再会はわずかな時間だった
なんでいつもこうなってしまうんだろう。
大事にしているものを自分の手でぶち壊してしまう。
あの時……フリーズと話していたら突然化け物が群れとなってライチに襲いかかった。群れの中にレオの紫の髪が見えた。まだ彼女はライチを許していない。
この世界に来て最初に壊したのは自分の居場所だった。
何の力も持たないライチを、この世界に来ていた人々は受け入れてくれた。
何もない荒れ地を整え鐘楼の周りに家を建てた。鐘楼に化け物は近付いて来ないからだ。
そうやって街を形成して何年か経った日だ。
化け物に多くの人が襲われた。ライチも襲われた。
だが不老不死の彼女は息を吹き返し、そして祝福を使って人々を蘇らせた……はずだった。
蘇った人々は、人と呼べるようなものではなく、異様に首が伸びたり体中穴が開いていたり体が裏返しになり内臓を露わにしている、恐ろしい姿になってしまった。
蘇った人々からも生き残った人々からも責め立てられた彼女は街から逃げ出す。
こんなことになるとは思わなかったのだ。
女神は確かにライチに蘇りの祝福を与えたと言っていたのに。
その後もう二度と使うつもりの無かった力だった。
だが新たな街で暮らしていたライチは化け物から逃げる途中で遺骨を見つける。
美しい棺に入れられた遺骨だった。
そして、その遺骨に念じると化け物が操れることに気が付く。
これは他の人にも教えなくては。
化け物の脅威から皆が抜け出せるのだ。
「遺骨を散り散りにしたお前を二度と許すものか」
レオの恨みのこもった声が聞こえる。
まさかそんな、大切な人の遺骨だとは……。いやわかっていた。美しい棺に、捧げられるように杯や装飾品があったのだ。
けれど遺骨の力に目が眩んでいたライチはそれを無視した。
レオはライチを何度も何度も殺した。そうして殺せないとわかると化け物にライチを食わせた。
余りの苦しみに彼女は反抗し、レオを突き飛ばした……彼女の首が折れる音は鼓膜の破れたライチの耳にも何故かハッキリ聞こえた。
まただ。こんなつもりじゃなかったのに。
このままにしておけない。そう思いライチは二度と使わないと決意していた祝福を再び使ったのだ。
蘇ったレオは、喉に化け物と同じ口があった。
「なんてことをしたんだ! 救いようのない馬鹿め!
いいか、お前が遺骨を集め終わるまでお前を殺し続ける。逃げられると思うな!!」
彼女はその言葉通り逃げ出すライチを殺し化け物で常に監視した。
逃げられないと悟ったライチは遺骨を集め始める。
けれど各地に散ってしまった遺骨を集めることは困難で、また集めた端から奪われていくので一向に集まらなかった。
痺れを切らしたレオに、化け物に殺される。
気がつくとライチの死体を鱗の生えた大女が食べていた。
彼女と過ごしていたのは短い期間だった。紺色の乱れた長い髪の隙間から見える赤い瞳は狂気に囚われていた。
だが彼女がライチを殺してくることはなく、せいぜい死体を味見する程度だ。
何が目的で一緒にいるのか。
そう尋ねると彼女は「誰かを探してる」と返事をした。
「もう、生きていたくない。けど死ぬこともできないからずっと彷徨ってる。
これは余りにも長すぎる。私は耐えられない。
だから救ってくれる誰かを探してる……。殺してくれる人か生かしてくれる人か、それはわからないけど」
生き返るのは肉体だけだ。精神はとっくに死んでいた。
女は狂っていた。自分が食べた子供たちの腕を祝福で手に入れ、その子供たちの幻覚を見ている。
けれどライチも狂っていた。千里からの電話の呼び出し音が彼女を苛む。
私たちは耐えられない。もう充分生きた。
あとどれくらこうしていなきゃいけないんだろう。
女との別れはあっさりしたものだった。
遺骨を探していたライチはうっかり崖から転がり落ちた。
女は近くにいなかった。それだけだ。
彼女は女を探すことはなく新たな街で遺骨を探す。
その後もライチは遺骨を集めては奪われを繰り返し、そうして、今ここまで来てしまった。
再びライチは大事なものを壊そうとしている。
セシルのチームという、今までになかった居心地の良い場所を。
フリーズはどうしただろう。連れ去られていくライチを追いかける彼女の赤毛が、黒い化け物の頭で見えなくなったのが最後だ。
無事なら良い……。
「……い」
掠れた人の声がする。
それと同時に体に何かがぶつけられる。
身を起こそうとしたがうまく力が入らない。
「生きて……る……?」
また何かが当たった。
目を開く。遠く見える空は灰色と白のグラデーション。周りは白い雪に囲まれていた。
顔にチラチラと雪が降ってくる。
「……ライ……チ……」
暖かいものを足の方から感じ頭を持ち上げる。
火だ。
火の塊がライチの横にある。……火の塊じゃない。これは人だ。
「うわあ!!」
「わ……」
黒く燃え上がる人影はライチの反応に驚いたらしい。
これは、いや、彼女はケイトだ……。燃える恐ろしき地区長。
彼女の周りの雪は溶けぽっかりと地面が露出していた。
「け、ケイト……様。なんで……ここは……?」
「……ここは……ルパートの街の、中央……」
「ルパート……」
なぜレオはそこにライチを連れてきたのだろう。それに、あの群れは?
