに早い。


店主が、わずかに口元を緩めた。


「こちらで決まりですか?」


「ええ、あとは数量だけ」


エルフリーデが、小さく目を瞬かせる。


「……今の、私の感想で決めたんですか」


「君が使う可能性が高い」


何でもないことのように言う。


「合理的だろ」


その言葉は、少しだけ端的すぎた。



棚や机を見て回る。


指で縁を叩いて、音を確かめる。

引き出しを開け、滑りを確認する。


「これは、少し重いですね」


「でも安定してる」


「移動させにくそうです」


「じゃあ却下」


判断は、迷いなく切り替わる。


エルフリーデは、思わず小さく笑った。


「……決断、迷いませんね」


「迷う場面じゃないから」


さらりと。


「生活に必要なものは、早く決めた方がいい」


完全に、住む前提の言い方だった。

本人は、気づいていない。



奥へ進むと、少し大きめの家具が並んでいた。


寝台。

長椅子。

肘掛け付きの、広いソファ。


店主が一つを指す。


「こちらは、ご夫婦向けでして」


空気が、わずかに変わる。


エルフリーデは何も言わない。

ただ、視線だけが一瞬泳いだ。


ルーカスは、そのまま近づいた。


「……寸法は?」


「標準より広めです」


「屋敷の間取りなら、問題ないな」


声音は、終始変わらない。


エルフリーデが、横から小さく言う。


「……置く、前提なんですね」


「選択肢として、ね」


視線を逸らさず答える。


「使わなくても、困らない」


理屈は通っている。

だが、必要以上に先を見ている。


店主が察したように、軽く咳払いをした。


「では、他にもご覧になりますか?」


「今日はここまでで」


ルーカスが言った。


「必要な分は揃った」



店を出ると、昼の光が一気に視界に入った。

石畳に反射した明るさに、エルフリーデは一瞬目を細める。


歩きながら、ぽつりと言った。


「不思議ですね」


「なにが?」


「まだ住んでもいないのに、もう生活の話をしていました」


ルーカスは、少しだけ考える。


通りの先を見ながら、穏やかに笑った。


「順番の問題だよ。君が選んだ場所なら、後から理由はいくらでもつく」


言い方は軽い。

だが、その前提は揺らがない。


エルフリーデは、静かに息を吐いた。


「……そうかもしれません」


二人の歩幅は、自然と揃っていた。


それが、ただの買い物だったのか。

それとも――

未来を確かめる時間だったのか。


少なくとも、どちらも否定できないまま、

二人は屋敷へ戻っていった。


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