愛すべき友人を呪いたい*
流血表現あり。
ライチとエルシーが宿に入ったのを見届けた後、四人は場所を移動した。
攻撃を仕掛けられるなら早めに移動しないといけない。
「ヴィヴィアンだけ誘き出して叩かないと」
「……なら私が囮になります」
「ジーナ。いいの?」
オニツカは驚いた顔をする。しかしセシルは首を振った。
「ダメだ」
「あら。ライチみたいに扱ってくれてるんですか?」
「何? 抱きしめて欲しいのか? って、嘘だよ、お前から言い出したんだろ……! 殴るな!
そうじゃなくてだな、お前が囮になるなんて向こうも想定してるだろ。
得策とは思えない」
ジーナはそれもそうか、と頷いて拳を広げた。
彼女の短気の原因はどうやらジェイコブスにあるんじゃないかとセシルは気付いたのだが、なんにせよ手に負えない。
「……一応確認しておくが、お前はアイツと一緒になる気は無いんだよな?」
「やめてくださいよ。本当、こっちの世界はあの人に会わないのだけが素晴らしいと思っていたんだから」
「一応だよ。夫婦だっていうなら色々あるだろうし」
その気遣いすら腹立たしいらしい。ジーナは鋭くセシルを睨んだままだ。
「んで、どうすんの?」
「コムってのを探そう。
会ったとき、ジーナと話してたら何事かに巻き込まれて迷惑してる、みたいなことを言ってた。多分ジェイコブスのことだろ。
もしかしたら助けになるかもしれない。ならないかもしれない」
—私はただ少し話しただけの間柄ですよ。
少し話しただけだったんですけど
—嫌なことに巻き込まれましたね
ジーナに会いたがっていたのも、ジェイコブスのことを聞きたかったからだろう。
二人は自治チームだ。それも所属は同じだろう。
しかし自治チームも一枚岩ではない。きっと二人は相対しているのだ。
コムをこちらに付けられれば相当心強い。
とは言え、エルシーの友人というのも気掛かりだ。
逆にジェイコブスに協力している可能性もある。
「ジーナとフリーズでコムを探せ。ついでにフリーズは義手をなんとかしろよ」
「まだ出来てないだろ」
「途中でも良い。腕が無いのは不便だろう」
「俺の貸す?」
「ダメだ。お前にも働いてもらう」
「へえ。何すんの?」
オニツカは楽しそうに目を細めた。割合穏やかそうな顔をしているのに闘争心は人一倍あるのだ。
「まずジェイコブスの味方を減らす。
100いるんじゃ、こっちが数で押し負けるだろ」
「さすがに100人は殺しきれないと思うけど」
「殺さなくたって良い。要は使えなくなりゃ良いんだから、無理なら足でもへし折っとけ」
「簡単に言うなよ」
苦笑しているが多分言う通りにするだろう。この従順さがジーナとフリーズに少しでもあれば楽なのだが。
「ジェイコブスが接触してきたらどうするの?」
「殺せそうならさっさとやってくれ。
難しそうなら逃げろ。ジーナは絶対捕まるなよ。
宿に守護をかけておいたから、もし何かあったら宿に。外に出なければなんとかなる」
「じゃあ二手に分かれんの?」
「ああ。お前たちはコムを探しつつ、ジェイコブスの味方って分かるのがいれば対処しておく。
俺とオニツカでジェイコブスの方に行って、味方を減らす」
彼は遺骨を見せた。
「化け物をうまく使わせてもらおう」
「それ本当便利だよね」
「これで呼んだ化け物を撃ち漏らすとヤバイけどな」
「あー、まあそうだよね……」
それに得体の知れないものにあまり頼るべきではないだろう。
……そういえば、ジェイコブスはこの遺骨の存在を知っているのだろうか。
常に最悪の状況も想定して行動なければ……。
「向こうも持ってたら厄介だな……」
「奪い取れば良いじゃん。楽で良いよ」
オニツカのけろっとした言葉にセシルは笑う。
確かにそうだ。
「怪我したら宿に戻れ。じゃあな」
「おー」
二手に分かれ四人は歩き出す。
オニツカを見ると笑みを浮かべていた。圧倒的不利なこの状況が楽しくて仕方がないのだろう。
……心強い味方だ。
*
あれから鐘の音が一回響いた。
その間ライチとエルシーは息を潜め宿に篭っていた。
街の様相は一変し、外からは怒号と、時折悲鳴が聞こえる。
悲鳴が聞こえるたびライチはそれがチームの誰かのものなんじゃないかと気が気でなかった。
拳を握り祈るように窓を見つめる。
それはエルシーも同じだった。彼女は額に巻かれた包帯をいじっていたが、突如スッと立ち上がった。
「ダメだ。耐えられない」
「エルシーさん?」
「ヴィヴィアン様が死ぬのはやっぱり、嫌だ。
あの人のやってることはひどいことだ……人に対しての敬意がない。だけど私はあの人が好きなんだ。
愛してる。このまま、あの人が死ぬのをただ見てるなんて出来ない!」
そう叫ぶといきなりエルシーはカチャンカチャンと陶器の擦れる音を立てながら外に飛び出してしまった。
この危険の中なんてことを。ライチは慌てて後を追う。
「エルシーさん待って!」
「来ないでくれ! お前とは考えが違う……。敵対してるんだ!
