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二人の泣き顔なんて見たいわけないだろ

オニツカは死んだ。

いや、正確には死んではいない。フリーズの肉体の一部となった。

彼をどう取り出せばいのかわからない。

そうセシルに伝えた。彼は張り詰めた顔をして何も答えなかった。


どうすれば良かったのだろうか。

自分はオニツカの力を借りるべきでは無かったのだろう……。

半壊した建物のバルコニーで雪の止んだルパートの街を眺めているとジーナがこちらに歩いてきていた。

化け物がいないかチェックし終えたのだろう。


「寒くないの」


「体温も増幅で高められることに気付いた」


「そう」


街は静かだった。女神が死に御石も無くなり雪も止んだが、それが何を意味しているのかわからない者が殆どだろう。

誰もが女神の不興を買わないようにじっとしているのだ。


「……ニコとライチのこと聞いた。なんか大変だったな」


「すごく大変だったわよ」


細い腕に巻かれた包帯が痛々しい。フリーズが血を増やしたがそれでも顔色は青いままだった。


「いなくて悪かったな」


ジーナは返事をしないで街を見つめ、それから下を向いて降り積もった雪を軽く蹴飛ばした。


「オニツカ、は……」


ジーナの言葉が詰まった。

彼女の目から涙が溢れている……それに気付いたフリーズは驚いて二の句が告げなくなる。


「何驚いてるの。私だって泣くわよ」


「そうだろうけど……」


「泣くと思わなかった?」


フリーズは頷く。彼女はさらに顔を歪めた。


「泣くに決まってるじゃない。

私ずっとオニツカと一緒にいたのよ。あなたがこんな世界に来る前から、セシルとオニツカと私は一緒に行動してたの。

好きじゃなかった。陰険で捻くれ者で面倒くさい。

でも一緒にいた」


フリーズの指がジーナの涙を拭う。ジーナの頬は熱い。

彼女は手を緩く掴んだ。


「……ごめんね。オレが、生きて」


見たことのないジーナの泣き顔につい謝っていた。涙に濡れた瞳が見開かれる。


「なんでそんなこと言うのよ」


「だって。

……オレが生きてて良かったのかなって」


彼女の腕が伸びた。叩かれるかと思ったが、腕はフリーズの背中に回っていた。

ジーナはフリーズを抱きしめている。彼女にそんなことされたのは初めてだった。


「あなたが生きてて良かった。あなたまで死んでなくて良かった」


「ジーナ……」


「もう無茶しないでよ。

自分のこと、オニツカの分まで大切にして」


「うん」


ジーナの背中に手を回す。

彼女の暖かさを感じフリーズは息を吐いた。


「あなたのことも好きじゃない。乱暴でガサツでその場凌ぎで生きてる。

でもずっと一緒にいるんだから、死んでほしくなんかない」


「オレもお前のこと好きじゃないよ。神経質ですぐキレて物に当たる。

でもこの世界で会えて良かった」


背中を摩ると彼女は「なんであなたが私を慰めるのよ」と怒り出した。

本当にすぐ怒る。フリーズは苦笑した。


「どうしたいんだよ!」


「辛いのはあなたでしょう」


「でもお前って慰めるの下手そーだよな。

っていうか下手。わかるわ」


自覚はあったのかジーナは苦虫を噛み潰したような顔でフリーズを見ている。


「お前に慰められるほどじゃないさ」


眉を寄せ笑う。ジーナは何も言わなかった。


*


煙が見えてフリーズは建物の裏手に回る。

セシルが崩れかけの壁に背を預けタバコを吸っていた。


「タバコ吸ってるところ初めて見た」


「向こうじゃよく吸ってたよ。けどこれはタバコじゃないだろ」


麻薬だしとフリーズはセシルからタバコを拝借しながら頷く。


「あ、お前……」


「いいじゃんこれくらい」


「ひとこと言えばいいだろ」


そう呟く彼の目は赤い。

一人で泣いていたんだろう。ジーナの涙を思い出しながらマッチに火を付ける。


「……好きな奴に裏切られたことは多々あったけど、まさかいなくなるとはなー」


フリーズの言葉にセシルは悲しそうな顔をする。


「だから言っただろ。クズには気を付けろって」


「え、あ……言ってた。もしかしてオニツカのこと言ってた?」


「それ以外誰がいる」


