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好きが募りゆく

街の境目をライチはジッと見つめていた。

セシルがあの暗い街に行ってしまったと通行人から聞いている。

あそこに飛び込みたいが足手まといな自分が行って何になるのだろう。

それでもオニツカ達を呼びに行ったフリーズとニコの制止を振り切ってここに立っていた。


果てしない時間が過ぎた気がする。しかし未だに誰も……チームの面々の姿すら見えないので感じているほどの時間じゃないのだろうとはわかっていた。

ライチが何度も何度も不安げに喉を鳴らしていると大きな人影が暗闇から現れた。

セシルだ。彼は血塗れで、苦しそうで、彼女は小さく悲鳴をあげた。

満身創痍のセシルに駆け寄る。

普段の生き生きとした彼の瞳は暗く翳っていた。


「セシルさん!」


疲れ切ったセシルの表情が僅かに変化した。

ライチは彼の腕にそっと触れる。


「早く手当を」


「……平気だ。エルシーの宿に戻ろう」


ゆっくりと、獣の脇腹から血を流しながら彼は歩き出す。


「どこが平気なんですか」


ライチは自分の声が震えていることに気がついた。

気がついてしまうと、もうダメだ。

涙が溢れ出してしまう。


「ライチ……」


「こんな傷だらけなのになんで平気って言うんですか……。嫌です、お願いだから、手当してください」


彼女はセシルに縋り付いた。

彼から立ち上る血の匂いが嫌だ。苦しげな荒い息が嫌だ。暗い瞳が嫌だ。


「俺は後でいい、それより……」


「今セシルさんの命より優先すべきことなんてあるんですか……」


そう言って彼を見上げると困った顔をしていた。

困らせていたとしても譲れない。


「……分かった。治療しよう。

一緒に来てくれるか?」


「勿論です」


鼻をすすりライチはセシルの体を抱きしめるようにして歩き出した。


治療の間二人は黙ったままだった。

治療師に「安静にしないとダメだ」と言われセシルはここで暫く休むことになる。

治療を終え僅かばかり顔色の良くなったセシルは、治療室の小さなベッドに体を横たえた。

白い包帯が痛々しく目につく。


「取り敢えず手当は済んだ。あとは自然に治るよ」


治療師はそう言うと部屋から出て行く。ライチは彼に頭を下げた。


二人きりになると気まずい沈黙が流れる。

ライチは重い口をやっとの思いで開いた。


「……なんで一人で戦ったんですか……」


責めるようなことが言いたいわけじゃない。一番に体を気遣いたい。それでもどうしても、そのことが気になった。


「私はっ、戦えないから……足手纏いなのは分かります。

でもセシルさんだけに負担かけるようなのは嫌です」


「……フリーズとお前に攻撃してるマックィーンを見て、頭に血が上ってた」


セシルは小さく「ごめん」と囁く。

ライチは彼の側に立つとゆっくりと抱きしめた。

セシルが座っているから、彼の頭がライチの首辺りに来る。


「死んじゃったらどうしようと思いました」


「うん」


僅かにセシルが頷き髪の毛がライチの肌をくすぐった。


「不死だから、たくさんの人の死んでいくところを見ました。でも私嫌なんです。人が死ぬところなんてもう見たくも聞きたくもない」


「……うん」


悲しげな吐息が漏れる。ライチはギュッと腕に力を込めた。


「置いて行かないでください……。足手纏いにならないようにしますから、側にいさせて欲しいんです」


「ライチ……」


「……無事で良かった」


「……うん」


暫く二人は抱きしめ合っていたがセシルの体から力が抜けていくのを感じ彼女は離れた。

眠るのだろう。彼は壁に人の体をもたれかけてゆっくり目を閉じた。


「お休みなさい」


微かな寝息を立て始めたセシルの頬にライチは口付けをした。

それから手近な椅子に座り彼の寝顔を眺める。

無事で良かった。傷だらけなのが痛ましいけれど、それでもこうしてまた会えた。

それが信じられないほど彼女にとって嬉しかった。


きっと自分はセシルのことが好きなのだ。


いつの間にこんな気持ちが芽生えていたのだろう。

自分の彼への気持ちは尊敬や信頼、そういった類のものだと思っていた。だが違う。これは恋だ。

そしてセシルに恋焦がれるのは当然とも言える。

彼はいつだってライチを救ってくれるのだ。


背もたれに体を預けながらセシルを見つめていると、ライチは穏やかな気持ちになった。

誰かに対して愛おしさを感じるのは本当に長いこと無かったことだ。

……それこそ、このおぞましい異世界に来てから初めてのこと……いや、来る前のあの日、ライチの心が壊れてしまったあの日以来無かったことだ。


*


目を開けるとライチが椅子に座って眠っていた。

穏やかなその表情にセシルの心が温かくなる。


先ほどのライチはいつもと雰囲気が違った。

怒り、泣いて、そして抱きしめ側にいたいと掠れ声で言う彼女は普段の弱々しく儚い姿ではなく、意志の強く清らかな女だった。


彼は痛みを堪えながら身を起こしライチの手に触れる。暖かい。

この手でもう一度抱きしめてくれないだろうか。


「ライチ」


名前を呼ぶが反応は無い。

無防備な彼女を微笑ましく思いながら彼は頬に触れた。


「あんな風に抱きしめられたら離れられなくなる」


きっと彼女はそんなこと知る由も無いだろうけれど。

だが側にいたいと言ったのだから、側にいてもらおう。

例えライチが心変わりして離れたいと言っても離すつもりはさらさら無い。

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