神罰*
一行は言葉少なに出発した。
オニツカはやはりライチのことをみんなに話していないらしい。ありがたいと思いつつ、全て話さなくてはならない日がヒタヒタと近づいている気配を感じライチは恐ろしくなった。
セシルは全て受け止めてくれると言った。
きっと彼なら受け止めてくれる。それは分かっている……それでもまだ、話す覚悟はできていなかった。
ルパートの一つ手前、サージまでやって来た。
化け物退治の前に体を休める必要があるということで、再び宿を取ろうと話をする。
「ここは肌寒いな。ルパートはもっと寒いのかよ……」
宿の手続きの間、フリーズはボヤきながら荷物に入れてあった分厚いコートを取り出し肩にかけた。
「それ、極寒用だから暑くなっちゃいません?」
「一時的に暖まれば良いだろ」
ライチの腕をフリーズが引く。冷えた手をしていた。
「ほら、お前も一緒に」
彼女に抱き締められるようにしてライチは暖を取る。
砂利を踏み締める音がした。フリーズが更に力を入れてライチを抱き締めていた。
「……帰りたいなあ。化け物なんてほっといて、街で美味しいもん食ってたいよ」
「でも、ほっといたら街が潰れちゃうかも」
「オレ達以外の誰かが倒せば良い」
フリーズの頬の柔らかな感触がライチのこめかみに押しつけられる。
「オレ今のチームすごくすごく……気に入ってる。居心地が良いんだ。
誰かに欠けてほしくない……。ずっと一緒にいれたらなって」
彼女の震える言葉にライチは頷いた。
「ニコに聞いたら無理だって。この世界は厳しいから。
オレもそう思うよ。でも……。
なあ、お前はどう思う?」
「そうですね……難しいのかも知れません。
でも私もフリーズさんと同じです」
彼女の細い腰に腕を回し、ライチもまた同じように強く抱き締めた。
その時だった。黒い、巨大な何かが街にズルリ這うように現れた。
大き過ぎるそれに2人は脳が働かず、抱き合いながら見つめるだけで体が動かなかった。
遠くで紫色の髪をした女が嘲笑いながらライチを指さしている。
—ライチちゃん。お願いだから壊さないでね
オニツカの言葉が脳裏によぎる。だがもう遅かった。
ライチはまた全部台無しにしてしまったのだ。
*
宿の手続きの間、オニツカはマックィーンを見張るように彼の側に立っていた。
既に体つきは男のものに戻っていたが本人曰く「弱いのと一緒にすればまたなる」らしい。
隙あらばフリーズの腕を切り落とし危害を加え、目を離せば女になる、訳の分からない生き物だ。
大体、腕が4本あるのって卑怯だろ。
空中に浮かぶ赤い、彼本来のものよりも細い腕を睨みつけながらそんなことを思う。
「なんだ?」
マックィーンは怪訝な顔をしていた。視線の理由を知りたいのだろう。
「……その腕はなんの刑なんです?」
「刑? 刑じゃない、これは祝福だ」
「は?
だって、不死身で……」
彼は更に眉の皺を深くする。
「不死身は祝福なんかじゃない。
私たちは自殺した。
神の存在を信じるか? 私たちは生命という神からの祝福を踏み躙った罪人だ。刑ですらないんだ不死身は。神罰だよ」
淡々とした言葉はかつてあっただろう理性を感じさせる。
「……神罰……?」
マックィーンの赤い目は光を通さない。濁った血の色をしている。
「待って……。なら、来知ちゃんの神罰、刑は不死身?」
「そう。もう二度と自分たちの意思で死ぬことはできない」
血溜まりの中倒れる来知の姿を思い出す。化け物に殺されたトラウマがフラッシュバックし泣き叫ぶ姿を思い出す。
彼女はいつだって不死身という力に振り回されていた。
だが、それならば。
「……彼女の祝福はなんなんだ……?」
オニツカの溢れた疑問に彼は口を閉ざした。教えるつもりはないのか。
それは来知も同じだ。なぜ今まで祝福を教えなかったのか。
皆が来知の祝福は不死だと勘違いしていると気付いていただろうに。
不意にオニツカは気がつく。
親友を蘇らせるために来知は凶行を犯し自殺した。
彼女の望みは……?
