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いつか返すその日まで

フラつく体。頭は働かない。

涙が勝手に溢れる。フリーズはその場にしゃがみこんだ。

オニツカのことを思うと胸が引き裂かれるような痛みに襲われた。


「……なんで置いて行くんだよ」


嗚咽が止まらず彼女は体を震わせた。

こんなに悲しませるなんて好きだと言ってくれた言葉は嘘なんじゃないだろうか。

オニツカの声が聞きたい。

初めて会った時からずっと彼のことが好きだった。

穏やかそうに見えて負けず嫌いなところも、人と距離を取るのに寂しがるところも、ひねくれているのに時々すごく子供のように純粋になるところも、どうしようもないところがどうしようもなく好きだ。

もっと早くに彼に気持ちを打ち明けていれば何か変わったんだろうか。

こんな世界でもオニツカがいるなら少しはマシだと思たのに彼はフリーズの肉体となりいなくなってしまった。


うずくまりしばらく涙の流れるままにしていると突然経験したことのないひどい耳鳴りがした。それから悲鳴。

なんだ。

彼女は顔を上げた。

サージの街の鐘楼から煙が出ている。誰か中にいるようだ。

火事だろうか……。だが火の匂いはして来ない。周りの人に話を聞こうとしたが様子を伺うだけで入ろうとはしていなかった。

彼女は野次馬を押し退け中に入る。


「誰かいんの」


返事はない。彼女は煙の発生源を辿るように鐘楼の階段を降りた。

……何やってるんだろう。フリーズは一段一段踏みしめながら思う。

こんな街の奴ら助ける必要あるか? 馬鹿馬鹿しい。助けたところで盾にされるんだ。

そう思うのに足は止まらない。誰かに腕を引かれているかのようだった。

階段の先の小さな部屋。ここから煙が出ているらしい。

中に入ると巨大な灰色の岩が溶けていた。


「ウワ!」


好奇心は猫をも殺しだ、人助けなんか考えたからだ。やっぱりロクなことない。

早く逃げないと。

彼女はさっさと階段を上がろうとする。その背中に声がかかった。


「待て」


誰かいるのか。いや違う。この声は、忌々しい……。


「……女神サマ……?」


「そうだ……。支配者の気配を感じてここまで来たのに力を奪われた。

お前の力はなんだ」


どこにいるのだろうと周りを見渡すが、よく考えれば女神が姿を見せたことはなかった。

フリーズは煙で充満した部屋を眺めつつ「増幅の力と、貸し借りの力かな」と答える。


「ちょうどいい、捩じ切られたくなければ増幅の力を私に貸すんだ」


「女神様に力って貸せるんですか?」


「当然だ。私もお前たちの祝福の影響を受けられる。だからお前たちに祝福を与えたんだろうが……。

早くしろ、支配者のせいで、力が……」


フリーズははいはいと頷いた。とはいえどうやって渡せば良いのやら。


「あー……。女神様の体あると渡しやすいんですけど」


「私の体はこの岩だ」


そうだったのか。フリーズはへえと声を出す。

鐘楼の中にこんなものがあるなんて知りもしなかった。

彼女は熱い岩に手を当てる。


「じゃあ、トイチってことで。ちゃんと返してくださいね」


「なんでもいいから早くしろ」


またはいはいと頷いた。

……オニツカの祝福。それを使うと不思議と体が熱くなった。


女の不気味な笑い声が小さな部屋に響く。


「私の、侵略者としての力を使えば……すぐに元の力に戻る……!

ハハ、見てろよ。すぐにこの世界を支配してやる……!!」


溶けていた灰色の岩は、ドンドンと透けていき七色に光始める。

岩から高笑いが聞こえるのはなんとも不気味だ。


「もっと増幅できないのか……? 時間が無い、いや、この場の時間を進めれば」


フリーズは自分の髪を見る。うねる髪がよりうねり伸び始めていた。

相当時間を進めているらしい。彼女は苦笑しつつ岩を叩く。


「女神様ってトイチの意味知らないの?」


「は?」


「十日で一割の利息ってこと。

時間進めたらその分利息が増えるよ?」


「待て、何を言っている」


「いま何日進めた?」


女神は答えない。

やっちゃったね、とフリーズは笑いながら岩に手を当てる。


「たとえば百万貸したら十日後には百十万返さなきゃいけなくなる。1年後にはざっくり三千万か。

世の中には十日で五割なんてところもあるらしいし、それに比べたら優しいもんだよなあ」


「何をしている、やめろ……私の力を奪うな!!」


「あんた好き勝手しすぎだよ」


女神が何かする前に彼女は力を奪い取る。

絶叫が響き、岩は再び灰色になる。側を離れるとそれはどろどろに溶けて蒸発していった。

……随分あっさりした終わりだ。

彼女は首を振って階段を上がる。

野次馬はなんだなんだと顔を覗かせていたが「なんでもねえよ」と答えると数人が彼女を押し退けて階段に下りて行った。

見たところで起こったことが理解できると思えないが。

首を振り歩き出す。

しかし野次馬の中に見覚えのある顔がある気がして立ち止まった。


薄紫色の髪の女だ。

化け物の群れを率いていた女。今は満身創痍で、腹に穴の空いた男を抱え立ちすくんでいる。


「おい、あんた……」


声をかけると驚いたようにこちらを見た。


「……侵略者を殺したのですね」


「へ? 侵略者?」


「女神と名乗っていた恥知らずですよ」


「ああ……うん。多分」


あれで死んだのならそうだろう。

ふと、風が街に吹き抜けた。パラパラと雪が混じっている。

ルパートの街の雪がこちらにまで流れ込んできているらしい。フリーズは手のひらに雪の結晶を乗せる。


「どういうことだ」


街同士が影響を与え合うなんてこと無かったのに。フリーズが困惑していると女は「次の世界に姿を変えているのでしょう」と答えた。

彼女の喉にある口がダランと舌を出す。


「次の世界って」


「さあ」


女は短く答えた。それ以上知らないようなので「あんたが連れてた化け物は?」と尋ねる。

片方の口角だけを上げ彼女はニヒルに笑う。


「もういませんよ」


「へえ。そりゃ良かった。女神を殺した甲斐があったよ」


フリーズがへらへら笑うと女はそうですねと同意する。


「……やることなくなっちゃいましたね」


「俺の治療……」


「そうでした」


女は男を乱暴に地面に横たえて側に座り込んだ。

随分やつれ果てた様子にフリーズはどうしたものかと首を捻る。

化け物の群れを率いて、女神を殺そうとしていた謎の女。

それでも弱々しい彼女の様子にフリーズは横にしゃがんで顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」


「どうでしょうね。あなたに先を越されちゃいましたから……。

これからどうしたものか」


女の暗い瞳はライチを思い起こさせる。


「随分ボロボロだな」


「大したことありませんよ」


「ある……。もう俺死にそう」


男の呻き声にフリーズが笑う。


「まだ生きてんだから良いじゃん。生きてりゃどうにかなるよ」


「まだ、ね……」


「仕方ねえな。治療師の元まで運んでやるから……。

なあ、足持ってくれる?」


彼女が呼びかけると女が不思議そうに首を傾げた。


「あなた名前はなんでしたっけ」


フリーズは目を瞑る。


「……オニツカ」


風と雪が彼女の赤毛を巻き上げた。

なぜかタバコの匂いがした気がして彼女は目を開けた。

彼は側にいる。

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