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下卑た笑いが響き出す

ページは衣擦れの音で目が覚めた。

既にレオは起きていたらしい。彼は一度もレオが眠っている姿を見たことが無い。

眠るんですか、と聞くと当たり前でしょう、と言われた。だが嘘つきで奇妙な彼女のことだ。どこまで真実か分からない。


「……今日は、どこに?」


寝癖でうねる金の髪を手櫛で整えながらページは伸びをした。

体には花びらがいくつも落ちている。花の咲く木の下で寝ていたためだ。

彼は花びらをマメだらけの手のひらに乗せる。寄りかかって寝ていたせいで、木の時間が進んだらしい。

人が触れるとこの世界の物事は時を進める。

ページは息をフッと吐いて花びらを飛ばした。


野宿にもすっかり慣れて熟睡できるようになった。

……いや、いつから慣れたのか、そもそもベッドで眠るような生活を送っていたのか。彼には見当もつかない。

レオと出会う少し前までの記憶は全て失っていて、ただこの世界が彼の元いた世界と違うこと、女神という存在がいて能力を与えられていること、化け物がなぜか人々を襲ってくるということしか分からなかった。


「そうですね、どこに行きましょうか」


見当もつきませんね、とレオは美しく微笑む。

ハーフアップにされた薄紫の長い髪がさらりと流れた。

薄紫の髪の毛の人なんてページは知らない。だがこの世界には色々な人種が集められていて、彼の知識ではあり得ない姿の人々もよく見かける。


「……目的地決まってるんでしょう?」


「そんなことありませんよ」


嘘だ。レオの言うことは基本嘘である。

最初は戸惑っていた彼も徐々に慣れてきて、嘘をついている時がわかるようになってきた。

目的地をページに言いたくないらしい。仕方ないので彼はそれ以上聞かなかった。

記憶を失う前から持っている腰に下げた鉄の塊を確認する。

「あなたが作ったはずですよ」レオにそう言われていたがもちろん記憶に無い。

何度か練習したが扱いが難しく、これを使うくらいなら他の道具でいい気がした。それでもレオが必要だと言うので捨てないでいる。

彼女を見ると首に巻いた猿轡を調整して立ち上がったところだった。


「行きましょうか」


ページもそれに続く。

森の中、2人は黙々と歩いた。街の中心部を歩くことは殆ど無い。レオは人のいないところを選んで進む。

彼は女の背中を見つめる。

ページに目的は無い。レオにはある。

だから彼はレオの手伝いをするのだ。

別に好意があるわけではなく、ただ目的も無く彷徨うより彼女について目的を果たした方が有意義だと思ったからだ。

記憶を取り戻すことも考えたがどうだろう。

昔の記憶も忘れ、新しく何かを覚えることもままならない腐った脳味噌は"刑"のせいじゃないかとレオは言った。珍しく嘘をついている感じではなかった。

刑による記憶喪失は相応のことをしなければ取り戻せないだろう。

彼は諦めていた。


花を避け実を取り食べながら歩いていると前方から燃え盛る焚き火が動いているのが見えた。

こんなところになぜ、と思うが、焚き火でないと分かる。

あれはケイトだ。時々彼等はあの火の女に出くわした。

彼女がいるということは大きな鱗男もいるのだろう。2人はいつだって一緒にいる。


火が近付いて来る。レオは堂々と彼女の方に向かって歩く。

そして4人は向かい合った。

レオの赤く照らされた顔は楽しげだ。


「こんにちは、ケイトさん。どちらまで?」


炎が揺らめく。

ケイトの苛立ちを現れしているかのようだ。


「なんで……ここにいる、嘘つき女」


酷く嗄れた声で聞き取りにくい。

彼女の刑は喉までも焼き尽くしているらしい。


「ちょっとしたお散歩ですわ」


炎が忌々しそうに溜息を吐いた。

彼女はいつも肘を曲げ拳を胸の前で作っている。

普段はなんとも思わないが今はレオを殴るんじゃないかと不安になるポーズだ。


「他の方は?」


ページは火の後ろに立つ鱗男を見つめる。視線に気付いたようで赤い瞳がこちらを見返してきた。


「……他?」


「おかしな靴を履いた人のことです」


「コムか。殺し合いかな……」


冗談かと思ったがレオは笑わなかった。


「そう。お手伝いしましょうか?」


「君の……手伝いなんか。悍ましいだけだ……」


「純粋な好意で申しておりますのよ?」


「気色悪いな……。

……マックィーン。先に行ってくれ。

早くしないと、ヴィヴィアンが死ぬ……」


「一緒に行かないのですか」


マックィーン……そうだ、この男はそんな名前だった。彼は不満げな顔をしたが「この女と、話してから行く」とケイトに言われ尻尾を一振りする。


「その子供らは放っておいて良いんですか?