「どうしてあなたがここに?」
「合流すると……言わなかったかな……。
車を走らせて……来たから、私の方が、早く着いたみたいだ……」
彼女は手に持っていたものを地面に放った。小石がパラパラと落ちる。あれをぶつけてライチを起こしたようだ。
「車……。そうだったんですね。
あの、化け物が群れをなしているんです。
ここから離れないと危険かもしれません」
「群れは……できる分は処理した……。
でも、キリがないから……ここに、来たんだ」
ケイトがゆっくりとライチの背後を指差す。白い鐘楼が聳え立っていた。
化け物を避けるためにここまで来たのだ。
「もしかして助けてくれたんですか?」
「そう……一応、協力してるわけだし……」
「私のこと知ってるんですね……」
彼女がライチのような下っ端を知っているとは思わなかった。
知られるほどの功績は持っていない。罪を知っているものは全員死んだ。
「知ってるよ……。ライチ……。マックィーンと同じ、不老不死の刑を持って……この世界に、少なくとも100年は、いる……。
年という、言い方は……ここでは、おかしいかも、しれないが……。
どこに、所属するでも……なく、フラフラ……あちこち彷徨って……。
揉め事が、起こると、すぐに……チームを抜ける……。
遺骨を……探してるんだ……ね?」
「そんなことまで」
「協力、するんだから……君たちのことは調べられるだけ、調べた……。君が、一番大変、だったよ……。
結局、身近にいる奴に聞くのが、早かったんだから……困っちゃうね」
「マックィーンですか」
「そう、だ……」
ケイトはゆったりとした動作で地面に腰をおろした。
ライチも少し離れた場所に座る。火が痛いほど熱い。
黒焦げになった顔を見つめる。
「熱いですね……。
あなたには熱く感じないのですか?」
ゆらゆらと燃える手を彼女は見つめた。
「熱いよ……堪らなく。熱くて、痛くて、凄く苦しい。
息をするのも、苦しいんだ……。声を出すのも……慣れるまでは、痛くて……。舌も、うまく、動かせなかった。
水に浸かっていれば、火は鎮まる……だけど、燃えていた、せいで、肌が敏感になって……擦るだけで、痛いんだ……。
水に浸かっていないと……眠ることすら、できない……。でも、水に浸かってても……うまく眠れない……。何をしても、熱と痛みが付き纏う……」
思わぬ言葉にライチはショックを受ける。
彼女の刑はまさしく刑だ……火炙りの刑。
「よく、生きていますね。私なら耐えられない」
「不便な、体だよ……。でも、父が……。
私の家族は民衆に殺された……。毒を盛られ……動けなくされて、最後は……絞首刑だ。偉大な父を、罪人と、同じ殺し方をした……。
その悔しさを、思えばこんなの、なんてことない」
壮絶な過去だ。何か言葉をかけるべきなのかと思ったが適切な言葉は出てこない。
「……君の、刑の方が……多分辛い。
マックィーンを見てると、思うよ……。終わりが来ない、ことが……どれだけ恐ろしいのか……。
それでも、君たちは……終わりの無い旅を、続けなくてはならない……」
「……そうですね。
終わりの無い旅……。もう、ヘトヘトです」
結局、どちらの刑が良いなんてことはなく、刑はただ辛いだけなのだ。
ライチは溶けた雪を見る。
それでも燃え続ける刑というのは耐えようの無い苦しみだろう。
「マックィーンを……探さないと……。
一緒に来て、たんだろう……」
ケイトが燃える喉で話す。
「ハイ。サージの街までは。そこで、群れにあってしまって私はここに」
「誰も、彼に、殺されて……ない?」
「大丈夫です……」
「良かった……。よく言い聞かせても、だめな時、あるから」
マックィーンはあの頃と変わらずおかしいままなようだ。
