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ベアーズロック-神々の晩餐-  作者: ゆる


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#95 【はじまりの記憶編】ウルル


一九〇〇年 卯月


ある日のアリスランド。

病院で赤子が産声を上げた。

その日産まれた赤子の肌は、雪のように真っ白でなめらかな肌触りだった。

産毛が金髪なのは母親譲りだろうか。

この日の夜は珍しく、粉雪が街を包み込んだ。


「よく眠っているね」


「えぇ。先生も言っていたわ、赤子にしては物凄く静かな子だって。」


このセントラル病院の医師は、世界でも有名な医師達が集まっている。このご時世、何かと病院が無いと不便だ。妊娠や出産もだが、体調不良などあれば最寄りにかかりつけが無いと厳しい世の中になってしまった。その為、金銭面でも相当な費用が掛かってしまう。


「あなたごめんなさい。病院代高かったでしょ?」


「君が気にする事じゃないさ。無事に子供が産まれるまでサポートするのも、親の務めだからね…おっと、着信が入った。」


旦那は席を外し、病室の外へと出て行った。

その時、首から下げている青い宝石のネックレスが病室の壁に反射した。

そのネックレスは、私が誕生日に旦那に渡したものだ。旦那はそれを未だに付けてくれている。


そんな私の旦那は、研究所の所長をしている。

何の研究をしているのかは分からないが、私にも分かる言語で言うならば、生き物の生態関係とでも言うのだろうか。

そのお陰もあって、私は裕福な生活をさせてもらっている。


『何だって!?どういう事だ!!』


病室の外にいる旦那の声が私の元まで響く。

傍から見れば驚いてしまうだろうが、私はもう慣れている。旦那が怒りを露わにして職場に行くのは、日常茶飯事なのだ。

しばらくすると、険しい表情の旦那が病室へと戻って来た。


「…どうしたの?」


この後の流れは既に分かりきっている。しかし、私は夫婦のコミュニケーションとして問い掛ける。こんな時でも妻としての務めを最低限果たさなくてはならない。


「…あぁ、ちょっとしたトラブルだ。君が気にする事じゃないよ。出産後で申し訳ないが、行かなくてはならない。」


君が気にする事じゃないよ。

旦那の口癖だ。

私はこの口癖が地味に一番ストレスだ。


「気にしないで行ってきてください。私はもう大丈夫ですから。」


「すまない。」


そう言って旦那は病室から走り去って行った。

今までは怒りや寂しさで押しつぶされそうな時もあった。

でも今は、もう一人じゃない。


私は宝石箱に包まれた宝石のような赤子を横たわった状態で眺めた。


「なんて愛おしいの。あなたの事だけは、死んでも守るからね。」


ーーしかし、この日を境に、旦那との連絡が途絶えた。


病院からも知人からも連絡を試みたが、繋がる事は無かった。

携帯は通じるという観点から何処かに携帯はあると考え、私の承諾の元捜索願いが提出された。


だが、携帯も旦那も見つかる事は無かったのだ。


しかし、翌日の事であった。

旦那の研究所から妙な手掛かりを発見したという連絡が入ったのだ。

研究所の一部が荒らされており、何かのケースが落ちていたのだ。


私はこの時、前日旦那が怒って研究所に戻った事を話した。


『えぇ、それは認証カードの履歴で確認出来ました。ケースの中身を持ち出したのもご主人でしょう。まあ中身も何が入っていたかは分からないので、これから監視カメラの映像確認をするのですが…』


