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自分の手のひらさえ見えないような暗い街で*

マックィーンの尻尾が楽しげに揺れている。

……ケイトはまだ話が通じる。だがこの男はダメだ。まるで通じない。

今だって笑いながら自分に刺さった槍を抜いているではないか。それも正気とは思えない笑みだ。


「……ケイト様はどこです」


「さあな。俺は先に来てコムの手伝いをしていたから」


なんの手伝いだろうか。

セシルは必死に考える。しばらく接してコムがこちらに敵意が無いということは分かった。

ジェイコブスさえ関わらなければ彼はむしろ温厚な方だ。

しかしケイトたちは、セシルたちをどうするつもりなのか。

ジェイコブスはケイトたちのチームについているだけで同じ考えを持っているとは考えにくい……だからケイトの腹が読めない。


「……遺骨が、欲しいんですか」


「欲しい……いや、正体が知りたいみたいだ。

ケイト様はこの世界で一番強い。骨の力なんて無くたっていいはずなんだけど……」


目的はコムが語ったことと同じだ。彼は存外素直に教えてくれたようだ。

だが油断はできない。今だってマックィーンの赤い瞳はギラギラと獲物を狩る獣の瞳でセシルを見つめている。


「さて、始めようか」


マックィーンは黒い腕で槍を構えた。血はまだ止まっていない。


「……まだ怪我が治ってないようですが?」


「大したことない」


無益な戦いだ。むしろ戦えば損をする。

マックィーンを殺すことはできないが、セシルは容易く死んでしまうのだ。

だが……死ぬつもりは毛頭ない。

フリーズの腕のこと、ライチの首を折ったこと……許せはしなかった。

彼は仲間に手を出されるのが何より嫌だったし、それをされると制御できないほどの怒りを覚える。

それがなぜなのか考えるまでもない。


コペンハーゲンの仲間たちはセシルにとってただ仲間というだけでなく、手足であり心臓だった。仲間といることで肉体を得ていた。

それを失ってセシルは居場所を、肉体を失ってしまった……ただずっと魂がフワフワと浮かんでいるような感覚があの時から離れない。

そして、こうして再び肉体に傷を付けられたのだ。ただじゃ済まさない。

……それにマックィーンは話が通じる相手じゃないだろう。今もセシルにいつ飛びかかってくるか分からないような視線を送ってくる。こうなったらセシルの意思は関係なく、気が済むまでマックィーンと殺し合うしかない。

