ひとまずはアルコールを
内臓がどうにかなったというのにニコは元気そのものだった。アドレナリンが出ているのだろうか?
彼はフリーズと共に医療が使える者のところに連れて行かれた。
ライチは勿論、ピンピンしている……一度死んで蘇ったから。
事の顛末をジーナから聞き、スッキリしない気持ちのままライチたちは宿に向かった。
皆、ボロボロだ。ライチは血塗れのあちこち破けた服を着ている、というか引っ掛けているだけだし、セシルも浅いとは言え怪我をしている。オニツカも擦り傷だらけで、シャツはフリーズに貸した為にタンクトップ姿だ。背中の虎の尻尾が、肩甲骨に沿うように彫られているのがチラチラと見えた。
唯一ジーナだけは服の裾が少々泥まみれなくらいで綺麗と言える。
「ライチ!!」
彼女の姿を見た途端エルシーが駆け寄って来る。
砂埃を巻き上げ、小さな陶器の体が必死に走る。
「ああ! どうしよう、血塗れじゃないか!
悪かった、助けが間に合わなくて、ずっとお前のこと探してたんだけど……」
「だ、大丈夫ですよ。生き返りますし……」
「痛かっただろう?」
ギュッと体を抱き締められる。ライチは人形の体を抱き締め返そうとして、しかしセシルに引き剥がされた。
「まあまあ。感動の再会の前に聞かなきゃいけないことが山のようにあるんだが。
……なんで宿から出た?」
低く声を落としたセシルにライチもエルシーも言葉に詰まる。
「そ、それは」
「心配で思わず、すみません」
「いや、私が悪いんだ。ヴィヴィアン様の、ことが……心配だったから。外に出た。
彼女を巻き込んですまない」
「そうだなあ」
セシルがライチを抱き寄せた。
急なことにライチは驚いて顔を上げるが、セシルは真面目な顔をしていた。
「普通なら助からない。ライチの祝福が不死身だったからこうやって、ピンピンしてるだけだ。わかるな?
傷跡も無い……良かったよ、本当に。
本来なら少しでも傷付けたなら許すつもりはないが」
「あの?」
別にライチは怒ってないのに……。そこまで言わなくても、と彼女は眉を下げる。
「ライチとその祝福に感謝するんだな」
「……本当に悪かった……」
「どうするべきかわかるよな?」
ライチはへえ、と感嘆の声をあげた。
こうやって人を強請るんだ……。
「……宿に好きなだけ泊まっていい。代金は貰わない」
小さく項垂れながらエルシーが呟いた。聞いていたライチはなんだか申し訳なくなる。
「……まあいいか。じゃあ遠慮なくそうさせてもらおう。
ライチ。風呂借りようか」
「そ、うですね?」
「ライチ! こっちに来て。
あとでフリーズと一緒に入って手助けしてやりなさい」
セシルの手が緩んだうちにライチはするりと抜け出し彼女の元へ駆け寄る。
「……残念だ。俺が背中流してやろうと思ったのに……」
「そんな堂々とセクハラしないでよ……。ジーナに殺されるよ……。
ねえ、エルシー……ちゃん?」
「なんだ?」
「疲れたから休みたいんだけど良い?」
「勿論だ。
……なあ、ヴィヴィアン様は」
何か尋ねようとして、だがエルシーは視線を落とした。
「いや。なんでもない。私はもうあの人から必要とされてないから」
「……生きてるよ。どこに行ったかは知らないけど」
オニツカの言葉にエルシーはハッとしたように目を見開いた。寂しそうに微笑み「きっと近くにいる。ジーナがいるから」と呟いた。
「……いや、なんか切なげなところ申し訳ないけど俺らはもう会いたくない」
「姿は見せないんじゃないか? ケイト様がここまでの勝手を許すとは思えないし。
それより、お前はご飯いらないんだよな? 他の人らは?」
「少し休んでから頂こうか」
「ニコとフリーズは?」
「怪我したから治療」
「なんだ。待たせる必要無かったな」
待たせる? どういう意味だろう? ライチは首を傾げつつも宿の中に入る。
入ってすぐのエントランス部分に仁王立ちで立つ男がいた。
「コムさん?」
「どうも」
「どうしてここに?」
「最初は彼にライチを助けに行ってもらってたんだが、結局ここで待っててもらうことにした。
医者だから治療出来るし」
医者、と言われてライチは彼の足を見る。
なるほど医者だから爪先を切断して縫い合わせたのか……と、納得はできない。
「助けてもらいましたよ」