自分の顔が熱くなるのを感じる。セシルに自分の気持ちがバレていたとは。


「なんだその反応は……。言っておくけどな、お前の気持ちは全員気付いてた」


「ライチも!?」


「ライチは一生気付かないと思う……」


鈍感だしなあ。そうだよなあ。……とは言え他の連中にまで気付かれていたとは。

穴があったら入りたい。彼女は恥を消すように頭を掻く。


「……オニツカも知ってたよ」


「え!?」


どういうことだ!? フリーズは混乱する。


「なんで、え、でも」


オニツカは好きなものに依存してしまうと言って彼女に命を押し付けた。

なら彼は、フリーズの気持ちすら知っていながら何のアクションも起こさなかったのか。


「恋人作らない主義だったの……?」


「酔っ払ったアイツに聞いたことがあるんだけど」


セシルは灰を雪の上に落としながら言う。


「束縛して嫌なんだとか言ってたよ。浮気されないか不安で恋人の携帯を勝手に見たり行動範囲狭めたりとかするらしい。

で、そのせいで恋人に別れを切り出される……。どうしようもないよなあ。

ま、お前とはそうなりたくなかったってことだ」


「……言ってくれりゃ良かったのに」


「本当に、そう思うよ。自分から幸せ遠ざけてどうすんだ……」


一瞬セシルの声が震えた気がした。思わず彼を見上げるとタバコの煙を吹きかけてきた。


「わ!何すんだよ」


「別に?

……なあ、これからどうする」


真面目な瞳だった。フリーズは視線を避けるように指先をじっと見つめ答える。


「……祝福はなんでもある」


「今度はオニツカの肉体を取り戻す方法を探す、か」


「そう」


「けど……女神だったものはお前が殺したんだろ? 祝福だとか刑だとか、そういうのもいずれ無くなるんじゃないのか」


「それなんだけどさ……。オレは女神の力を奪い取って殺したんだよ」


膨れ上がった利息分を存在そのもので女神は支払った。そしてそれをフリーズは間違いなく受け取った。


「……お前が女神サマってこと?」


「そう。オレ様女神様」


「ほー。じゃあこの世界を変える力があるってことか?」


「……だから雪が止んだ」


セシルは天を見上げる。

女神の力とやらはフリーズの思い描く世界を作るのだろう。

謎の女は「次の世界に姿を変える」と言っていた。それはフリーズが新たな女神として作る世界のことだ。


「でもオレができるのは世界の時間の流れを、オレのいた世界と同じにすることくらいだ。

……元々ただの人間なんだ。こんな風に時間をいじれる方がおかしいよな」


ネズミに携帯を与えたところで、ボタンを押すことはできても誰かに電話をかけることはできないだろう。

それと同じだ。

自分には大きすぎる理解のできない力。これを操ることは至難の業だ。


「これ以上は何もできない。

オニツカを戻すこともできないし、祝福や刑を消すこともできない」


「だから探すのか。

なら」


セシルの言葉の続きがわかる。みんなでオニツカを戻す方法を探そうと言うのだろう。

そう言われる前に首を振る。


「セシルには頼みがあるんだ」


「……なんだ?」


「オレとオニツカの戻ってくる場所用意してて。多分これから世界は大変なことになると思う。

でも帰る場所があったら希望になるから」


セシルはタバコの先を見つめている。

彼の瞳はゆらゆらと揺れていた。

しばらく無言でタバコを吸っていたが彼はやっと、絞り出すように言葉を吐き出した。


「ロペの街で待ってる。ずっと」


「わかった。今度こそ戻って来るから」


彼女の返事にセシルは目を閉じた。耐え難い痛みに襲われたかのように眉を寄せている。

そして目を開ける。エメラルドグリーンの瞳は濡れていた。


「煙が目に染みたか?」


茶化して聞くと彼は苦笑いを浮かべる。


「そんなところだ」


彼の顔をオニツカにも見せてやりたいと思う。

セシルだけじゃない、ジーナの泣き顔も。

きっとオニツカは驚くだろう。でも自分が死んだことで、二人がどれだけ傷ついたか知ってほしかった。

二人からどんなに大事に思われていたか分かってほしかった。

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