「…どうしましたか?」


電話越しに旦那の部下の声が詰まる。


『いえ…こんな事言うのもおかしな話なんですが…旦那さんに電話を掛けた人物が分からないんです…』


「…どういう事ですか?」


一オクターブ下げた口調に電話越しの部下は何かを察したのか、「いえいえ!すみません!大丈夫です!」と謝罪で宥めてきた。


『研究所に来た事は間違いないんです。ただ、その後の行方が分からないという事で…ここからは警察に託すしか無い状況です。』


私は「そうですか」と切り返し、電話を切った。

大きな溜息を吐き、無言でいると良からぬ想像を膨らませてしまう。

入院中の私に出来ることなど到底無い。

唯一出来るのは、我が子を守る事だけだ。


その後、睡眠不足やストレスが相まって、私は体調を崩してしまった。


・・・そして、二週間が経過した。


私は無事赤ん坊と共に退院した。

まず抱き抱えながら向かったのは家では無い。

警察署だ。


「退院したばかりなのに申し訳ない。連絡くださればお迎えに上がったのに。」


「流石に病院からパトカーに乗るのは…」


警察官の配慮の言葉に私は苦笑いで返した。

すると、警察官は笑ってその場を流してくれた。

そして、一瞬で空気が変わった。

それもそのはず、その話をする為に此処へ呼ばれたのだから。


「旦那様の件ですが、分かったことが幾つかあります。非常にショックな内容も含むと思いますので、出産後ですしお伝えするか悩んだのですが…」


「大丈夫です。もう何があっても良いように覚悟は決めきていますので。」


躊躇っていた警察官も私の言葉で覚悟を決めたように話を再開した。


「…ではお伝えします。まず奥様と別れてから旦那様は研究所に行かれたというお話でしたね。監視カメラの映像と現場の指紋からして、それは間違いないと思われます。」


一度安堵の息を吐くも、それも束の間。

恐らく問題はこの後なのだと話の流れで察した。


「旦那様が研究所に入られたのが夜の二十一時。研究所を出られたのが二十一時四十分。その後、旦那様は街へ足を運び、一人の女性と合流しました。この時の街の防犯カメラの時刻は二十一時五十二分。そして、二人はホテル街へと消えて行きました。」


「…そうですか。」

私は全く驚かなかった。

内心思い当たる節が幾つかあったからだ。


警察官の気を配る様子を横目に、私は「大丈夫です」と一言返した。


「…そして、翌朝五時過ぎにホテルから旦那様だけが出て来ました。ホテル前に停めてあった車に乗り込み、旦那様は姿を消しました。現在車の追跡をしていますが、問題なのは旦那様が出たホテルの部屋です。」


私は息を飲んだ。

不倫相手の女性だけ出て来ない理由。

人目を避けて時間をずらしたのだろうか。

そうであれば、入る時もずらすのではないだろうか。

理由は別にある、そう感じた。


「その部屋でその女性は殺害されていました。旦那様は容疑者として追跡されています。ですが…」


警察官は不可解な事を口にした。


その女性は、”野生動物に殺害された” と言うのだ。


「…すみません、言っている意味が。」


「そうですよね。実は我々も理解の出来ない事態に困惑しておりまして…」


その女性の腹部には大きな歯型があり、内蔵を食い荒らされた様子だったとの事だ。そして、ベッドに付着していた大きな血の足跡。

私は旦那がホテルや部屋に入退室する瞬間の映像を見せられた。そこにいたのは間違いなく旦那だ。監視カメラの映像では、他にその部屋に入った人物はいなかった。


「…動物を連れ込んだなんて事は無いでしょうし。」

「可能性があるとすれば、野生動物に殺されたように見せた。つまり、、、」



警察官の口から出た言葉。

そう、快楽殺人の疑いだった。



私は、じわじわと涙がこみ上げてきた。

そして、胃痛が襲い、吐き気を催した。


寄り添う警察官の親切さえも余計なお世話と思う程に、私の心の余裕は無くなっていた。


『奥さんっ!?奥さんっ!!奥さ…んーーーーー。』


────ウルル…あれ…視界が…。


私を呼ぶ警察官の声は段々と遠くなり、同時に視界が真っ暗に染まっていった。

私は抱き抱えていた子の名をただただ心の中で叫び続けた。


─────ウルル。



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