Help Revival
千里が死んでからずっと彼女の痕跡をたどっていた。ライチの頭にあったのはなぜ千里が死んでいるのだろうという疑問。
死ぬべきなのは千里を強姦しようとした屑どもじゃないか。
メッセージのやりとりを何度も何度も見返した。そんなことしても千里が戻ってこないことはわかっていたのに。
ふと、彼女が送ってくれた動画のリンクを見てみようと思った。
イギリスを震撼させた連続殺人鬼の正体。「再生の解」という宗教団体の教祖が信者たちを使って14人の人間を殺していたという事件だった。
警察の突入を逃げ延びた教祖は額に一文字の傷が残っていたが、結局ライチがこの世界に落ちるまで捕まることはなかった。
再生の解という名前か、事件の凄惨さか……興味を惹かれたライチは教祖の動画を見たのだ。
そこには、ライチの望む答えがあった。
「あなたの言葉も、経典も、何度も読みました。
英語は苦手だったけどあなたの言葉を聞きたくて必死で勉強して」
ニコは全てわかっているという風に頷いた。
「あなただけだった。私の孤独も苦しみもわかってくれたのは。
みんな好き勝手に言うんです。時間が解決してくれるだとか、いつか癒えるだとか。
そんなの、絶対に無い。
この穴を埋めることは失ったものでしかできないんです」
「そうだよ。
時間は解決しない。自分の力で取り戻さなくちゃ」
「だからあなたの経典の方法を試しました。
けどチィちゃんは蘇らなかった……」
ライチは垂れてくる涙をそのままにした。
「黒の章を試したんだね?
僕のことをそこまで信じてくれてありがとう」
「……あなたがこの世界にいると思わなかった。私、運命だと思いました。
地獄であなたに会えるだなんて……」
「Help Revival」
ニコは遺骨を見た。
Revivalは再生の解の英語名だ。ライチは二度目に遺骨を手に入れた時、耐えきれなくなって助けを求めた。
再生の解よ、ニコラスよ、どうか私を助けてください。
「ずっと僕のことを待っててくれたのに来るのが遅くなってごめんね」
「そんなこといいんです。あなたは来てくれた。ただ、教えてください。
あなたがあのニコラスだというのなら、なぜあなたの祝福は蘇りの力じゃないの?
なぜ槍を降らせる……」
「分かるだろう?」
ニコは面を外し優しく微笑んだ。
柔らかな瞳が細められる。
「僕は妻と娘を愛していた。彼女達が生き返るためならなんだってしたんだよ。
そこで行き着いたのが、儀式殺人だった。最初は簡単に蘇ると思ったよ……でもダメだった。
死んだ人は簡単には蘇らない。その結論に至るまで僕は多くの人を騙して、唆して、殺させた。
そしてそれはいつしか教団という形になった。信者達は蘇りを信じ、僕の手足となって人を殺していた。
ありとあらゆる方法を試したんだ……」
一息つくと彼はまた語り始めた。落ち着いた声音にライチは心惹かれるのを感じる。
動画で、テキストで、何度も翻訳された彼の言葉を辿った。けれど今この瞬間は教祖ニコラスはライチに語りかけている。それは彼女にとって何にも変えられない尊いものだ。
「だけど僕は儀式殺人でない、もっと良い方法を思い付いたんだ。
ライチなら知ってるはずだよ。輪廻転生。
気が付いたんだ、人を殺せば殺すほど、妻と娘の蘇る時間が早まるって。
目に入る全ての人を殺してやりたかった。そうすればいつか……どこかで2人が生まれ直すんだ!
断末魔の叫びが2人の産声に変わるのが聞こえるだろう!?
今生きてる人と死んでしまった彼女達のどちらが大事か、そんなの言われるまでもない……!
君も、そうだから儀式を行ったんじゃない?
順位をつけたんだ。どっちが大事だった?」
「……チサト……」
「そう。そうだよね。
ライチ。君は分かってるはずだ。僕に何か尋ねる必要は無い」
「……わたし」
「大丈夫。僕が全部導いてあげる。君は何も考えなくて良いよ」
彼は顔を上げる。
遠巻きにこちらを見つめるケイトとマックィーン、そしてページ。レオは遺骨を丹念に見つめ足りない骨をチェックしていた。
ケイトは青白い顔をして何か言いたげに唇を震わせていた。
「ライチ……。難しいと思うけど、僕のことを信じてはいけない。
祝福を使うのに信仰心は邪魔になるからね」
ニコラスを信じる心、それが捨てられないからレオも街の人たちも歪んで蘇生されてしまった。
きっとこのままセシルを蘇らせれば同じことになるだろう。
だが簡単なことではない。ライチはこの世界に来る前も来た後もずっと長いことニコラスのことを信仰していたのだから。
「無理、です……。あなたを信じないなんて」
「できる。僕のことを信じるように自分のことを信じて。
君は素晴らしい人間なんだ。たくさんの信者が僕にはいた。それでもここまで落ちてこれたのは君だけなんだよ。
君こそが僕の探し求めていた人物だ」
「私が?」
「そうだよ!
