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あなたを愛する人はいない*

岩岩に大量の血痕が付いている。

戦いを仕掛けてどれくらい経っただろうか。

オニツカは近付いてくるジェイコブスの傀儡たちを薙ぎ払いながら考える。

当初50人ほどいたが、ジリジリと数を減らし今じゃ10数える程になっていた。中には勿論ニコもいる。

そして鐘の音を聞いてもうそんなに経ったか、と驚いた。

セシルは遺骨を器用に操り化け物をドンドンとけしかけている。

ジェイコブスは動こうとしないで、祝福で手に入れた味方に戦わせていた。


味方達は化け物に比べれば弱い……というより、彼等はジェイコブスを守ることが最優先であり、こちらへの攻撃は二の次らしい。お陰でジェイコブスを庇って死んでいく奴らが多く特に苦戦することなく数を減らせていた。

しかし良い働きをするのはニコだ。一言も口を聞くことなく、冷静にこちらに槍を撃ってくる。

ニコに掛けられた祝福は根強い。彼の心ここに在らずであり、セシルやオニツカが呼び掛けてもボンヤリしている。

ただ1人ジェイコブスの呼び掛けだけは「メル、大丈夫だよ」と慈愛に満ちた声で返事をするのだ。


いつもの飄々とした彼とは思えないその姿、その声に、オニツカは遣る瀬無い気持ちになる。

家族のことをニコが話すことは多くないので娘のこともよくは知らない。

なんとなく……ライチにすぐに心を開いたのは、そのことがあったからなのだろうと思う。

普段からも親しげな2人は時々、父と娘、もしくは先生と生徒というように思える雰囲気を出す時があった。

そんなことを考えながらオニツカは近付いて来た男の頭をバールでカチ割っていく。


「遺骨か」


ジェイコブスがふうと息を吐いた。やはり存在は知っているらしい。


「やれやれ、そんな派手にそれを使って。僕が奪いに行くとは考えないんだ?」


「遺骨に興味無いと思ってたがな」


セシルが一歩踏み込み、ジェイコブスの近くにいた男の首を捻り殺す。

そしてまた一歩踏み出すとセシルのいた場所スレスレに槍が飛んで来た。


「僕は無いよ。あるのはケイトだ。

僕の上司の焼死体。

本当はね、僕の仕事って君達が持ってる遺骨を探ることだったんだけど……そんなことよりもジーナの方が大切だしねえ」


仲間が殺されているというのにジェイコブスは顔色1つ変えない。


「ジーナはお前のところに戻りたくないってさ」


「お前たちがたぶらかすからだろ。

彼女は僕の妻だ。他の男には渡さないさ」


「たぶらかされるタマかよ」


ジェイコブスは不思議そうに首を傾げている。そうしていると本当にただの少女にしか見えない。

中身が三十路間近の男だなんてな。オニツカは失意と共に息を吐いた。


「これじゃキリがないね」


少女がポツリと呟く。オニツカは数で劣勢だったにも関わらず敵を減らしていくことに快楽を覚えていたのだが。


「ジーナも見つからないみたいだし……どこに隠れちゃったのかなあ。

彼女のことだから僕に向かってくると思ったんだけど」


当初のセシルの読みは当たっていた。ジーナを向かわせなくて良かった。

思案顔で髪の先をいじるジェイコブスにオニツカはゾッとした。

もし彼女を囮として使っていたらどうなっていただろう……。ジーナは口うるさく短気だが、仲間は仲間だ。

彼女の冷静な視点と化け物を退治しても顔色ひとつ変えない胆力は尊敬している。

そんな彼女がチームから欠け、この異常な男に連れ去られると思うと胃から酸っぱいものがせり上がってくる。

おおよそ支配欲の強い男というのは女に対しロクなことをしない。……自分もそうだからよくわかる。


「そろそろ終わりにしたい」


ジェイコブスはそう言ってスカートを捲り太もものホルダーから何か取り出した。

銃だ。


「ハア!? 銃なんてなんでっ……!」


「お願いして作ってもらったんだ。

なんとか形になって良かったよ。僕これ上手いんだ。

ジーナに近寄る男をよくこれで殺したなあ。

プシュンってね。サイレンサー付きだから誰にも気付かれなかった」


「ウクライナって随分治安が悪いんだね」


「そう。だからコッソリ治安を良くしてたんだ」


何がだ。

オニツカはセシルの方に駆ける。

さすがに銃はマズイだろう。

一先ず撤退するべきだ。


「おっと。逃げるなよ」


パン! という破裂音と、そのすぐあとにセシルのうめき声。


「セシル!?」


「クソ、守護が、間に合わなかった。

……大丈夫だ。大したことない」


彼の豹の背中に赤い線が浮かんでいる。

銃を見たことでそれに思考が引っ張られる。フリーズが左腕を落としたそもそもの原因は銃だった。

彼女がケイトの武器……銃を盗んだのが始まりだ。

どこでこんなものを手に入れたのか気になって盗んだなどと彼女は言っていたが、つまりジェイコブスはあの時から……いや、それより前からケイトと付き合いがあり、多分ジーナのこともずっと見ていた……。