「……立てるか……? マックィーンを、セシルを、探しに行こう……。
私の、遺骨もあるし……セシルの祝福を借りられれば、群れを……なんとかできる」
「ハイ」
ケイトは立ち上がる。降り続く雪は彼女の火に触れるとたちまち溶けていった。
火の揺らぎの中に少女の輪郭が見える。
「君は……どうして……いつも、悲しそうな顔をしてるんだ……?」
悲しそう? ライチは悲しいのだろうか。
違う。悲しいんじゃない。辛いのだ。
なんと言うべきか答えあぐねていると遠くから何かが凄まじい速さで走ってくるのが見えた。
まさか化け物か。
ライチはさっとケイトの前に立つ。鐘楼に近づいて来ないとはいえ、それは単に忌避しているだけだ。時には人間を殺しに奴らは鐘楼の中まで入り込んでくる。
「……あれは……」
徐々にシルエットが浮かんでくる。
筋肉隆々の体に長く太い尻尾が見える。
間違いようがなくマックィーンだ。
「ケイト様!!」
赤い腕でべりっとライチを引き離し後ろにいたケイトを抱き上げる。
あわや焼死体が二つ、とはならず彼の体は火を弾いていた。
「マックィーン……わかったから、離れろ……! 燃えちゃうだろ……」
「燃えてませんよ」
「え……? なん、で?」
「セシルの守護の力でしょう。良いものですね」
ぎゅっと抱きしめられたケイトは苦しそうにもがいているが、彼は構うことなく彼女に頬擦りしている。
ずっとマックィーンはおかしいと思っていたが、会わない内におかしさの方向性が変わったようだ。
「セシルさんたちは?」
「後ろにいるんじゃないか? 足遅いから置いてきた」
「あんたが早いだけなんじゃ……」
だがいるなら良かった。
何よりフリーズのことが心配だ。
ライチは背伸びしてマックィーンの来た方向を見る。
けれど人影はおろか真っ白な雪しか見えない。
「フリーズさんは? みんないるよね?」
「いや。フリーズはいない。化け物の群れに分断された時どこか行ったみたいだ。
オニツカが迎えに行ってる」
「え……。じゃ、あ。ニコさんは?」
「いる」
「ジーナさん……」
「いない。ヴィヴィアンに話があるって言われてどっか行った」
「ヴィ……!? なんであいつがいるの!?」
「なんでいないと思うんだ。
なあ、今は忙しんだ。話はあとにしろよ」
腕の中のケイトは表情は見えないが呆れているように感じる。
抵抗するもの馬鹿らしいといった様子だ。
「……ケイト様、ぐったりしてない……?」
「してる……。苦しいし、しつこい……」
「すみません」
やっとケイトを解放するマックィーンだが、背中に手を回したままだ。離すつもりはないらしい。
「……はあ。ヴィヴィアンが、また暴れてる……のか」
「そうみたいですね。死体を見かけました」
「どいつも、こいつも……。殺すなって、命令は、そんなに難しいか……?」
真っ黒な眼窩がマックィーンを見上げる。彼は嬉しそうに笑うだけだ。
「……じゃあ、来てるのは、セシルとニコ、だけか」
「はい。オニツカたちも合流すると思いますが、少し時間がかかるかもしれません」
「人数が足りない……少し、不安だな……」
「コムは来てないのですか?」
「エルシーが、いないって……。彼女と少し話を、してから、こっちに来るって……言ってたから……。
もう、来てる……のかな……?」
……エルシーがいない。
そういえばライチたちが出発するときも彼女の姿を見かけなかった。
「エルシーさんは大丈夫なんでしょうか」
「さあ……。でも、コムに、任せておけば……いい」
ライチに襲いかかってきた女の首を容赦無く刎ねていた姿を思い出す。確かに彼ならなんとかしてくれそうだ。
少なくともライチが今ここで何かしようと足手まといにしかならない。