「そうなのか? なんだ、言えよ」
エルシーはコムの腕を軽く叩いた。随分気安い感じだ。彼は嫌がるでもなくしれっとした顔で「そうだったかな?」ととぼけている。
「ヴィヴィアンの祝福も解いてくれてたんだって聞きましたよ。
俺たちに協力してくれたんですか?」
「単にヴィヴィアンにお灸を据えたかっただけです」
「知り合いなんですよね」
「管轄が同じってだけですよ」
「……地区長がケイト、ですか?」
オニツカの質問に彼は瞳を向ける。表情は読めない。
「そうです。
ヴィヴィアンが本来の仕事をサボっているようだったので、近くにいた私が手伝いに来ました」
「本来の仕事は私たちの遺骨を探ることですよね」
今度はジーナだ。警戒するような彼女の質問にも彼はあっさり頷いた。
「渡しませんよ」
セシルが腰のポーチに入ったしゃれこうべを隠すように動く。彼のアクセサリーが跳ねてシャラシャラと軽やかな音がした。
この戦いでいくつか落としてしまったようだが十字架やカラフルなビーズのネックレスは無事だった。
「構いません。私の仕事は奪うことではないので」
彼は胸ポケットに手を入れる。
セシルがサッと手を伸ばしライチたちを庇うように立った。
「ほら」
彼も灰色の、つるりとした骨を持っていた。
どこの骨だろう? なだらかな曲線を描くそれは、遺骨だというのに綺麗な状態だった。
「喉の骨の一つです。美しいものです……少しも狂うことなく、完全な形をしている」
うっとり、という言葉が似合うような蕩けた視線で骨を眺めるコムをライチは不気味に思った。
「私たちの目的はあなた方とは違うようですね。
ケイト様と私は、集めるだけでなくこれが誰か知りたいのですよ」
「誰かって……骨からそんなことが分かるんですか」
「骨格から見て成人しているとは分かります。それに男かな……。
ただこれは完璧過ぎる。こんなにも左右対称な骨、人間じゃありませんよ」
「まさか作り物?」
「いえ、関節に磨り減ったような形跡があるので動いていたのは確かです」
「ならなんです?」
「それを突き止めるのが私たちの目的です」
彼は僅かに微笑んで遺骨を仕舞った。
「あなた方の目的は?」
「……教えないでおきましょうか」
「そうですか。なら結構です。
そこまでは探るように言われていませんから。
……お疲れのようですしそろそろお暇しましょう。
また」
コムはカツカツヒールを鳴らしながら宿から出て行く。エルシーは慌ててその背中を追っていた。
「……ケイトか」
セシルはぽつりとその名を呟いていた。
*
泥のような眠りからライチは目を覚ました。
部屋から出るとちょうどジーナに会った。オニツカとセシルは酒屋に出た、興味があるなら行ってくればいい、と。
あの戦いの後からすぐに酒屋に行くなんて元気なものだなと感心しつつも、少しの好奇心が湧いてライチは酒屋に行くことにする。
酒場は狭いが人はそれなりにいる。彼女は人の合間合間を縫って知った顔がいないか探した。
「らいちちゃん」
呼ばれて顔を上げるとオニツカとコムがカウンター席で呑んでいた。意外な組み合わせだ。
「オニツカさんとコムさん。どうも……お二人で呑んでたんですか?」
既にそれなりの量を呑んでいるのか。2人の顔は赤く、頬は緩み楽しそうだ。
コムは案外人懐っこいのかすっかり打ち解けた様子でオニツカと、新しいグラスにお酒を注いでいる。
なんだろうと思ったら「どうぞ」とお酒を渡された。
「そうそう。らいちちゃんも呑みなよ。
……お酒なんだからなんなんだか、よくわかんないけどさあ……」
「え」
「だってそうじゃない? アルコールかどうか確かめようがないし……薬物かもねー! ワハハ!」
「全然笑えないです」
「ダイジョーブ! 一回呑めば楽しくなるからー!」
オニツカのハイテンションを見るにそのようだ。
彼女は渡されたグラスの匂いを嗅ぐ。……まあ、最悪死ぬだけだ。
少しだけ飲むと甘苦い味が口いっぱいに広がった。
「……これ、美味しくないですね」
「あれー? らいちちゃんってお酒好きじゃないの?」
「こういう所って厄介なことに巻き込まれやすいので」
「それはーらいちちゃんが鈍臭いだけ!」
ライチの背中をバン! と叩いて彼は楽しそうに笑い酒を仰ぐ。