セシルはボウガンを下ろした。

この男にこんなものは効かないと気付いた。邪魔になるだけ。

代わりに腰布と一緒に巻いていた袋からナイフを取り出す。


「そんなので良いのか?」


「まあ、どうせあなたは死なないようですからね」


「そうだな。

……早くお前の首を跳ねてやりたいよ。きっとケイト様は喜ぶ」


そう言って、マックィーンは赤い腕にも槍を持った。

そのまま、マックィーンと槍がセシルの方へ向かってくる。

周りの住民はこういったイザコザは慣れたもので止めるどころかヤジを飛ばすものまでいた。


「変わった刑ですね」


彼はスルリと攻撃をかわしながら鼻を鳴らす。

腕が増えるなんてむしろ便利になってるじゃないか。セシルがマックィーンを見ると彼は怪訝な顔をした。


「何言ってるんだかな」


彼の動きに隙は無い。さすが地区長の側にいるだけある。

見た目通りの力だ。一撃一撃は重く、岩に当たるたび重い音が辺りに響く。

それでいて動きは素早く、また腕の数も多いせいで、少しでも気を抜けばこちらが腹に穴を開けられそうになる。

守護の魔法はどこまで効果があるだろう……。

先程から攻撃が当たるたび掛け直しているが、その集中力もいつまで保つか。

これならまだ化け物を相手にしている方が楽だ。

セシルは攻撃を避けながら少しずつ移動する。

ここは足場の悪い岩だらけだ。

獣の足が痛む。靴を履けないこの体は本当に厄介だ。


時々、攻撃を与えるフリをしながらジリジリとセシルは移動を続けた。

あともう少しで街の変わり目だ。

マックィーンが槍を投げる。彼はそれを避け、逃げ込むようにシップスの街へ入った。


街の境目で男たちは向かい合う。


「逃げたって無駄だぞ」


赤い目を細めて男が笑った。

街を越えることなど怖くもなんともない、そういう笑みだ。

そんなのは分かっている。この男が日が経つのを恐れるような思考は持っていると思えない。


だが街に入ってマックィーンは立ち止まった。

彼からは今この街がどうなっているか見えないに違いない。

シップスは暗闇の街だ。

セシルのように暗闇で目がきかないと自分の手すらも見えないだろう。


「……考えたな」


喜ぶような声がする。マックィーンは悔しそうに眉を寄せながらも口角は上がったままだった。

セシルは舌打ちしたくなるのを堪える。まだやる気らしい。


だが自分の読みが当たって良かったと胸を撫で下ろした。この人外のことだ、暗闇で目が見えたっておかしくない。

しかしマックィーンの飛んでいる腕を警戒するように振り回している姿からして今セシルがどこにいるかは気配でしか感じ取れていないようだ。

賭けに出て正解だった。賭け事はオニツカに任せておきたかったが。


セシルは音を立てないよう慎重に豹の体を動かす。

辺りは沼地で、地面は柔らかい。セシルにはどこが地面でどこが沼なのかよく見えた。

この体の良いところはハンターの体ということだ。

音も無く獲物に近付ける。


彼はパッと飛び出した。マックィーンの浮かぶ二本の腕に向かって……。

まず、この赤い腕をどうにかしないことには動きにくくて堪らない。


鱗の生えた腕を掴み二本の手首を捻りあげた。呻き声がする。痛覚はつながっているようだ。

そのまま手首をへし折りセシルは腕を地面に叩きつけた。

マックィーンがライチと同じ不死身だというのなら……死なない限り傷はすぐには治らない。


「……ここで死ぬ訳にもいかない」


彼はポツリと呟いた。

顔は地面に落ちた腕の方を見ている。腕がどこにあるか分かるらしい。セシルは腕から慎重に後退する。

次に狙うのは本体だ。

セシルはナイフを構えた。


マックィーンの尻尾の先は警戒するようにピンと立っている。

少しの音も聞き漏らすまいと、目を閉じジッとしていた。

だがもうセシルは目の前にいる。

この男の首にナイフを……。


ナイフを振りかざしてからセシルは自分の判断が誤っていたと気がつく。

音を聞くためにジッとしていたのではない。こちらの油断を誘ったのだ。


セシルのナイフがマックィーンの喉に突き刺さる。

それと同時にマックィーンの槍がセシルの獣の脇腹に突き刺さった。

彼は呻き声を上げた。どうせなら人の腹に刺していれば……こっちなら内臓は入っていないのに。

だが、守護の魔法をかけていたお陰で血は溢れたが内臓までは達していないようだ。

もっと集中しなくては。守護の魔法がうまくかけられていない。


「オマエ、不意打ちは得意みたいだが……あんまり……戦い慣れてないだろう……」


マックィーンは喉からゴボゴボと音を立てながら笑っている。

セシルは答えなかった。

銃撃戦は幾度となく。そして彼の言う通り油断している相手を殺したことだってある。

だが真正面に殺し合うのはこの世界に来てからくらいのものである。


「今のはどこに、刺さったかな……。腹?

