#97 受け継がれた神威の血
精神科病院に搬送されて一週間が経過した。
私は未だに娘のウルルに会えていない。
面会に来た警察官に聞くと、警察官の完備している施設に預けているとの事。しかし、それは同時に親のいない子として引き取られたという事なのだ。
「…私はいつ…娘に会えるんですか。」
その言葉に警察官は何も言わなかった。
同じ事を医者や看護師にも聞いた。
「今抱えている病気を治したらすぐ会えますからね。」
誰しもがそう答えた。
私が抱えている病気が何かは分からない。
しかし、本当に目の前に熊の姿をした旦那が現れたのだ。だが、誰も信じてはくれなかった。「うんうん」と相槌を打ちながら聞いてはくれるが、その笑みの向こう側には、「何言ってるんだこいつ」という馬鹿にした心情が読み取れた。
『可哀想に、旦那に逃げられたんでしょ?』
『違うわよ、不倫して自殺したのよ。お子さん生まれたばかりなのにね。』
コソコソと聞こえる噂話も筒抜けだった。
「レイカさん、お加減いかがですか?」
振り向いた先には、私の担当医が立っていた。
『この女、結構ヤバいんだよな。』
私は何も言わずにその場を立ち去った。
この病院に来てから、聞きたくもない事が聴こえるようになった。
誰しもが私を異常者扱いする。
「…あなた…あなたの言う通りにすれば…もう少し生きやすくなるのかしら。」
『レイカ、落ち着いて聞いて欲しい。君やウルルは、もう普通の人間では無いんだ。』
旦那は、私やウルルの身体に熊の血液や遺伝子を体内に植え付けたと言った。旦那が求めた世界、それは共存だった。獰猛な動物とも共存し、危険の無い世界の実現。その第一歩が人間と熊の共存、人間の体内に熊の血液と遺伝子を植え付けるという結果に至った。
しかし、それは失敗に終わった。
旦那は熊の血液と遺伝子の混合した注射を打ち、ホテルで女性と密会した。遺伝子を植え付けた旦那の精液、それを体内射精した場合どうなるのか。女性には何も告げず、旦那の独断で実施したそうだ。すると、行為後女性は苦しみ始め、吐血して倒れた。後に腹を突き破るように小熊が生まれたというのだ。その小熊はその場を立ち去り、森へ逃げて行ったという。
そして、その血液や遺伝子は、私達にもある。
私の妊娠が分かる前、旦那は寝ている私の血管に注射を打っていたと話した。
つまり、人間と熊の子をお腹に授かったという事だ。熊の血が女性の場合、人間の姿をした熊とのハーフが生まれる。しかし、男性の場合は女性の命と引き換えに、野生の熊が誕生してしまうというのだ。
『ウルルは、受け継がれし神威の子だ。人間の姿でありながら、熊でもあるんだからな。ウルルこそ、私の求めた理想の姿であり、理想の形。人間と動物が共存する未来への第一歩なのだ。』
自身の願望の為に子供まで巻き込む残虐非道な行為。
私にはもう、旦那を思う気持ちは無い。
彼の話を聞いた後、私はウルルだけは守り抜くと改めて誓ったのだ。
「…冗談じゃないわ。なぜ赤子のウルルが世界を征服しないといけないのよ。それに私に熊を産み続けろなんて。」
そんな未来、楽に生きられる訳がない。
私の独り言に周りの目が再び集まる。
────何なのよ。私が何したって言うのよ。
私の精神は既に限界に達していた。
この日、私はこの病院から抜け出す事を決意した。
そして、その日の夜……。