ずっと。

その執念に彼の背筋が粟立った。


「オニツカ! ボサッとしてんなよ!」


ハッとして彼は慌てて飛び退いた。

彼の顔の側ギリギリに熱い何かが通り過ぎていく。

オニツカは思考をやっと切り替えた。とにかくコイツをなんとかしないとならない。


「しまったな。数を減らされてたんだ」


これで銃が撃ちやすいよう、そしてニコの槍が撃ちやすいようになってしまった。

ここでの戦いは時間稼ぎに過ぎなかった。

ジェイコブスの目的はジーナだ。彼女を見つけるために邪魔な自分たちの相手をしていたに過ぎない。


「俺がニコの相手をする?」


「やめとけ。それよりジェイコブスをなんとかした方が良いだろ」


「ニコがいたらジェイコブスに近付けないし」


「出来れば傷付けたくないんだよ」


それはオニツカだって同じ気持ちだがそうも言ってられないだろう。だがセシルが言うなら仕方ない。


「……ここまで来たんだ。やるしかない」


とはいえ、セシルもオニツカも疲労が溜まっている。

どこまで出来るか……そう思った瞬間、槍が降ってきた。ニコだ。

オニツカは慌ててセシルの腕を引く。彼も槍に気が付いた。

守護をかけているとして、ニコの槍に対してどれくらい保つのだろうか?

槍の雨は無限とも言えるほど降り注いでくる。


その隙にジェイコブスが銃を構えた。

……守護は、保たない。


だが、突然槍が巻き戻っていった。

こんなこと出来るのは一人しかいない。


「ジーナ!」


ジェイコブスの感極まった声と、フリーズに殺された人々が悲鳴を上げたのは同じくらいだった。

彼女は左腕に機械で出来た腕を付けている。義手が間に合ったらしい。

新しい腕で剣を振り上げジェイコブスに突進していく。


「フリーズ!? ジーナ!! 何やってんの!」


「こういう時に限って絶対俺の言うこと聞かないよなあ」


セシルはしみじみ呟いていた。そういう場合じゃないだろう。


「ジーナ! ダメだ、アイツはお前を狙ってんだよ!?」


「そんなの承知の上よ」


「だったらなんで……」


「よく分からないけれど、あの人の味方がドンドン黒い靄を出しながら倒れてったの。

だったらもう諸悪の根源を殺さないと終わらないじゃない」


ジーナがジェイコブスを忌々しげに睨む。その視線の鋭さに気付かないのか、彼は「黒い靄ねえ」と囁いた。


「コムかな。邪魔ばっかりして嫌になるねえ。

何の為にエルシーを利用したのか分かってないのかしら」


彼は軽やかな足取りでフリーズに近付くと彼女の機械の腕を強く引いた。

ニコに気を取られ油断していた彼女はあっさり捕まってしまう。


「う、クソ、力強えな!