君の力を使えばネネとメルにもう一度会える……!
二人に会いたくて堪らないんだ……」
「でも……私の祝福だと死体が必要なんです……」
それは経典の黒の章にも書かれていたことだ。ニコラスもわかっているはず。
「ジェイコブスがいるじゃないか。
確かにメルよりは大きいけれど生きていればあの子もあれくらいになる。問題はない」
名案だろ、とニコラスは嬉しそうに微笑む。
「ジェイコブス……? 彼を殺して死体を使うんですか?」
千里を甦らせようとした時その方法で彼女は甦らなかった。彼女を苦しめた男の命と女の体を犠牲にして甦らせようと思ったのに……。
「きっとうまくいく」
ニコラスは力強く励ますように言う。
もしかしたらあの時の自分は何か手順を間違っていたのか。それでもニコラスがいてくれるならその方法でも蘇るのかもしれない。
「彼だってこのまま異常者として生きるより、メルとして生まれ変わった方が幸せだ。そうだろう?」
確かにその方がニコラスやジェイコブスだけでなくジーナにとっても良いかもしれない。
ライチは頷いた。
「じゃあ、まずはセシルを蘇らせよう……?
僕の愛するネネとメルを蘇らせる君は、セシルも蘇らせられる」
力強い彼の言葉に押されるように立ち上がる……ライチの耳に声が飛び込んできた。
「ライチ……!!」
鐘楼の奥からジーナが髪を振り乱しこちらに向かって走って来る。
「ジーナさん!」
彼女は無事だった。体のどこにも怪我は無く、いつものように眉間に皺を寄せ睨みつけるような顔をしている。
「燃えてる!」
彼女は地面の雪をかき集めライチの腕に乗せた。炎が消えわずかに痛みも消えるが、雪が溶けるとあっという間に燃え出してしまう。
「消えない……」
「無駄だよ。その炎は消えない」
「ニコ!
あなた何考えてるの……! ライチに何をしたの。
ライチを何に利用するつもり!?」
「利用だなんて!
セシルを甦らせたいだけだ!」
ニコは地面に倒れたままの彼を指さした。
ジーナの顔が大きく歪む。
「……セシル……?」
「あの男がセシルを撃ち殺したんだ。
セシルを甦らせよう。ライチならきっとできる」
彼女は膝をつき倒れ込むようにセシルに寄った。こわごわと彼の肩に手を乗せ軽く揺する。
「どうして」
ジーナが濡れた瞳をこちらに向ける。
ライチは何も答えられなかった。いつものように喉を鳴らすことしかできない。
「……ジーナ。今、ここで話してる時間は無い。
ライチはあの紫の髪の女に地区長ケイトと刑を交換されて命を狙われている。
セシルの守護が、奇跡的に残っていたから燃えるのは腕だけで済んだ。でもいつまで保つか……。
早くセシルを蘇らせてここから逃げないと」
ジーナは混乱したように瞳をグルグルと回す。
「セシルを蘇らせられるの?」
「わかりません……」
「できるよ。ライチ。自分を信じて」
ニコラスに背中を押されライチは倒れ込むセシルに近付いた。
一度も成功したことがないのに今この場で本当に蘇らせることができるんだろうか。
自分の燃え上がる手のひらを見つめる。
「私……」
突然腰に縄が回され体が浮き上がる。
急な浮遊感にめまいがする。
「悪いが……ライチは貰うよ」
「ケイト……」
ニコは苛立ったように息を吐き出した。
ケイトは退治するように仁王立ちしニコを睨みつけていた。彼女の刑の縄がライチを持ち上げているらしい。
「ケイト様? どうして、何するつもりなの」
ジーナが素早くライチの側に立つ。
「ライチをレオに渡すと言ったら?」
ニコラスもジーナも愕然と口を開いた。ケイトがレオ側につくのが予想外だったのだろう。
ライチも同じだ。逃げ出そうと自分の腰に回った縄を燃えた手で掴むがとても外れそうにない。
「レオは君を殺して遺骨を渡せば満足するだろう。化け物たちがこちらに手出しする理由も無くなる……」
ケイトの言葉の途中でライチの体がズドンと地面に落ちた。
ジーナが手首を握りしめ「そんなことさせるわけないでしょう!」と怒鳴っている。
「邪魔を、しないでくれないか」
「するわよ!」
「そうか。
マックィーン」
名前を呼ばれた彼はにっこりと笑いジーナの両肘を押さえる。
そして赤い腕でライチの肩を掴んだ。
「離しなさい!!」
体を捩って抵抗するがマックィーンの腕から逃れられない。
レオの笑い声があたりに響いている。望むものが手に入って嬉しくてしょうがないのだ。
「あなた、遺骨を簡単に渡して悔しくないわけ!? あれだけの数苦労して集めたんでしょう!?
