過去を教えて
治療師の元で眠っていたが鐘の音を8回聞いて起きることにした。
さすがに寝すぎたかもしれないが痛みはだいぶマシになった。
セシルは伸びをして目の前に立つチームの視線から逃れる。
オニツカは怒っているだろう。しおらしいフリーズの様子からも見て取れる。
苛立ったように眉を寄せるジーナが口を開かないのが逆に怖い。
ニコは相変わらず何を考えているか分からない。
「……悪かったな。けど、取り敢えず協力はしてもらえることになったから」
「1人で相手することないだろ」
「そうも言ってられなかったんだよ」
セシルはわざとらしく息を吐いた。
エルシーの宿にやっとの思いで帰って来たは良いが……帰らない方が良かっただろうか。
ライチはまるで自分が怒られているかのように身を縮めている。
「協力ってどう? 自治チームに入ったってこと?」
首を傾げニコが怪訝な声を出す。
「話を付けただけだからそれは無い。
まあ合同で遺骨を探すってことだ」
「ふーん。でも地区長なんだから自治チーム使って探せばいいのに」
「遺骨の話は広めたくないからか?」
とは言え、アクアの件でそこそこ広がってしまった気もする。
「そうじゃないですよ。ヴィヴィアンが連れて来た人たちをあなたたちが皆殺しにしたじゃありませんか」
ん? とチームが顔を見合わせ、声のした方を見る。
なぜか、いつのまにか、どうやってか。コムが入り口に立って無表情でセシルたちを見下ろしていた。
「わっ!? なんでいんだよ!」
フリーズが慌てて立ち上がってライチの後ろに隠れている。ライチは少し迷惑そうだ。
「ケイト様は建物の中に入れませんから伝言を頼まれたんです」
「火事になりますもんね」
「そういうことです」
「わざわざ来なくても……」
オニツカが呆れたように息を吐いた。
本当にそうだ。
「伝言って?」
「ルパートに行って欲しいそうです」
「ルパート?」
あそこは厄介な化け物がいると聞いているし、その内セシルたちも行くつもりだった。
「他じゃ手に負えないほどの化け物がいるらしいじゃないですか。
それを討伐して欲しいと?」
「そうです」
セシルはニコの方を向いた。彼は「僕は平気だけど」とセシルを見ている。
「俺はまだ体が痛い」
「ルパートまで距離がありますから、向かっている間に治るんじゃないですか?」
「どれくらいの距離なんです」
「10日だったかな……」
コムがそう言った途端横でフリーズの重々しい溜息が聞こえてきた。
遠すぎるだのなんだのブツブツ文句を言っている。
「……俺たちは化け物退治だけじゃなくて、蘇生の祝福やら遺骨やらを探したいんですがね」
「ケイト様が頑張れば集まりますよ」
「地区長だもんな。
でも人手不足なんだろ?」
彼はちょっと口をへの字にした。
「そのうち別の地区長を殺すか、それより上の補佐員を殺すか、どうにかして役職を強奪するんじゃないですか。
すぐにとはいかないですからそれより先にルパートに行って頂きたいですが」
「あの人補佐員になれるくらい力があるんだ……」
コイツはよくそんな人から武器を盗もうと思ったものである。
「彼女、気分のムラが凄いんですよね……。感情を優先させなければもっと上の役職になれると思いますよ」
「あー。ヒステリックな人って困っちゃうよね」
オニツカの視線はジーナに向いている。
ジーナは睨みつけながら「鼻へし折るわよ」と物騒なことを言っている。
この2人とはここに来てから長い付き合いになるが理解できない関係だ。ある時は罵り合いある時は結託して誰かを責め立てる。
「ヒステリックというか我儘というか……。
……そういうわけですから、情報はこちらに任せてルパートに向かってください」
コムはもう面倒になったのか、話はこれまでだと言わんばかりにこちらに背を向ける。
セシルとしてはもう少し話をしたいところだしケイトから直接色々聞きたいのだが、恐らくそれが出来ないから彼がこうして来たのだろう。
それはそうだ。ケイトの腕をへし折ったのは他でもないセシルである。彼女ほどの立場ならばリスクを考え怪我が良くなるまで人前には出てこないはずだ。
ヒールを鳴らしながらコムが出て行くと「近道してるのか遠回りしてるのか分からないね」とニコが伸びをする。
「蘇生の祝福について知りたいだけなんだけどなあ」
「そもそもそれだって女神をどうにかしたいからだ。……俺はな。
だけどお前の言う通りだよ。これが近道になってるなら良いんだが」
「まあ気長にやろう。気は長い方だよ」
俺は気は短い方だ、と呟きながらセシルは立ち上がる。
立ち上がった彼のシャツを弱い力で引かれた。
ライチだ。暗い瞳が地面に向けられている。
「あの、私……皆さんに言いたいことが」