「そんな顔……しなくて、平気だ……。
私達のほうが……今は、危険なんだし……」
ケイトの言葉にライチは身を引き締める。
いつ化け物が襲ってくるかわからない。彼女は二人の前に立ち雪の中を見渡した。
「もう化け物が怖くないのか?」
「こ、怖いよ。凄く。何されるかわからない。
でもセシルさんがいてくれるなら、守ってくれるから少しだけ怖くない」
セシルの姿は見えなくても祝福の力を感じる。
化け物に攫われて気絶で済んだのは彼の守護のお陰だ。
「そうか。
良かったな」
そっちもね、とは言わずにライチは雪の向こうを見つめる。
黒い人影が見えたきた。化け物じゃない。真っ白な雪の中豹の模様が美しく浮かんでいる。
影はこちらに駆けてくる。
「セシルさん! ニコさん!」
早く会いたくて、手を上げ二人に駆け寄った。
セシルもこちらに走ってくる。白い息を吐き、寒さで頬を赤く染めた彼を見た途端ライチは腕を伸ばし胸の中に飛び込んでいた。
暖かな体温が彼女を包む。
「ライチ……!! 良かった、無事だったんだな」
「セシルさんが私に守護の祝福をかけてくれたから」
セシルはライチの薄い背中に回した腕にぎゅっと力を込めた。
「お前が化け物に連れられたのを見た時、本当に怖かった……。
何があった?」
「わかりません……。でも、ケイト様に助けてもらったんです」
「そうか、あの人が……。お礼言わなきゃだな」
エメラルドグリーンの瞳とぶつかる。彼は安心したように息を吐いた。
愛おしげに頬を撫でる指をライチは握った。
髪には雪が積もっている。彼女は笑いながら雪を払い落とす。
「……そろそろ思い出して欲しいな……」
ニコの寂しげな呟きにライチはさらに笑った。ニコを忘れるわけがない。
「ニコさんも助けに来てくれてありがとうございます」
「どういたしまして」
彼は優しく微笑んだ。その顔を見るとほっとする
それにフリーズ、ジーナ、オニツカがいないとはいえ、チームに合流できると安心感が違った。
「ケイト様のところに行きましょうか」
ライチはセシルとニコの腕を引いた。
ケイトと合流しこれからどうしていくか話さなくて。何よりこれ以上鐘楼から離れない方がいいだろう。
「……あれ?」
ニコが不思議そうな声を出す。
彼は来た道を見つめていた。そこには誰かがふらふらと歩いてくるのが見える。
化け物の群れに襲われたこの街でまだ動ける人がいたのか。
チームの誰かだろうか? ライチは思う。
だが歩いて来たのは見たことのない青年だった。
ボサボサのくすんだ金髪にくたびれたコート、ポケットに手を入れやる気が無さそうに歩いている。
口元はコートの襟で隠れているがそれでも気怠げな表情が伺える。
「……誰だ?」
青年はこちらから3メートルほどの距離で立ち止まる。
彼は暗い瞳でセシルを見つめていた。
「あんたの信じる神の名前は」
突然の質問にセシルだけでなくライチも面食らう。
いきなり現れて、神? この人は何が言いたいのだ。
「は? 何言ったんだお前」
「信じる神の言葉は、信じる教えは?」
「いや……なんなんだ。何がしたい」
戸惑うセシルに青年は面倒そうな息を吐いた。
「さあ……そういう世界なんすよ。すいませんね」
彼はポケットから手を出した。聞き覚えのある破裂音。
ニコに強く体を引かれた。
青年の手には銃が握られていた。火薬の匂いがする。
「え……?」
セシルは唖然とした顔をしていた。ライチも自分の見ているものが信じられない。
セシルの額に穴が空いている。
豹の体がぐらりと揺れ、真っ白な地面の上に倒れた。
肉の叩きつけられる音がする。
「ほんと、すいません。こんなことして」
銃口からは煙が立ち昇っている。
心の籠らない謝罪の言葉を青年は呟いていた。




