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変わる世界

体を揺さぶられエルシーは目を覚ました。

頭がぼんやりする。何があって地面に寝転がっていたんだったか……。


「起きたか」


赤い瞳が彼女を見下ろしている。マックィーンはつまらなさそうな顔で彼女を持ち上げた。


「……私、なにしてたんだ……?」


自分の額を抑え首を振る。随分長いこと寝ていたような気もするが……。


「知らない」


そう言って彼は歩き出す。

灰色に汚れた鐘楼が見える……そうだ。ヴィヴィアンとあそこにいて、突然壁に埋まっている岩が溶け始めたから慌てて逃げたんだ。


「ヴィヴィアン様は」


「そこ。アイツは置いていく」


マックィーンは地面を指さした。ヴィヴィアンはそこにごろんと横になり眉間に皺を寄せ眠っていた。

いや、あれは多分痛みで気絶している……。


「なんで置いていくんですか」


「色々と面倒だからな」


迷惑そうな顔をする彼に冷たいの手のひらをべちっと当てた。


「待ってくださいよ、彼女を回収しないと」


「何やってる。エルシーが見つかったなら帰るよ……」


声がして、はるか下の地面を見下ろすと見覚えのない白い髪の少女がこちらを見上げている。

その姿にピンと来ないがマックィーンの上着を着ているところや、彼の尻尾が大きく揺れ始めたのを見るともしやと思う。


「ケイト様……?」


彼女を包む炎は消え少女の姿を見せる。白い肌はマックィーンの大きすぎる上着に覆われていたがそれでも異様なほど青白いのが見てわかる。

ケイトの燃えていない姿を見るのは初めてだった。コムは知っているらしいが「ちょっと怖い」と言っていた。

ぬらりとした肌に細すぎる体。何より人のものとは思えない金色のギラリと光る瞳はエルシーを落ち着かない気分にさせた。


「色々あって刑が消えたんだ。

後で話すよ」


だから帰ろう、と言うケイトとその声に従い歩き出すマックィーン。また彼女は手のひらを顔に押し付けた。


「待ってくださいって。とりあえずヴィヴィアン様を回収しましょう」


彼女は自分の祝福をかけた化け物を各地に隠しているのだ。このまま放っておいて、もしヴィヴィアンの身に何かあったらそれを放ってしまうかもしれない。


「車で来たんだ……そう何人も乗せられない」


「なら私は一人で帰ります。彼女怪我してるから乗せてあげてください」


エルシーの訴えに少女は面倒そうにマックィーンを見上げた。彼もどこか呆れた顔をしている。


「おかしいですね。祝福は解かれてないようですよ」


「あんなに一途なのに……可哀想になってくるよ。

耳だけじゃなくて目でも潰させてやるか」


「そもそもヴィヴィアンが何かしでかす前に想いを伝えていればこうならなかったのでは?」


何やら二人で話し込んでいる隙にエルシーはずるずるとマックィーンの腕から降りる。

ヴィヴィアンの元へ駆け寄り頬を二、三度強めに叩いた。


「起きろ!!!」


彼女のドロドロとした青い目が見開かれる。驚いた顔のままヴィヴィアンはエルシーの横っ面を叩いた。


「いた……」


「あ、ごめんね。びっくりしちゃった……。

それで何?」


「気絶してたから起こしたんだよ!」


「ああ、そりゃどうも」


ドドメ色の顔色のままヴィヴィアンは立ち上がる。そしてマックィーンを見上げ思い切り顔を顰めた後、横にいる少女を見てさらに眉間の皺を濃くする。


「……嫌な予感がする」


「どんな予感かな……自分が吊るされる予感?」


「はあ。なんで焼死体のくせに火が消えてるのかしら。これじゃただの死体だね」


「なるほど。そんなに自分の目玉を抉られたいとは思わなかったな……」


随分攻撃的な会話が繰り出されているがマックィーンは気にする風でもなく尻尾を揺らしている。

普段からこうなのだろうか。聞いてるだけでエルシーの身体中にヒビが入ってきそうだ。


「私たちは車で帰るが……一人で帰れるな……」


「そりゃあ一緒に行動するくらいならそうしますよ。あなた方といると反吐が出そうになる」


「……やっぱり一緒に帰ろうか。マックィーン」


赤い腕が彼女の肩を掴む。ヴィヴィアンは身を捩って抵抗するが意味をなさない。やがて疲れたのかぐったりしたまま彼に引きずられていた。


「車はどこに?」


「街の入り口の宿に……。盗まれてないといいが」


「あなたの車を盗む人なんていないでしょう」


「雪の中移動するのにあれは便利だろう……盗みたくなる輩も出て来るさ」


エルシーは空を見上げる。

白い粉はもう降っていなかった。


「……あれ? どうして粉が降っていないんですか?」


「さあ……。

悲鳴がして、耳鳴りがして、御石が溶けた。そうしたら雪も止んだ」


何が起こっているのだろう。

エルシーは少し不安になりケイトの側に寄る。


「早く戻らないと。

コムはどこに?」


「君の宿にいるはず。君がいなくなったから探してたんだ」


ヴィヴィアンはエルシーに「ジーナに悪夢の説明してよ」とだけ言うといきなり関節の隙間にハサミを差し込んでテンションゴムを切ったのだ。おかげで誰にも何も説明できなかった。