こういうとき彼女は黙っていることが多いのにどうしたのだろう。
「なんだ?」
彼女の薄い唇が開く。だが言葉は「伝え忘れていたことが」と言って戻ってきたコムの声に掻き消された。
「伝え忘れ?」
「はい。ルパートの街までマックィーンが同行します」
この言葉の衝撃にしばらくセシルは口を開くことができなかった。
やっとの思いで「何言ってるんだ?」と言葉を絞り出す。
「マックィーンが同行します」
「俺たちの監視ですか?心配ならあなたが来てくれれば良いじゃありませんか」
「化け物退治には役に立ちますから」
「こっちは命狙われたんですよ」
背後でフリーズがそうだそうだ! と騒いでいる。
「大丈夫。殺しちゃダメって言い聞かせておきます…………聞くかは分かりませんが」
「そんな爆弾抱えて動けません」
「落ち着きなよセシル」
ニコが場違いに朗らかな声を出す。
「落ち着けるか?」
「ジーナがいるってことはジェイコブスがいるってことだし、そしたら何かあったら止めてくれるんじゃない?」
「相打ちになって死んでくれないかしら」
ジーナが祈るように手を組んでそう呟く。
「アイツはジーナしか守らないんじゃねえの……」
「でもジーナが生きてれば最悪巻き戻して無かったことにできる」
「ルパートの街に行く前にあの男を殺しておいた方がいいんじゃないでしょうか」
「良いこと言うわねライチ」
ジーナはともかくライチまで殺意をみなぎらせているとは、ジェイコブスはとんでもない奴だ。
そして話はどうやってジェイコブスを捕まえるかの話に変わってきてしまった。
「話が脱線してる。取り敢えずストーカーは置いておいてだな……。
問題は身近に知能のある化け物がいて良いかって話だよ」
「僕は良いよ。なんとかなる気がするし」
「ジェイコブスじゃなければなんでも良いわ」
「私も」
「えー! ライチ、お前マックィーンに殺されてたじゃん! 良いのかよ!」
「殺されるのは慣れてるので……」
「ンなこと慣れんな。
オレ様は反対。ルパートに行かなくてもいいと思う」
フリーズはトラブルメーカーの割に危険は避けたがる。良いことだと思うがそれなら自分でトラブルを起こすのもやめろ、と思う。
「俺はどっちでもいいや。ここで揉めたって仕方ないし」
「そうそう。私も早く帰りたいので納得してください」
横暴な言葉だがコムの言うことは最もだ。
ゴネたところでこちらに決定権は無い。
「そうだな。仕方ない……。
厄介な化け物を相手にするんだ。戦力も欲しい」
「そんなのオレ様がボコボコにしてやるっての!」
「酒奢ってやるから」
彼女は不満げな顔だったがそれ以上何も言わなくなった。これは相当奢らされることになりそうだ。
「じゃあ、そういうことで。
……セシルさん。マックィーンの側から片時も離れないでちゃんと見張っててくださいね」
言われなくてもそのつもりだ。
セシルは返事の代わりに溜息をついた。
*
何度目かの鐘の音を聞いたあと各々ルパートへ出発する準備をし始め出した。
セシルは水を飲みながらエルシーの手伝いで掃除をしているライチをぼんやりと見つめる。
最初に出会った頃から随分雰囲気が変わった。
今にも死にそうだった少女は生き生きとして見える。
だが瞳の暗さは変わらない。むしろ濃くなった気がするほどだ。
彼女は過去にどんなことがあってこの世界に来たのだろう。……それがなんであれ、セシルはライチを受け入れる自信があった。
それくらいライチが愛おしかった。何故ここまで彼女に惹かれるのか。
まるで沼に引きずり込まれるように深くライチに魅了されている。
暗い瞳に時々キラリと光が宿る瞬間を見るのが好きだ。口数は少ないのに、全てを物語ってしまう表情が好きだ。
その全てがセシルの物になれば良いのに……。
「ライチちゃんのこと見過ぎじゃない?」
馬鹿にしたようなオニツカの声が降ってきてセシルの思考は中断される。
「お前だってフリーズのことばっか見てたんじゃないのか」
「まさか、そんな余裕無い……。ジーナが訳わかんない理由で荷物を詰め直し出して……疲れた」
余裕があれば見てるのか、という軽口は言わないでおく。
「それで逃げ出したって訳だ」
「そうそう。
……あ」
「あ」
2人揃って声を出す。ライチが大きくバランスを崩したのだ。あわや転倒、と思ったがエルシーが慌てて彼女の体を押さえている。
「どんくさいなー」
オニツカがライチを嘲笑う。
「そこが可愛いんだろうが」
「斬新な発想」
「しかし……他の男が変なことしてもなすがままになってそうで危ないな……」
「……大丈夫だろ。
ライチちゃんはセシルが思ってるような人じゃないし……」
どういう意味だ。振り返りオニツカを見る。
しかし彼は「じゃ、ジーナの手伝いにでも戻るか」と立ち去ってしまった。