コムをチラリと見ると2人の様子を面白そうに眺めながらちびちび呑んでいた。
「……コムさんもお酒呑まれるんですね」
「嫌なこと全部忘れられますから」
記憶を失うまで呑む気か。彼女はサッと彼のテーブルに視線を走らせる。
空になったグラスの数はオニツカ以上だ。
「そのー……大丈夫です?」
「問題ありませんよ。
お酒強いので」
「なら良かった」
「というか強くなったというか……。入り浸ってたら強くなりました」
「入り浸っ……」
「世の中嫌なことが多いですから。
そういえば……ライチさん、あなた折角呪ってあげたのにヴィヴィアンに使わなかったんですね?」
あの時はジェイコブスよりもニコを止めるべきだと思ったのだ。
彼には悪いことをしたと思うし、罪悪感が胸の中モヤモヤと広がっているが、ニコを止めなければジェイコブスの攻撃も止まらないと思ったのだ。
結果として悪くはなかった。そう、セシルに言われた。
「すみませんでした」
「謝らなくていいんですよ。ただ私があの男の苦しむ姿を見たかっただけです」
ウフフ、と綺麗に笑うコムにライチは薄ら寒いものを感じる。
何かあると根に持つタイプなのだろう。こういう人は怒らせると怖い。
「な、仲が悪いんですね」
「はい。大嫌いです。
嫌いの両思いってやつですね?」
妙な色気を出しながら微笑むコム。なんなんだろうなこの人。
ライチは助けを求めるように店内を見回すと見慣れた鹿のツノが見えた。
「フリーズだ」
オニツカも見つけたらしい。
ボンヤリとその姿を見ていると彼女もこちらに気付いたのか笑みを浮かべて駆け寄って来た。
顔色は良い。怪我は良くなったらしい。
「なんだこんな所に……」
何か言いかけた彼女のツノが見知らぬ男の背中を叩く。
「あん? なんだよ」
「ツノが当たったんだ。悪かったな」
「……良いけど……なんだ、お前。討伐チームか?
可愛い顔してんじゃねえか」
男が馴れ馴れしくフリーズの顔に触れる。彼女は嫌そうに手を振り払った。
「ナンパか? 他を当たれ」
「良いじゃねえか。一緒に呑もうぜ」
「嫌だよ。誰だお前、馴れ馴れしいな」
止めに入らないと、とライチが立ち上がったがオニツカに「任せて!」と言われてしまう。
いや、任せられないけど。と喉まで出かかったが腐っても鯛、酔っ払っててもヤクザなんだし、ひとまず成り行きを見守ることにした。
「彼女に何か?」
「あ? なんだ?」
「オニツカ!」
フリーズは嬉しそうだ。ホッとしたように息を吐いている。
「悪いけど彼女俺の友達なんだよね」
「関係あるかよ。
こっちで呑めって」
「しつけえよ!」
フリーズが何度も虫を払うようにして男を振り払おうとするが男は未だ彼女に執着しているようだ。
手を伸ばして触れようとする。
「こんな男のどこがいいんだっての。
お前もさ、友達ってだけだろ? さっさと失せろ」
「そうだけど」
オニツカもまたフリーズに手を伸ばした。彼女は振り払わない。
そっと、彼の手がフリーズの手を握り、まるでキスをするように自分の口元に寄せる。
「フリーズは俺が良いよね?」
「へ、あ、うん」
「ならこっち」
軽く腕を引き素早くフリーズをライチの方に誘導するとしつこい男に「そういうことだから」と微笑んだ。
男はなおも食ってかかろうとしたが彼がバールを持っていることに気がつくとこれ以上はもういい、とばかりに背を向け席を移動した。
「お、おおー! すごい! 珍しく揉めてない!」
「らいちちゃん?」
「で、でもそうだな。オレもてっきり出会い頭に1発ぶん殴ると思ったぜ」
そう言うフリーズの頬は酒気に当てられたのか赤い。
「フリーズまで……。
そりゃお前怪我してるんだから。喧嘩に巻き込めないよ」
「へ!? あ、そっ、だね! ……そんなこと考えてくれたんだな……」
「いつ殴るのかドキドキしました。
ね」
コムに同意を求めると「良かった良かった」と軽く呟く。
「ん? なんでこいついるんだ?」
「一緒に呑んでたんだよ。気付かなかったの?」
「マジかよ……近寄りたくねえ……」
「私もあなたのようなアシンメトリーの権化に近づいて欲しくないな」
「……仲良くしようね」
まず無理だろう。ライチはそう思いながらも、コムに倣ってちびちび酒を呑んだ。