祝福かける気か!? 離せ!」


「んー。義手じゃダメかなやっぱり」


ジェイコブスはくすりと笑う。その可愛い顔をオニツカはぶん殴りたくなった。


「フリーズを離せ」


「君たちは攻撃をある程度防げるようだけど、至近距離の銃弾は何回防げるかな」


ニッコリと笑い彼はフリーズに銃口を向けた。

慌てたフリーズがもがくと、先端を腰にくっつける。


「逃げるなよ。

さあ、ジーナ。この女を殺したくなかったらこっちに来るんだ」


何やってるんだよ、とオニツカは怒鳴りたくなる。

なんでいつもそう迂闊なんだ。腕を失ったのだって、そうやって考えなしに突っ込んでいくからじゃないか……。


「ジーナ、大丈夫だ。オレ様の祝福を使えば」


「……え?」


ジーナが何かを見つけたようで呆然とそちらを見ている。

つられてオニツカも見た。


街の方から、血塗れの女が走ってくるのが見える。

その姿に背筋が凍る……ライチだ。

また殺されていたのか、服は大きく破け白い腹が見えている。


「だからなんで言うことを聞かないんだ」


セシルがボソリと呟いていた。


「ライチ!? 何やってんの!?」


「フリーズさんこそ……!」


彼女はジーナの横に来ると呆然としたように辺りを見渡し「全員集合してますね」と呟いた。

その通りだった。そしていつのまにかこの場にいるのはジェイコブスとチームたち6人だけになっていた。

化け物やセシルによって殺されていったようだ。


「大集結って感じかしらね。

パパにはもう一踏ん張りしてもらわないと」


ニコが無機質な目をライチに向けた。

それをライチも見つめ返す。


「ニコ……さん」


彼女は囁くようにニコの名前を呼ぶと一気に駆けて行った。


「ライチ!?」


槍はライチ目掛け放出されていく。

彼女は足が特別早いわけではない。何本もその背に、腹に、刺さっていく。


「あらら。凄い度胸」


「何考えてんだ……!」


セシルもまたライチの方へ駆け寄ろうとするが、オニツカはそれを止める。

ジェイコブスから距離を取るべきじゃない。

ライチには悪いが彼女は蘇る。それよりもフリーズやジーナにまで手が伸びたらまずい。


体中から血を溢れさせ、ヨロヨロと歩きながらライチはニコに向かって手を伸ばした。


「ニコさん。私」


ニコが避けようと一歩後退するがライチは許さない。引きずるようにしながら、血の道を作りながら、彼女はニコに触れようとする。

ジェイコブスを見ていなくてはと思うのにオニツカはライチから視線を外しきれない。

皆が、ジェイコブスすら、ゾッとしたように彼女を見つめていた。


「ごめんなさい」


そう言ってついにニコの手に触れた。彼は怪訝な顔を浮かべるが、次の瞬間苦痛に声を上げその場にしゃがみ込んだ。

口から血が溢れ出す。それはライチも同じだった。


「ごべ、なさ……い。痛くしっ、て……。

お、思い出して……奥さん……と、娘、さんのこと……」


何が起こったのだろう。

二人は低く唸りながらもがいている。

ニコは苦悶の表情を浮かべ何度も何度も、助けを求めるように悲鳴を上げていた。

二人の体が別の生き物のようにガクガクと震え悶え動く。

やはりあの時ライチを止めるべきだったのか。オニツカは自分の行動に後悔する。

しかし黒く長い髪が揺れ、ライチが血の海からゆらりと立ち上がりジェイコブスと向き合った。

今までの境遇のせいか痛みからの回復が早いらしい。


だが立ち上がった彼女はいつもの様子とはまるで違っていた。

髪の隙間から覗く瞳は異様な輝きを放ちおぞましさすら感じさせる。

病んだ瞳だと、オニツカは知っていた。


「……祝福は、望みだ……。けどお前の望みが叶えられることは無い……」


いつものライチのものとは思えない低い声。まるで泥の奥から聞こえるようなくぐもった声だった。

オニツカが未だ唖然としていると、今度はフリーズが動いた。素早く体を捻りジェイコブスの銃口から逃れると幼女の体を蹴り飛ばす。


「何しやがった!」


軽い体は簡単に飛ばされ岩岩の段差に打ちつけながら止まる。彼は鼻血を零しながらフリーズを睨んだ。


「僕は何もしてないよ。コムが何かしたんじゃない?

はあ、子供に対して遠慮がないねえ」


「子供じゃないだろ」


「ジーナはすぐに来てくれると思ったんだけど、こんなに苦戦するとは。

撤退撤退」


「させるかよ!」


フリーズがジェイコブスに駆け寄る。だが彼は黒い塊を素早く取り出すと彼女の足を撃った。もう一つ銃を持っていたらしい。

乾いた破裂音が響く。


「フリーズ!」


「ジーナ。また後でね」


ニッコリと、そういう言葉がぴったりな笑みを浮かべたジェイコブスはさっと身を翻し走り去っていく。

追いかけようとしたセシルを化け物が阻んだ。


「あいつも遺骨持ってたのか!?」


「……違いますよ。それなら劣勢になる前から使うはず。

祝福で……」


ジーナはそんなことを言いながらセシルのサポートをしている。化け物はすでに手負いだ。そうか、これはやはりセシルが遺骨で呼び寄せた内の一体なのだ。

化け物に残された怪我に己が行った攻撃を思い出す。この頭の凹みはバールで殴ったときにできたものだろう。

しかしジェイコブスの祝福は化け物にも効果があるのか? なぜ? オニツカは頭の片隅で疑問を浮かべながらフリーズに駆け寄った。


「うう……なんか、怪我ばっかしてねえか? オレ」


「無茶ばっかりするからだろ!」


いっつもいっつもそうなのだ。オニツカは苛立ちながらフリーズの怪我を覗き込む。

撃たれたのは脛だった。銃弾はギリギリのところで逸れたらしい。血は溢れているが酷いというほどではない。

撃つ前には間に合わなかったようだが、寸前のところまでジーナが巻き戻してくれたのだろう。


「怒んなよ……。

それより、オレは良いからニコとライチを」


オニツカは顔を上げ二人の方を見た。化け物に視界を邪魔されよく見えないが、人影が一つ分しか無いように見える。


「……あれ? ニコは?」


見当たらない。あんな大怪我でどこへ? まだジェイコブスにかけられた祝福が解かれていないせいでついていってしまったのだろうか。


「ジーナもいない」


見ると化け物の相手をしているのはセシル一人になっていた。

ライチを見ると死体の持っていた武器で自分の喉を掻っ切っていた。自分でトドメを刺したらしい。

オニツカはフリーズにシャツを渡してセシルの補佐に走ることにした。


それにしても……さっきのライチの言葉は本当なのだろうか?

祝福がその人の望み。だとしたら、ジェイコブスの望みは愛されることなのか?

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