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ベアーズロック-神々の晩餐-  作者: ゆる


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#96 夫婦の最果て


真っ暗な闇の中を私は走り続けていた。

遠くに見える点の光を追い掛けるも、一向に近付かない。

心の中で何度も叫び続けた。


───あなた…ウルル…どこ…どこなの?


私は躓き、その場に転倒した。

起き上がろうとした瞬間、私の視界はステンドグラスのように彩色の視界に変わっていた。


「…何…何なのよっ!」


払い除ける動作をするも、その視界は変わらない。

すると、数十匹の全身が黒い毛で覆われた生物が私を取り囲んでいた。


「…熊?」


そう、私を取り囲んでいたのは熊だったのだ。

体長は二メートル程あるだろうか。

熊は何故か、私に威嚇を始めた。


「…嫌…助けて…あなたっ!!」


夫を呼ぶ私の叫びと共に、獰猛な熊達は一斉に私に襲い掛かった。

皮膚が引き裂かれる度に血が飛び散るのが分かる。

しかし、私の視界は真っ暗。

何も見えない恐怖の中、熊に喰われ、裂かれ続けた。


────あれ…痛くない…。


荒い呼吸が耳を通り、ハッと目を開ける。

見知らぬ天井を数秒見続けて、視界を左右に振る。

殺風景で何も無い真っ白な部屋。窓から吹き抜ける心地よい風。

上手には床頭台があり、すぐ横にはオーバーテーブルが置いてある。それはまさに病院のような一室だ。


何があったかを思い出そうとするも、何故か頭痛が襲う。

ゆっくりと身体を起こし、首や肩の凝りがじわじわと襲う。

壁に掛けてある時計に目をやると、午前八時二十分を指していた。


「…私…何時に警察署に行ったんだっけ。」

そんな事を考えていると唯一の扉がギィッと音を立てた。

「あっ!良かった!目が覚めたんですね!」

駆け寄って来たのは、見覚えのある警察官だった。

「…あの…私よく覚えてなくて。」

「急に倒れたんですよ。きっと疲れていたんでしょう。お子さんはお預かりしてますから、念の為病院に行きましょう。」


そして、警察署に救急車が到着した。

私は救急車に乗り込み、サイレンと共に病院へと向かった。

警察官に状況を聞いていたのか、私には現状の質問のみされた。

「体調は落ち着いていると…うん、バイタルも問題無いですね。旦那様の事は伺っていますが、お子さん生まれて間も無いのであまり無理は禁物ですよ。本日は念の為、検査入院になると思います。異常無ければ明日にでも退院出来ますからね。」

正直、私の事などどうでも良かった。

今は行方不明の旦那と警察署に置いて来ている娘の事だけが脳を離さない。


病院に到着後、数時間掛けて検査をした。

あちこち回された後に私は四階へと案内された。

不気味な音のエレベーターを降り、橙色の床を歩み始めた。病院独特の臭いが続き、私は点滴室へと案内された。


時刻は、午後十三時三十分。

一滴一滴と落ちる点滴を眺めてはや三十分が経過した。

個室の為、私が動かなければ物音一つたたない。

更に三十分経過した頃、看護師によって点滴は外された。

夕食は十八時、それまで何も無い。

退屈な時間は、より旦那と娘の事を思い出させた。


気が付くと、時刻は十八時十五分を指していた。

ベッド下に置かれているオーバーテーブルには、夕食が置いてあった。

私はオーバーテーブルを引き寄せ、一つずつ容器の蓋を外した。


食事を口に運ぶも、薄味のスープに味気の無いチキンやサラダ、無味無臭のブランパン。

正直美味しいとは言えない。だが私は、身体の為に栄養を確保する。


────私が倒れたら、ウルルはどうするの。しっかりするのよ、明日には退院するんだから。待っててねウルル。


食事を終え、陽が沈むのを窓から眺めた後、私は不貞寝をするように布団を被った。



ガサガサッ



深夜の事だった。



ガサガサッガサガサッ


「誰っ!!」

私は声を上げたと同時にナースコールボタンを押した。


「…どうされましたか?」

ナースコール越しでも、面倒と感じているのが分かった。

「すみませんっ!部屋の中に誰かいますっ!」

「え!?分かりましたっ!!直ぐに向かいます!」

私は掛布団に隠れるように蠢く影を見ていた。

すると扉の向こうからタッタッタッタッとこの部屋に走る足音が聴こえた。そして、扉は勢いよく開かれ、そこには看護師さんと警備員が懐中電灯を持って立っていた。


「大丈夫ですか!?」

部屋の電気が付けられた。

すると蠢く影の正体がそこにはあった。

大きな体に黒い毛皮、そして鋭い牙と爪。

しかし、振り向いたその顔容は、異なるものであった。


「あ……あ……」

私はその場から動けなくなってしまった。

その顔容に声さえも失った。

「……あ…あなた…」

見た目は明らかに熊だ。

しかし、その顔容は旦那そのものだったのだ。


『…レイカ、私の声が聞こえるか。』


私に語り掛けたその声は、旦那の声とは掛け離れた重低音。

レイカ、確かにそれは私の名だ。


『…レイカ、こんな醜い姿を見せてしまってすまない。本来であればこのような事にはならなかった。私が情けないばかりに…どうやら私は嵌められたらしい。辛うじて自我は保てているが、それも長くは続かないだろう。レイカ、今から私の言う通りにして欲しい。』


聞き覚えの無い声。

だが、話し方は明らかに旦那であった。


「…何なの…いきなり現れたと思ったら頼み事?私がどれだけ心配したと思って。それに、女の人とホテルで密会してたらしいじゃない。ねぇ、どういう事なの?説明してよっ!」


私の荒れた口調に看護師さんが近付いた。

「レイカさんっ!大丈夫ですよ!何か怖い夢でも見たんですよね?」

背中を擦りながら、看護師さんは訳分からない事を口にした。

「…夢?何を言っているんですか?そこに、そこに熊が!旦那が!!」

私の指した方向を見て看護師さんは困惑した表情を見せた。それは扉の近くに立っている警備員も同様であった。

「…見えていないの?」


『レイカ、私はもうこの世には存在していない。彼女達が見えていないのはそのせいだろう。いいかい?これから私は別の姿に変わり、とある所へ旅立つ。君に頼みたい事は…』


彼が持ち掛けた話。それは到底理解できかねる内容であった。


『…レイカ…頼んだよ…。』


それだけ告げ、熊の姿の旦那は消えた。


私は泣き崩れた。

「…私の事…何だと思ってるのよ」


すると、看護師さんが呼んだのか、いつの間にか部屋には医師も来ていた。


翌日、私は退院するどころか、精神科の病院へと搬送された。


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