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赤い空は曇っていた

赤く、少し歪んだ視界。

ジーナはお面から顔を離した。ニコが戦いの最中落としたお面は彼女が拾っていた。

ウサギの目に嵌められたガラスは赤い塗料で塗られていて世界を赤く染めているのだ。

よくこんな視界でいられる、とジーナは感心する。


フラフラとした人影が目に入り彼女は立ち上がった。

内臓に損傷を負ったらしいがそれにしては顔色は良い。


「ニコ! 大丈夫なの?」


「うん。元気」


「ああそう」


ジーナは受付のカウンター横にポツンと置かれた椅子に腰掛けた。彼もその横に座る。


「久しぶりに顔を見た気がするわ」


この言葉に彼は自分が面をしていないことに気が付いたようで、ジーナが面を渡すと慌てて被った。


「危ない危ない。

裸眼だとつい槍飛ばしちゃう」


「このお面、見にくくないの?」


「慣れればなんてことないよ。今もしてないのに気付かなかったくらいだし」


「綺麗な顔なのにお面しちゃうの勿体無いわよね。眼鏡とかじゃダメなの?」


綺麗、というより中性的というか。それに優しそうな顔に見える。

オニツカも穏やかそうに見えるし人は見かけにはよらないものだとジーナはつくづく思う。

ジェイコブスだって見た目だけはとにかく良かった。


「綺麗だなんておだてても何も出ないよ」


「……額の傷を隠す為?」


ニコは面越しに額を押さえる。

彼の額に走る、長く赤い傷跡。それが何を意味するのかジーナには分からなかった。


「みんなには内緒だよ。

あ、というかみんなは?」


「お酒呑みに行ってるわ」


「元気なもんだね」


「セシルは情報があるって聞いてそのまま、オニツカと一緒に行っちゃったのよ。

オニツカ酒癖悪いのに……」


「酒癖が悪いっていうか正気じゃいられないんでしょ」


「そうかもね」


薬物をやめないのもそれが理由だろう。

オニツカはフィジカルは強いがメンタルは脆い。その上依存体質だ。

その点は是非フリーズを見習ってほしい。

彼女は動物のように直感的だと以前ニコが話していた。

確かにそうだろう。物事を深く考えず無理だと思ったらさっさと逃げるのでメンタルがやられることは少なそうだ。

ただ直感で動きすぎてトラブルを起こすのが問題だ。

今まで何度も何度も……。


「その顔、さてはフリーズのこと考えてるね?」


ニコがくすりと笑う。そんなにイラついた顔になっていただろうか。彼女は眉間のシワを指で伸ばす。


「全く……ウチのチームはどうしようもないのばっかりね!」


「あはは……。

でもオニツカとフリーズ2人を足して二で割ると丁度良くなるよね」


「お酒好きが加速するだけじゃない?」


「それはそうだね。

はあ。僕もお酒飲みたいけどこの怪我じゃねえ」


お腹を撫で摩るニコに彼女は胸が痛んだ。


「……ごめんなさい。あなたを巻き込んで。

……あなただけじゃないけれど」


「……それセシルに言った?」


彼女は微かに頷いた。金の髪が揺らめく。


「そういうもんだって言われたわ」


「だろうね。セシルはチームとしての意識強いから。1人の問題は全体で解決するものだと思ってる」


「あなたは?」


「僕はあんまり、どうかな? そういう気持ちは無いと思う。

でもね、今回の件に関してはジーナが一番の被害者だと思ってるよ」


ジーナは暗い瞳でニコを見る。彼は優しく微笑んだ。


「君もジェイコブスに巻き込まれたんじゃない?」


この質問に彼女は答えなかった。巻き込まれたというか……飲み込まれたという方が合っているのかもしれない。

ジーナの人生はジェイコブスの執着に飲まれ抜け出せない。


「ジェイコブスのこと恨んでる?」


「どうかしら。

ジェイコブスに対しての感情が複雑すぎて……どうしたらいいのか分からない」


ジーナはそう言って力なく微笑んだ。その瞳には諦観が宿っている。


「複雑って」


「私の人生を滅茶苦茶にした元凶だもの、憎くて憎くて堪らない。すごく危険な考え方をするし攻撃的だし、人を、多分何人も殺してる。こちらが何されるかも分からないから怖くもあるわ。

