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愛の呪いと救済

セシルたちはいつまで宿に居座るつもりだろうとエルシーは少し思うが、罪悪感もあるので退けとは言わない。

それにライチがこっそり化け物の首を渡してくれた。

それは他の面々も気付いているだろうが、特に何か言われなかった。

奇妙な共同生活が始まったようだ。


いつもの通りに宿の外の掃除をしていると軽やかな足取りが聞こえてきた。

可憐な少女の姿が見える。

エルシーは掃除道具を投げ出して彼女に駆け寄って行った。

どこに行くつもりなのだろう、またジーナに接触するのだろうか?

あのようなことが再び起こるのは嫌だが、次こそはヴィヴィアンの力になりたい。


「ヴィヴィアン様!」


ヴィヴィアンはくるりとこちらを向いた。

愛らしい少女のその姿にエルシーの胸が詰まる。


「……ああ、君か……」


エルシーは彼女からもう「いらない」と言われてしまっている。

だとしてもエルシーはヴィヴィアンに縋り付いていたかった。


「ヴィヴィアン様、お願いです、あなたを想わせてください。

他に何もいらない。あなたの目障りになるようなことはしませんから」


エルシーは跪き、祈るように両手を合わせ懇願した。

だがヴィヴィアンは神などではなく懇願など無意味だ。


「それが目障りなんだって」


彼女の無慈悲な笑顔にグラスアイが失意に染まる。

美しい少女は陶器の体を抱きしめた。


「さようなら」


そう言われた途端エルシーは体の空洞を感じた。ヴィヴィアンが体を離すと同時に何か大事なものが抜け落ちた。

エルシーは目の前で微笑む可愛らしい少女を見つめる。

自分の大事なものはやはり祝福によって作り出されたものだった。

自発的なものではなかった。


ヴィヴィアンに何か言いたいが言葉にならない。エルシーは苦しげに喘ぎ言葉にならなかった息を飲み込む。


フリルがふわりと翻りヴィヴィアンは地面に崩れ落ちたエルシーを置いて去って行った。寂しさも感じない。

ただどうしようもない強大な喪失感だけがエルシーの中に残っていた。


道端に蹲っているとコツコツとヒールの音が聞こえてきた。

コムはこんな惨めな自分を見てどう思うだろう。

泣き顔なんて見せられない。エルシーはゆっくり立ち上がりコムに笑顔を向けた。


「……終わったよ」


彼はいつものようにエルシーを見下ろす。

哀れみの無い表情に彼女は少しホッとした。


「おいで。帰ろう」


「帰るってどこに」


「宿だ」


彼は長い腕を伸ばしエルシーの手を取った。

優しい声音に笑顔が保てなくなる。

彼女の声が震える。


「わ、わたし、自信があった。この気持ちは、祝福によって、作られたものじゃないって。

でも違った。祝福でできたもので、わたしが、大事にしてたのは、なんの意味もない……」


陶器の体は涙が出ない。苦しい。悲しみが発散出来ず体に溜まっていく感覚がする。


「きっとわたしは街でヴィヴィアン様を見ても、前みたいに、心踊ることはない。ああ、いるなって、そう思うだけだ。作られた愛だったから。

あんなことした、私っでも、誰かを愛せるなんてこと、なくて」


「エルシー」


コムはしゃがんでエルシーと目線を合わせた。黒い瞳がぶつかる。


「くるしい、ハ、大きな塊が喉にある感じがしてっ、わたし、息なんてしてないのに、くるしいんだ。たすけて、くれ」


「形だけでいいから深呼吸してごらん」


なんとかそれらしいものをしようとエルシーは口を開けるが、体の空洞に何も入らない。

救いを求めもがく彼女をコムが抱きしめた。


「一緒に吸って、吐いて」


コムの息遣いを感じる。

彼女の背中に回った手の感触、吐息、膨らんでは萎む肺の動き。

胸に耳を当てるとトットットッという少し早い心音も聞こえてきた。

振動が伝わり陶器を響かせる。

エルシーは形だけ息を吐いた。喉に詰まったあの嫌な感じが無くなっている。


「……治った……」


「ん。良かった」


コムがぎごちなくエルシーの頭を撫でた。そして愛おしげに、何かを諭すようにエルシーの耳元に囁く。


「……全部夢だったんだよ。

可愛い女の子に恋をして、夢中になる。その子のためならなんだって出来て、エネルギーが湧く。

素晴らしい恋をする夢だ。

夢は好きだろう?」


「うん……」


「たまに思い出して、ああ良かったと思えば良い。

物語の好きなシーンを思い出すみたいに」


夢だったのか。彼女は息を吐く。そうか、それなら自分は今、目が覚めたのだ。


「良い夢だった」


エルシーがそう言うと、コムは腕に少しだけ力を込めた。


*


狭い路地を歩く。地面に生えた枯れかけの植物に袖が引っかかり、ジェイコブスは息を吐きながら植物を引き抜く。

ボリューミーなスカートは動きにくく、フリルは何かに引っかけやすい。

それでも彼は轢き殺された少女の為にこの服を着るのだ。


ジーナとの別れは辛い。また会えると分かっていてもずっと側にいたかった。

けれど仕方がない。彼女を人質にされているんじゃジェイコブスだって動きようがないのだ。