……次は……首だ……」


フラフラと彼は動きながらセシルの方に槍を突き出した。

まだ死なないのか。

彼は躊躇うことなくマックィーンに飛びかかった。彼の足を掴む。そして太ももにナイフを突き立てると縦に引き裂いた。

硬い皮膚が引き裂かれ鱗がぶちぶちと剥がれていくような感覚がある。マックィーンが短い悲鳴を上げた。

反対の足でセシルの体を蹴り上げる。

重い蹴りで彼は沼地に体を叩きつけられた。

刺された脇腹が痛む。だが、まだだ。反対の足も動けないようにしなくてはこの男は立ち上がってくる。

セシルが立ち上がった。


ふっと何かが焦げるような匂いがナイフを握り直した彼の鼻を覆う。

熱く、明るい何かがこの街に入って来ている。


「ケイト様……」


マックィーンが悲しそうにその名前を呼ぶ。


セシルは舌打ちした。堪える余裕もなかった。

まさかケイトまでこちらに来てしまうだなんて。最悪の状況だ。


「……マックィーン……」


辺りが照らされる。沼地の真っ黒な土も、歪んだ建物も、血まみれのマックィーンも、そして自分の姿すら露わになってしまう。


「……すみません、殺しきれなくて」


「どういうことだ……? なぜ、お前は倒れてる……その怪我は……なんだ」


ケイトは唖然としたように呟いた。


「地の利……でしょうかね。私は暗闇で目がきかないので」


「そういうことじゃ……ない。

……セシル、お前がやったのか……」


ケイトがゆっくりとセシルに顔を向ける。炎の中落ち窪んだ眼窩が彼の姿を捕らえていた。


「そうです」


そうとしか答えようがない。セシルは頷いた。


「……ふざけるな」


嗄れた声が怒りで震える。

炎がごおごおと音を立てて燃え盛っている。


「お前、ごときが、私の物に、手を出していいと思うな……!

不敬罪だ! 殺してやる……」


スルリと何かがセシルの首を撫でた。彼はハッとして首に手を当てる。

縄が彼の首に掛かっていた。それが引き上げられる前に彼はナイフでそれを切り立ち上がる。


「落ち着いてくださいよ、そもそも発端はマックィーンさん側にあるんです」


「だからなんだ……。どんなに……マックィーンが悪くても……お前らは殺されてれば、良いんだよ」


最悪に横暴である。

セシルは一歩後退した。

興奮して我を失っているようだ。これじゃケイトとの話し合いなんて出来るわけがない。


「逃げるなよ……処刑、だ。処刑してやる。

許されると思うなよ……地獄で詫びろ!!」


炎の腕がこちらに伸びる。また縄が降りてくる気配がしてセシルは弾けるように飛び出した。

ケイトから身を隠さなくては。


ケイトの刑は言わずもがな、あの炎だろう。

そして彼女の祝福は目に付いた人間を縄で吊るすものだ。

彼女が恐れられている1番の理由はこの祝福にある。

これはニコの槍以上に厄介で、気が付いたら天から降りる縄に吊るされ殺される。

首が異様に伸び、糞便を垂らした死体が時々街にあった。ケイトを裏切った人間たちの末路だ。


なんとかしてケイトには冷静さを取り戻して貰わなければならない。

セシルは近くにあった建物の陰に隠れながら二人の様子を伺う。

マックィーンを傷つけたのは悪手だった。しかしそうでもしなければマックィーンを止めることはできなかったのだから仕方ないことだろう。

それよりこれからどうするかを考えなくては。

チラチラと炎が目の端に見える。

彼女がどこにいるか嫌でも目についた。こちらが見えるということは、あちらも見ている可能性がある。

様子を伺うのはやめ彼は額を抑えた。


こうなってしまうとマックィーンと同じように戦闘不能に追い詰めることでしか話を聞いてもらえるチャンスは無い。

セシルは重々しく息を吐く。やるしかない。


彼は建物の陰から慎重に出て行く。

……だがケイトの姿が無い。

予想外のことにセシルは面食らう。街を出たのだろうか……?

それはあり得る。コムやジェイコブス、他の自治チームの力を使ってでもセシルを殺そうとしてくるかもしれない。

彼はゆっくりと警戒しながら、先ほどまでケイトがいた場所に近付く。

ふと、マックィーンの死体が吊るされているのに気が付いた。

天から伸びた縄が彼の肩と膝に結ばれている。

凄まじい血の匂いがして、腹からは内臓が零れ落ちていた。

意識は無いだろう。これだけ血を……。

いや、何故だ。セシルは確かに足を刺した。

なのに何故腹を切られている?


足元から何かが蠢く気配がした。

セシルは慌てて飛び退くが、パンという鋭い発砲音と共に左肩が熱くなった。

銃?