でも私を守ろうとしているのは真実よね……私に関することだけでも許すべきなのかどうなのか」


ニコへの仕打ちを考えればやはりあのとき殺すべきだったのかもしれない。ジーナは胸を掻く。

だがジェイコブスはひどい妄想に取り憑かれているのだ。そのために行動している……それを全て否定することはできない。

妄想はヴィヴィアンの事故で始まったものだから。


「ジーナ……君は公平に物事を捉える。捉えようとする。

君にはジェイコブスの愛が確かに本物だと伝わっているんだろうね。

でもね、許さなくて良いんだよ」


「ならどうすれば?」


「どうもしなくて良い。そんなの、決める必要ない」


ハア? と言わんばかりの顔でニコを見上げる。茶色の瞳には僅かに生気が戻ってきていた。


「その時の気分で決めれば良いんだよ。

今日は良い気分だ。じゃあ優しくしてやろう、とか。

今日は嫌なことがあった。蹴り飛ばしてやろう、とか」


「単なる八つ当たりじゃない。最低だわ」


「別に良いだろ? 君はもっと最低なことをされたんだ」


ニコはお面を外した。


「人間関係を築こうとしないで良い。あれはケダモノだ。

君が善くしようと悪くしようと都合よく捉える。

なら君も彼を都合よく扱えば良い。

ストレス発散の道具でも、自分の罪悪感の慰めでも、なんでもさ」


瞬かせ、そして戸惑い瞳が揺れる。

だがそれは、とジーナは首を振った。


「そんなことしたら、私はそれをされて当然の人間だと思われる。

同じところまで落ちたくない」


「落ちた先がここだよ」


ニコは哀しげな目を細めて優しく微笑んだ。

その柔らかで虚しい表情をジーナは見つめやがてゆっくりと頷く。


「……そうだったわね……」


ここは救いのない世界だということを彼女はすっかり忘れていた。


「いきなり君がジェイコブスをそう扱うとは思えないけど。考え方の一つとして覚えておいてもいいんじゃないかな。

こう考えると少し楽にならない?」


ニコが優しくジーナの手を握った。

彼の冷えた手の感触に少し驚く。不快感は無いが、熱も、感情も感じられない不思議な手だった。


「確かにそうね」


「……僕は健全な恋をしてきていたからジェイコブスのような異常者から執着されたことも無いし、一方的につきまとったことも無い」


自嘲するような笑みを浮かべ、ニコが言葉を続ける。


「君の苦しみは君だけの物だ。

でも誰かに話すと楽になるってこともある」


言われて気がついた。ジーナは今まで誰かにジェイコブスのことを相談したことがあっただろうか?

いや、無い。

ジーナの母親はジェイコブスの味方だった。誰もがヒステリックなジーナよりも美しく外面の良いジェイコブスの味方だったのだ。

ジーナに相談相手なんていなかった。


「……ありがとう」


解決できなくても考え方を変えれば少し楽になるものなのかもしれない。それは彼女1人では気付かず、こうして誰かが助言してくれることで気付けるもの。


「どういたしまして。たまには教祖らしく迷える者を導かないと」


おどけて見せるニコにジーナはもう一度礼を言った。

窓から見える空は暗く澱んでいる。

この街の空が晴れることはない。

ジーナの心もまた同じだ。

だがそれで良いのだろう。

苦しみから逃れようとどんなにもがいたところで過去は変えられないし逃れられない。

ヘドロのようにへばりつき眠ることすら許さないもの。

それを振り切れないのなら抱えて生きていくしかないのだ。

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