どうしてレオの味方するのよ!!」
「……正体がわかったから遺骨はもういらない……。目的は果たした。
この世界の真の神か。
化け物を操る力があることも、完璧すぎるほどの形をしていることも、理由がわかったのは良かったが……」
ケイトは退屈そうに瞼を閉じた。
「次の目的はもう決めた。
私は嘘つきが大嫌いなんだ。嘘つきの叔父が私の家族を殺したからな。
だから嘘つきは始末することにしてる」
開かれた瞳はライチを見ている。
自分はたくさんの嘘をついてきてしまった。ケイトが殺したいと思うのも当然だろう。
ここまでか。彼女はセシルに顔を向ける。
せめてセシルの側で、そう伝えようとした矢先、ニコラスがお面を外した。
「ライチは渡さない」
槍が細く青白い体を目掛けて飛んでいく。それがケイトを貫く前にマックィーンが弾き飛ばした。
「……どうして。君だって化け物にはウンザリしているだろう?」
「彼女にはやるべきことがある。それは生贄になることじゃない」
「せめて自分の愛する者を蘇らせてから死ね、か? 随分だな」
彼は顔を歪める。
「その言い方こそ随分じゃないか。
死ねだなんて微塵も思ってない」
ケイトは嘲笑うように唇を吊り上げた。
ライチのほうに視線を向ける。
「腕、痛いだろう?」
ライチは頷いた。ケイトの刑の炎は熱く、たまらなく痛い。
「そうだろう。それは私の炎だった。よく知っているよ。
ジーナは優しいな……君の腕の炎を消そうとしてくれた……。
炎は消えなくても、その優しさで痛みが和らぐ」
彼女はライチの肩を掴むマックィーンの赤い手に触れ、ライチの首に触れた。
「……ニコは少しも心配してくれないね……。
炎に近寄ろうともしない……」
何が言いたいのだろう。ケイトの顔を見つめるがライチには真意が読めない。
「わからない……? ポカンとしちゃって」
「わ、分からなくて良いです。離してください……。
私は、ニコラス様の言う通りにセシルさんと、二人を蘇らせなきゃいけないんです。
私をレオに差し出すのはその後でいいでしょう?」
ケイトの手が離れる。
「どうして嘘つきのことをそんなに信じられる?」
「ニコラス様は嘘つきじゃありません」
「どうしてわざわざ自分から利用されにいく?」
「お礼がしたいんです。
ニコラス様の経典があったから私はチィちゃんの為に行動できた」
ニコラスは救い方を教えてくれたのだ……。
チサトは甦らなかったがそれはライチの失敗だ。
ニコラスには数え切れないくらいの感謝の言葉を何度も捧げている。
「チィちゃんが苦しんでたのに助けようとしないで、取り返しがつかなくなってから後悔して。
私はどうしようもない馬鹿ですよ。今だって遺骨を掘り起こしたせいでレオの怒りを買ってしまった。
あなたたちをこんなことに巻き込んで、セシルさんを……」
セシルは死んでしまった。初めてライチを好きになってくれた人だったのに。
「……そんな私を、こんな世界に堕ちた私を、ニコラス様は助けに来てくれた……。
お礼をしなくちゃ。そう思いません?」
「思わないよ」
ケイトは呆れた顔をしていた。
彼女に自分の思いは通じなかった……。ライチは項垂れる。
「ニコは君を助けに来たんじゃない。人を殺したからここにいるってだけだ……」
「……君はどうしても僕を悪者にしたいんだね」
ニコラスはケイトに失望したように首を振る。
「まあいいさ。
ジーナ……逃げる準備を手伝ってくれるよね」
「ええ。
でもその前に」
ジーナが静かな声を出す。
「あの時、どうしてフリーズが逃げた方向がわかったの?」
あの時とはどの時だろう。ライチにはわからなかったがニコラスはわかったらしい。
「見えたんだよ。
彼女の赤毛は目立つからね」
「……そのお面の目のところ、赤い塗料が塗られてるわよね。
赤いものは見分けにくいんじゃない?」
ニコラスが黙って自分のお面をなぞった。彼が何を思ったかはわからない。けれどその反応でジーナは確信したように拳を握った。
「嘘をついたわね。
ライチの祝福が蘇生だってわかったからセシルにフリーズは逃げたと言ってライチの方を助けるように仕向けた」
「……君は僕のこと信じてくれてると思ったんだけどな」
悲しそうに声を震わせる。
「あなたを信じるなってヴィヴィアンが教えてくれたのよ。
……教えて、フリーズは本当はどこに行ったの」
ニコラスはジーナを呆然と見つめた。
「……彼女はもう……」
それがニコラスの答えだった。