さっきからずっと付いてきてますが」


男が硬い爪の生えた指でページの隣を示す。

彼は慌ててそちらを見るが、そこには誰もいなかった。


「ああ……。

良いんだよ……」


「かしこまりました。

では、また」


マックィーンはくるりと身を翻し来た道を引き返していく。

二人には何が見えているのだろう。

不気味に思ったページは、指し示されたところから離れるようにレオの隣に立つ。


レオの喉からグフグフとくぐもった、下品な笑い声が漏れる。猿轡をしているのでそれは言葉にならなかった。


「わたくしとどんな話をしたいのです?」


「……私は、地区長で……ここらの自治チームや……討伐チームのまとめ役をやっている。

だが、君の話は……聞かないな。化け物どもの、討伐を、しないのか?」


「わたくしたち2人で頑張っていますわ」


よく言う。ページは表情にこそ出さなかったが、レオが一度だって化け物を倒していないのを知っている。

それどころかレオに出会ってから化け物を捧げたことはない。

そして……化け物がこちらを襲ってきたこともない。


「なぜそんな、分かりやすい嘘を」


「まあひどい。信じてくださらないんですか?」


「君の、ことは……一つも信じられない……」


燃え盛る炎の中ぽっかりと空いた二つの穴がページを見た気がした。彼は居心地悪く身動ぎする。


「……あら? ページに何かするおつもり?」


「そう、だな……」


ケイトの前で構えた腕が動く。森の木々を指差していた。

木には何かがいくつもぶら下がり揺れている。


「あれの仲間に……入れてもいい」


ページはゾッとし、拳を握る。

首が異様に伸びているがあれは人だ……ケイトが吊るしたのだ。


「ページは何もしていないでしょうに」


「ああ……彼の前に、君を吊るすさ……。

ただ、吊るしやす、そうな……首だと思って、見ていた」


彼は咄嗟に首を押さえた。

それを見たケイトが笑う。サディズムの滲み出る、恐ろしい笑い声だった。


「君、みたいな、素直な男がなぜ……この女といるのか、不思議だな」


「わたくしの人徳かしら」


「つまらない冗談だ……。

……まあ、いい……。この森を燃やす……どっかに行け」


「森を? なぜ」


「気分が良くなる……」


ケイトはゆっくり身を翻した。

死体の吊るされている方へと歩いていく。彼女が歩いた後の地面は僅かに熱を持っていた。


「森を燃やすだなんて……」


ページが呆れて呟くがレオは平然としていた。

動植物が燃えることは気にならないのだろうか?


「燃やすなら燃やせばいいでしょう。

こんなもの、全部偽物なんですから」


「偽物……?」


レオは木を見上げる。そこには色とりどりの花と実が成っている。


「花が咲いているのに実は成らないのですよ」


ケイトの行った先の反対側から化け物が顔を覗かせているのが見えた。慌ててレオの腕を引く。

いくら化け物に襲われたことがなくても危険は危険だ。


「行きましょう」


「平気ですよ」


レオの側にいれば化け物は襲って来ない。

あのケイトにすら化け物は襲い掛かるというのに。


「……あなたは何者なんです」


幾度も繰り返してきた問いに、またレオの喉から笑い声が漏れた。

苦しくなったのか猿轡を外す。

喉にある、もう一つの口がダラリと舌を出した。


「おかしな質問です。

さあ、行きましょうか。この先にあの女がいます。

早く行かないとまた逃げられてしまいますからね」


化け物は近づいて来ない。こちらを伺うように木の陰から覗いている。


「ケイトも近くにいるだなんて……神はまだ私を必要としておられます。

きっともう少しで願いは叶えられますよ」


レオは美しい顔に狂気の笑みを浮かべた。

喉の口が大きく開く。


「ライチ! あの女を殺してやる! 俺への仕打ち忘れさせてなるものか!!」


ゲラゲラと醜い男の笑い声が響く。レオのもう一つの口は真っ黒い涎を垂らしながら笑い続けていた。

レオもまた、静かに微笑んでいる。


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