彼女を睨むが悪びれた様子もなく「その方が早いでしょ」と言う。


「……エルシー? どういうことだ……。ヴィヴィアンに攫われていた?」


「そうですよ!」


「攫うって。ただ一緒に来てもらっただけ」


「マックィーン、一回ソレを地面に叩きつけろ」


「はい」


「わあ! 待ってください!! 私は平気ですから!!」


躊躇なくヴィヴィアンの体を振り上げたマックィーンに体当たりする。彼はびくともしなかったが手を止めた。


「目の前で人を殺さないでくれ……。

それよりジーナたちは? 結局どうなった?」


持ち上げられたままのヴィヴィアンは眉間に皺を寄せる。


「……馬鹿なことをした。何も言わない方が良かった」


「え?」


「後でコムにも言うけど……」


ケイトがマックィーンにヴィヴィアンを下ろすように命じながらこちらを見る。


「とても一言で説明できる状況じゃないんだ。ただ、そう……ジーナはあの嘘つきの暴走を止めようとして、腕を怪我した」


エルシーは少なからずショックを受ける。

彼女のため、とはいかなくとも、あれは良かれと思って伝えたことだったのに。


「でもおかげでライチが目を覚ました。それは良かったことなんじゃないかな……」


血溜まりに横たわるライチの姿が脳裏に浮かぶ。彼女は悪夢の中で救いを求めていた。

救いを求めながら、二人の人物を殺しニコと同じ紋様を描いていた。


「そういえばマックィーン。お前、ライチのこともレオのことも知ってたのに黙ってたな」


ケイトが低い声を出す。

マックィーンはバツが悪そうに視線を逸らしヴィヴィアンを持つ手に力を込めた。彼女からか細い悲鳴が上がるが誰も気にしない。


「なんで黙ってた」


「聞かれなかったので……」


「聞かれなかったから重大な情報を知らせない……? そんな馬鹿な話があるか。

お前は勝手ばかりするのに大事なことは言わないのか。

私は、使えない悪い子はいらないって言ったはずだよ」


すみません……とマックィーンは消え入りそうな声で謝る。というか、半分ほどはヴィヴィアンの「痛い痛い」という呻き声で消えていた。

先ほどまで嬉しそうに跳ねていた尻尾までシュンと下がっている。


「ライチのことって。

マックィーンさん、ライチがニコの信者だったこと知ってたんですか?」


「それは知らない」


「なら何を」


彼は口を曲げ眉を寄せた。


「アイツの祝福が蘇生で、親友を蘇らせるのに失敗してこの世界に来て、100年以上この世界にいて、祝福を成功させたことがなくて、遺骨を掘り起こしたせいでレオに恨まれて、親友が潰れる音の幻聴に悩まされて、やることなすこと裏目に出るってこと」


彼女は唖然とした。めちゃくちゃ色々知っているじゃないか。


「蘇り〜? 馬鹿馬鹿しい。なんでみんな蘇らせようとするのかしら……。

こんな世界で生きててほしいだなんてよく思うよ」


ヴィヴィアンは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。けれどそれはまた悲鳴に変わった。マックィーンがさらに赤い腕に力を込めている。


「なぜ? 世界を変えれば良いだろう。私もできることなら蘇らせたい人たちはいる……」


ケイトは毛先をクルクルといじりながら言う。それにまたヴィヴィアンが馬鹿にしたような目を向ける。

懲りない人だ。


「世の中そんなに甘くないですよ。あなたは子供だから分からないでしょうけど」


「君に力が無いだけだ。

私ならできるよ」


力強い視線で彼女は前を見据える。そんなケイトをマックィーンは眩しそうに見つめていた。


「蘇生……」


それはエルシーが成し遂げることの叶わなかった夢だ。

ライチはエルシーの夢である蘇生の力があった。……けれど彼女はその力で幸せになれなかった。

エルシーのつぶやきが聞こえたようでマックィーンの視線がこちらに向く。


「私は救われた。でもライチはどうかな」


マックィーンの言葉はまるでライチが救えないと言っているかのようだった。

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