「セシル」
意味不明なこだわりで部屋を選んでいたジーナと、それに付き合わされていたセシルが振り返る。
「どうした」
「来知ちゃんの祝福が何か知ってる?」
「……不老不死だろ?」
「そうじゃないかも。彼女こそ俺たちがずっと探してた人なんじゃ」
舌がもつれる。なぜ今まで気付かなかったのだろう。
ジーナとニコが愕然とした顔をしてオニツカの言葉を聞いていた。
「……俺たちが探してた人って」
「蘇生の祝福……!!」
ニコが声をあげた。その声は期待に満ちたもので、なぜかオニツカは恐ろしく感じる。
「そんなわけ……。
だって今まで何も言わなかった」
「……言おうとしてたんじゃない?」
一度、ルパートの街に向かう前に彼女が話したいことがあると言っていたことがあった。
コムの話で有耶無耶になっていたが、もしかして来知はあのとき自分たちに祝福を告白するつもりだったんじゃないだろうか。
セシルは戸惑った様子で首を振っている。オニツカも困惑していた。ニコは希望に目を輝かせている。
ただジーナだけは一点、別の方向を見つめたままだ。
「……何あれ」
ジーナがセシルの腕を掴んだ。彼女は宿の外に視線を向けたまま凍り付いている。
つられ彼らも外を見る。
そこには信じられない光景が広がっていた。
黒く太い流れが街に流れ込んできていた。自らの意思を持って蠢き、人々を薙ぎ倒し殺している。
よく見るとそれは化け物の塊だった。
化け物の群れだ。
「……なんで、こんな大群が」
悲鳴を上げる間もなく街の人々が死んでいく。赤い血が辺り一面に広がっていく。
宿の店主がドタドタと音を立てた。あまりの光景に腰を抜かしたらしい。
「建物にいれば多少平気だろう。あんたはそこにいな。
ニコ、なんとかできそうか?」
「だめだ。ここからだと見える範囲が狭いし、人を巻き込むし、何より数が多過ぎる。
そもそもこんな大群なんて聞いてなかったけど」
「俺たちが聞いてた話だと単体だったんだ。
……ここまでの群れは今まで見たことがない」
マックィーンの言葉を聞きながらオニツカは宿の外に目を走らせる。
外には来知と、フリーズがいたはずだ。
フリーズはどこに。
その時、黒い群れの中に赤い布が見えた。
あれはフリーズが買ったコートだ。だが、コートを掴んでいる腕は細く青白い。あれは来知?
「来知ちゃんが捕まってる!」
「……生捕?」
「助けに行かないと!」
ニコが焦って外に出ようとするのでオニツカは腕を掴んで止める。
「待て、自分の安全を考えないとこっちがやられる」
「それにフリーズは? アイツどこに」
「フリーズなら建物に走って行くのが見えたよ。
赤毛で目立つから見えたんだ……」
ニコの言葉にホッとする。
……けれどなぜフリーズは来知を放って行ってしまったのだろう。
どうしようもないところはあるが、彼女は仲間を見捨てるような性格じゃない。それに、フリーズはあれだけ来知のことを気にかけていたのに。
それともなんとか助けようとして行ってしまったのだろうか……。どうしよう、今ははぐれるべきじゃないのに。
群れは大蛇のように街をグルリと旋回し、今度はルパートの街へと入って行く。
奴らが通り過ぎた跡には赤黒い血と人間だったものが残されていた。
「……ルパートに行ってる……」
「あそこにいるっていう厄介な化け物と合流する気かしら……」
「まずい!」
「遺骨でなんとか出来ないのか?」
「少し勢いが逸れたんですけどね……」
セシルが豹の尻尾を大きく振るたび焦りが伝わってきた。
それは他の者もそうだろう。
人々の悲鳴、血の匂い、それらが焦燥感を駆り立てる。
「……俺はフリーズを探して来る。すぐに追い付くから先に行ってて」
オニツカの言葉にセシルは悲しそうな顔をした。
彼はフリーズを置いて街を出たくないのだ。けれど早く行かなければ化け物は手に負えなくなる。
それをオニツカが察したことが、多分悲しかった。
「早く戻って来いよ」
彼の言葉にオニツカは深く頷いた。
宿を出て街に出る。
地面は血と脂と土が混じり合った泥に変わっている。足を取られないように、彼は慎重に歩き出した。