「中々良いじゃないか」


マックィーンの零した血溜まりから声がする。

うずくまるように女が座っていた。手に持つ銃口からは煙が出ている。いつの間にそんなもの持っていたのか。

彼女はゆっくり立ち上がった。血に塗れた肢体がセシルの瞳に映る。


「……火を消すためにマックィーンの血を被ったんですか……」


「そういうことだ。

こうでもしないと君は捕まえられそうにないからな」


嗄れた声ではない、想像より幼い声がした。

血を飲んで喉の火も消したのだろうか。

その顔にはギラギラと輝く瞳がある。


自分の首に縄がかかるのを感じた。セシルはまたナイフで切ろうとした。だが今度は右手首を撃たれてしまう。

ナイフが湿った地面に落ちた。


「ヴィヴィアン。問題ばかり起こすが、この武器は気に入ったよ」


彼女の体が再び炎に包まれていく。血が乾いたのだ。

セシルの喉が締め上げられる。体が浮いていく。


「死ぬ前に、一つ教えてやろうか……。

私が……どうして生きながら燃やされるのか」


嫌な輝きを放つ瞳が燃えていた。どろりとそれが溶けるのが見える。

代わりにあるのは落ち窪んだ眼窩だ。


「私は……山にいる……獣を燃やしてたんだ。

生きたまま火を付けると……アイツらの、悲鳴のような、呻くような……鳴き声がするんだ……。酷い声だよ……。耳をつんざくような……。

私はそれを聞くのが好きだった……。逃げ惑う獣を、燃える山を見るのが、何よりも……」


ケイトは笑っていた。

大きく両手を広げセシルに近付いてくる。


「ずっと思ってた……。君も……良い声で鳴くだろうと……」


「は、どうでしょうね」


この女、俺を吊るしながら燃やす気か。

セシルの首筋に怖気が走る。イかれてる。


「安心しろ……。君さえ死ねば、他の奴らに手を、出さない……。

約束するよ……」


豹の模様が炎に照らされつやつやと輝いた。


「それは、嬉しいですね」


だが死ぬ訳にはいかない。彼は素早く突き出すと彼女の腕を掴んだ。

守護の祝福をかけていたのだ。銃弾は彼の体に当たるだけで傷を作ってはいない。そして彼の手のひらも守護の力によって燃えることなく炎を弾いている。

セシルはそのまま腕を捻りあげた。ポキンという音と、小さな悲鳴が聞こえる。


彼は首から下げた十字架を握った。

先が尖ったこれなら……セシルは背を伸ばして十字架を縄に突き立てた。何度か突き立てていると切れ目が入る。

彼は縄に体重をかけ引き千切った。首が絞まったが、ブツンと音がし、喉が苦しさから解放される。

貧血でふらつく体を支えつつセシルはケイトを見た。

彼女は体を折り曲げ震えている。


「……ハハ、そうか。フフフ……」


ケイトが不気味に笑っている。


「まだやりますか?」


彼は炎の体を見下ろした。ケイトはセシルを見上げるとゆっくり息を吐く。


「……首を」


「え?」


「私の……腕じゃなくて、首を捻ることだってできたはずだ……そうだろう……?」


彼女の問いにセシルは頷く。この世界に来てから首を捻って人を殺すのがすっかり特技になってしまった。


「私を殺せば……地区長の座に、なれたかもしれないのに……」


どうだろうか。未だに腹から血を垂れ流し続けるマックィーンを見る。

この男はそんなこと許さないだろう。


「殺す理由は無いですから。

そもそも、私はあなたと話がしたくて来たんですよ?」


「……話……」


「遺骨のことです」


ケイトが「ああ」と声を上げた。


「あれか。……なるほど、協力したいと……?」


セシルは何度も頷く。やっと落ち着いてこちらの話を聞く気になったらしい。


「そうです」


「……そうだな……。そんなつもりは無かったが……君はかなり、強いみたいだし……良いかもしれない」


あっさりとした言葉にセシルは拍子抜けした。

全くもって、こんな風に戦う意味など無かった。

ケイトもそう思ったらしく「……最初から……話してくれれば良かった、のに」などと言っている。


「……言いましたよ……」


彼は大きく息を吐いた。

それを見ていた彼女は堪えきれないとでもいうように吹き出し、身をのけぞらせ笑い始めた。炎が楽しげに跳ねている。

何が面白いのか……セシルは傷付いた体をゆっくり地面に横たえた。

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