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私たちは乗り越えられない

なんとなく宿に戻りづらく、一人で街を徘徊する。

オニツカはどうするのだろうか。チームのみんなにライチの罪を話す?

しかし今まで黙っていた彼がそうするとは思わなかった。

それよりもマックィーンだ。彼がライチのことをどこまで知っているのかわからない。

今まで存在をすっかり忘れていたのだ。

みんなに何をどう話せばいいのか。


路地を曲がる一瞬、フリルの付いたスカートが見えた気がした。ライチの体が強張る。

……ジェイコブスは嫌いだ。

好意が捻じ曲がっている奴は大嫌いだ。

人に危害を加えるばかりで最後の最後に自分の罪を後悔する。

許してほしいと泣き叫んだってもう遅いのに。


「チィちゃん……」


鼻の奥がツンとして涙がにじむ。

この名前を呼んだのはいつぶりだろう。

路地で彼女は体を丸める。

千里に生きていて欲しかった。無理だとわかっていてもそれがライチの願いだった。


「ライチ!!」


名前を呼ばれ彼女はゆるゆると顔を上げる。

金の毛並みが光に反射しきらりと光る。

それがどうにも神々しくライチの頬に涙が伝った。


「大丈夫か?」


「……ハイ……」


鼻をすすり立ち上がる。心配で探しに来てくれたらしい。

気遣うようにセシルの手が彼女に触れる。

その触れ方はいつもの親しみのある熱いものではなく、壊れ物を触るような繊細なもので。

なぜかライチは胸がぎゅうっと苦しくなった。


「もう起きて大丈夫なのか」


声まで優しい。彼女は「ハイ」と頷く。


「心配かけてすみません……」


「そんなの謝らなくていい。

ほら、宿に戻ろう……」


手を軽く握られ引かれる。セシルに連れられ彼女はとぼとぼと歩く。


「……俺にできることがあるならなんだってするんだがな。

どうだろう。正直、お前が楽になれることがなんなのかわからない」


不意に、彼はそう呟いた。

見上げたセシルの横顔は苦痛が見て取れる。

自分が苦しめているのだろうか……罪悪感でライチの胸も苦しくなる。


「いえ、そんな……大丈夫です」


「大丈夫じゃないだろ?

俺は……なんだって受け止める。その覚悟はあるよ」


「……私が何してても……?」


「ライチ」


セシルが足を止め彼女の顔を覗き込む。


「俺のチームにいる以上俺はお前の罪も過ちも全部受け入れる。

他の奴のも全部だ」


きっぱりした彼の言葉にライチは何も言えなくなる。


「わかったな?」


「ハイ」


よし、と彼は頷くとまた歩き出した。だがまたすぐに歩みを止める。


「セシルさん?」


「なあ、手、握り返さないのか」


ライチは繋がれた手を見た。そういえばセシルに掴まれているだけでライチは握り返していない。

返した方がいいのか。彼女はキュッと手に力を入れる。


「もっと強く」


言われた通りさらに力を込める。しかしセシルは納得しないようで「もっと」と催促してくる。


「む、無理です。これが全力なんです……」


「……弱いな」


彼の声が震えていてライチは驚いた。

苦しげで、そして今にも泣き出しそうな顔をしている。


「……悪い。……ただ、怖かった。

お前がスマートフォン渡されてパニックになってるのに俺は何もできなかった。

マックィーンに踏み殺されるのも止めることもできなくて……守護の祝福ってなんなんだろうって」


「セシルさん……」


「こっちに来てくれ」


広げられた腕の中に彼女は入る。

セシルが細い体を抱きしめた。獣の前足も回して、強く強く。息ができなくなるほど、骨が折れるんじゃないかと思うほどの強い力で。


「もうお前が傷付かなくていいように……絶対に守れるようにするから」


彼女は応えるように強く抱きしめ返す。

セシルが顔をライチの首筋に埋めた。


「弱くてごめんなさい……」


「弱くて良いんだよ。もっと俺に縋ってくれ。

次こそはちゃんと守る」


ライチは言われた通り、セシルに縋り付く。彼に抱きしめられると今まで感じていた孤独感がジワジワと消えていくような気がする。

そして消えていく感覚で自分の孤独を思い知らされる。

何かに縋っていないとライチはすぐにでも崩れ落ちてしまうのだ。


そうして暫く抱き合っていたがふと我に帰ったライチは体を離した。セシルは不満そうだったが。


「どうした?」


「……マックィーンのことですけど……」


と言っても語れることは何も無い。

彼、いや彼女とライチが出会ったのは遠い昔のことだ。記憶はもう薄くなっていた。


「……ああ、知り合い? なんだよな?」


「ええ。単なる知り合いです……昔の」


*


肉が破裂する音がして自分の腕が消えていることに気がつくが、しかしそれはいつものことではなく、予想外な、女によるものだと知る。足もなく、勿論彼女もない。慌ててスマホを手探りで探すが手が無いので探せず仕方なく眼球のみで辺りを見渡したが、周りは何年も変わらない、荒廃した土地と黒い肉が汚らしくまるで母さんの作ったクソまずいカレーを思い出したがあれはコンクリートのような味だった。プールに落ちた時の息苦しさと塩酸の香り。私の体は生まれて女が口を聞いた。私はプールにいるので声は遠くに聞こえ、おもちゃのカレーの方が好きだったのだが母さんがカレーを作ってくれることはほとんど無かったしお腹も空いていたのでそれを食べた。