セシルたちはジェイコブスを警戒して、前以上に隙が無くなってしまった。あの豹男は隙だらけに見えて隙が無い。常に複数人で行動させ明らかに怪しいものには近づかない。

チーム間の情報共有もしっかりしている。

……こんなことならセシルと行動を共にする前にジーナを誘えば良かったか。

だがそうなると彼女を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。

忌々しい少女の体は彼から力を奪ってしまった。


何かしら方法を考えないと……そんなことを考える彼の前が暗くなった。


「コム」


ヒールを履いた、真っ黒い男。

コムは薄暗い瞳でジェイコブスを見下ろしていた。


「……随分と、大暴れしたな」


震える声だった。

普段なんの表情も浮かばない顔には怒りが滲んでいる。

あの件以来彼はセシルたちとの接触が増えた。当て付けだろう……こちらがジーナと話せないと分かっていながら。そういう陰湿なところが鼻に付く。

それにケイトから信頼されているコムは自由に行動できる。

彼女の仕事を果たせずこれから怒られるだろう自分とは違う。


「大暴れ? そうかしら? そういえば君、邪魔をしてくれたらしいね。

僕が祝福をかけた人を呪ってたらしいじゃない」


お陰でだいぶ予定が狂ってしまった。

彼はジェイコブスの行動を黙って見ているしかないと思ったのだが。


「全く忌々しい奴だ。エルシーを人質にとって俺を動けなくしたつもりか?」


「そうだけど」


彼の呪いは1人につき一つで、かける相手に宣言しなくてはならない。

人間の見た目になる呪いをエルシーにかけている以上、ジェイコブスを愛さなくなるという呪いを彼女にかけることはできない。

つまりエルシーが望まない限りコムはジェイコブスの祝福を呪うことは出来ないのだ。


「そんなに、ジーナさんと話した俺が憎いか」


そうだ。全くその通りだ。ジーナはジェイコブスの妻なのに、気安く話しかける屑が多すぎる。全員に罰を受けて死んでもらわないと。

だがコムは同じ自治チームの管轄にいるし、殺してしまうと後で厄介なことになる。

だから彼の愛するエルシーに祝福をかけ操った。


「僕の妻に近づく奴は許さないよ」


「……そうか。まあ、俺も同じ気持ちだよ。

友人を傷付けたお前を許すことは出来ない。

せめて祝福をかけ続けてやれば良かったのに……それを彼女も望んでいた。

お前にとってエルシーは道具なんだろうな。

だが俺にとっては違う」


コムの黒い瞳は怒りに満ち溢れている。どうやらジェイコブスの想像以上に彼はエルシーを愛しているようだ。

エルシーは人形なんだから道具として扱うことに問題があると思えないが。


彼にはジェイコブスの祝福は効かない。

ジェイコブスの祝福は、少女に感じる父性や母性、性愛、慈愛、友愛等のいずれかが無いと強くかからないからだ。

コムにそれは無い。彼は人間を愛さない。


一度撤退して適当な人を捕まえてからなんとかしよう。

しかし後退したジェイコブスの腕を何かに、掴まれた。

目の前にコムがいるが彼は微動だにしていない。仁王立ちのままジェイコブスを見下ろすだけだ。

じゃあこれは……嫌な予感がしてゆっくりとそれを見る。

真っ赤な鱗の生えた腕だけが、しっかりとジェイコブスを捕らえている。


「マックィーン……」


「ずっと気になってたんだが……お前の耳は左右で大きさが違うんだよ」


「……まさか」


「切り落とそう。左右で揃えるんだ。そしたらきっと少しは好きになれる」


彼が胸ポケットから金属の義耳を取り出した。

最初からこのつもりだったのか。


「離しなさいよ。というかこんなことしてケイト様に何言われるか分からないよ?」


「そこは安心していい。ちゃんと許可は取った」


「は?」


「命や行動に支障が出なければ何しても良いと言われてる。

ああ、そう。俺は元々医者だった。切って縫うのは得意だからそこも安心してくれ。

縫い目もきちんと左右で揃えるよ」


コムが近付いてくるヒールの音がする。ジェイコブスは逃げようと体をバタつかせるが、たった一本の腕から逃れられることができない。


「なんでお前はコムに協力するんだ!」


「子供の肉は美味いからな」


背後から男の声がした。

逃れられない。ジェイコブスは息を吐いた。

この世界には変態しかいないのか。

ライチが宿で聞いた2人の会話。





「……辛いなら俺が呪ってやる。

気持ちを無くすことくらい簡単だ」


コムはぎこちない手つきでエルシーの頬に触れた。

彼女は悲しげな目を向ける。


「……ありがとう。

でもそれでも、ヴィヴィアン様が好き。報われなくても良い。この苦しみすら愛おしいから」


そう言ったエルシーの、なんと美しいことか。

コムの胸は張り裂けそうになる。


「ハハ、この体じゃ涙も出ないな」


声は悲しげに震えている。グラスアイは乾いた輝きのままだ。


「……あの人が好きなんだ。それが祝福によるものだとしても。

ああでも……一生報われないって分かってるのは、辛いなあ……」


悲しいエルシーの呟きにコムは「そうだな」と同意した。

報われなくて苦しい。それでも彼女が愛おしい。

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