ゴキブリのような気持ち悪い肌……悪魔の目をした女が笑う、まずいまずいと笑う。私はコンクリートだ。

いつもの私を呼び出す声がしてスマホを取る、チイちゃんからだった。助けて蘇らせてと何度も訴えるが私は彼の人が言った通りにしたのだがどうしてもできなくてもうできなくなってしまったのだと説明した。お前は経典のことばを言えるのか。いくら信じていてもどうしてもあの潰れた肉が無ければならないが、それはこの世のどこにもなく、私は諦めるしかなかった。

女が白いまっすぐな建物を指差す、あれは祈りの建物だという、前の人たちはあそこで神に祈ったという、けれどそんなものはもう既に失われてしまった。残されたのは汚い白い灰色。

必ず石が見つかってばら撒いて繋いだけれど女は持っていないそうだ。私も持っていない。誰も私にくれないからだが、しかし女は女王を待つからだと語っていた。私は彼の人を待っている彼の人なら助けてくれる。

女が私を食べた。女はお腹が空くから食べているのではなかった。女の周りには子供がたくさんいて、腕だけになってもまとわりついていた、否、まとわりつかせていた。

女は自分が殺した子供の味を忘れられない。

私も私を呼ぶ声が忘れられない、私たちの脳に刻まれてしまってもう二度と元には戻らない。肌色の役に立たない重荷だけの肉に刻まれた長い長い傷は私たちを苦しめるが逃れたくてもどう逃げればいいのかまるでわからない。私たちは死んだけれど街の人は蘇ったけれどチイちゃんと違って私たちは蘇ってしまうからどうしたらいいのかわからなくて傷がどんどん伸びていく。

私たちは耐えられない。もう充分生きた。


*


「昔の知り合いというか……。被害者と加害者じゃないのか?」


セシルが鼻にしわを寄せる。


マックィーンとの出会いはこの世界に落ちてすぐのことだった。

化け物に嬲られ死んでいたライチをマックィーンは食した。

そういった最悪の出会いだったが、遺骨を探し回るライチと救いを求めて異世界を旅するマックィーンの利害が一致したためしばらく行動を共にしていたのだ。

とは言え二人で行動していた期間は短い。そして遠い昔の出来事だった。


「化け物にやられ続けて逃げられないお前を……食うだなんて」


「口に合ったみたいです……。

でもまさか私の落し物を拾ってわざわざ届けに来てくれるとは思いませんでした」


「そうだなあ。久しぶりに会ったんだろ?

顔も忘れてたみたいだけど」


「ハイ。というか、お互いあの時は……なんというか、精神状態がよろしくなくって」


そのせいもあり記憶が曖昧だ。遠い出来事だったのは違いないが、それ以上に頭に膜がかかっているかのようにぼんやりとしたものしか思い出せない。いや、ぼんやりとしたものしか感じられなかったのかもしれない。


「……会ったのも昔のことですからね。あんな人のことすっかり忘れていました……」


「昔ってどれくらい昔なんだ」


「どれくらい」


ライチは周りを見渡した。

街はパッチワークのように色々な素材でできた家が立ち並び人々で活気付いている。街の中央にそびえるは白い鐘楼だ。


「……セシルさんはここに来た時って街はどうでした?」


「どうって?」


「街って呼べるようなものでした?」


「ああ……」


彼は怪訝な顔をしてこちらを見下ろしている。当然だろう。この景観しか知らないのだから。


「私が来た時は街なんて呼べるようなものはありませんでした。

白い鐘楼と、廃墟があるだけで、人々はなんとか化け物から逃れていました。奴等は鐘楼に近寄れないんです」


「……お前は……」


セシルが何か言おうとして口籠る。瞳の中の戸惑いの色は濃くなっていた。


「セシルさんが最初この世界に来た時、ちゃんと街にいましたよね?」


「気がついたら道の真ん中に突っ立ってた」


「私はまっさらな土地に立っていました。何もない土地で、すぐ殺されて、生き返って。

そこから人間を探してここまで来ました……もうずいぶん昔のことです」


ライチは目を瞑る。長い長い時間歩いていた。その間にこの世界の景観は大きく変わっていき、だが女神の駒であるということは何も変わらない。


「不死身じゃなくて、不老不死か」


息を吐き出しながらセシルは言った。

ライチは頷く。


化物に殺されることも老衰で死ぬことも叶わない。

肉体は保たれたまま精神は摩耗しすり減っていく。

だからここまで来てしまったのだろう。


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