宿にいれば良い! 私はお前たちには危害を加えない、ただヴィヴィアン様を守りに行くだけだ!」
「でもその想いは作られたものなんですよ!?」
ライチの迂闊な言葉はエルシーを深く傷つけた。
彼女はグラスアイを輝かせ「そうだ」と呟いた。
「そうだよ。作られたものだよ! だがな、私は今までこんな幸せな気持ち知らなかったんだ……あの人が笑う。たったそれだけなのに……こんなに嬉しいことはないんだよ。
ヴィヴィアン様がどんなに非道な人だろうと、この気持ちを与えてくれただけ、私は本当に……堪らなく嬉しいんだ」
彼女は何かに堪え兼ねたのか、体を折り曲げる。
「人体実験に失敗して多くの人を殺した私が、人を愛することが出来なかった私が、愛を知ることができたんだよ……。それが偽物だろうと構わない。
こんな幸せ私は一生知れなかったんだから!」
エルシーの叫びをライチは受け入れられなかった。
それが嘘だと、報われないと分かっていて破滅の道へと突き進ませるわけにはいかない。
再び走り出したエルシーをライチはまた追った。エルシーは走るのが遅い。そもそも人形は走ったりなどしないのだ。
「エルシーさん、お願いだからあんな人のために死ににいかないで」
「あんな人なんて言うな! 私はヴィヴィアン様のために私の命を懸けられる」
「懸けないで。そんなことしても報われないじゃないですか」
「報われたくてしてるんじゃない。ただ私が、そうしたいってだけだよ」
ライチはエルシーの腕を掴んだ。彼女は苦しそうだ。体を丸め「走ることすら出来ないのか私は!」と苛立つ。
「……戻りましょう。ここは危険です」
「なんで追いかけて来たんだ」
泣きそうな顔で見上げるエルシーの横にライチは座った。
「私の悪夢に入り込んだ時、あなたは泣いていたから」
教室に置かれた人形の姿が、肉片にされ泣き叫ぶライチを見つめ涙を流す陶器の顔が、脳裏に浮かんでいく。
「……そりゃあんなひどい目に遭わされてたら泣く」
「エルシーさんは優しい人ですよね。
世の中には化け物に襲われている私を助けもしないで食べる人だっているのに。
ご飯だって残してしまった私を責めないでくれた」
「そんなことで責めたりしない」
「うん。でも私の周りにはそういう人が多かったから嬉しかったんです。
私は、あなたがジェイコブスを守りたいという気持ちと同じくらいあなたに危ない目にあって欲しくないんです」
だから、と続けようとした言葉は途切れた。ヒュンヒュンと何かが風を切る音が耳に飛び込んできたのだ。
通りの向こうを見る。
あれは斧だ。斧が飛んでくる……。
ライチは咄嗟にエルシーの体を抱き締めた。
自分には守護がかかっている。多少の攻撃は受けられるだろう。
「ライチ!?」
重い一撃だった。
守護ごと体が吹き飛ばされ、ライチとエルシーは地面に投げ出された。
人間の溜息のような音がする。守護が切れた時の音。
顔を上げる。そこには大きな犬耳の生えた、腕の四本ある女が立っていた。
確かフリーズの義手を作るときにジーナと口論していた女だ……彼女もまたジェイコブスの手先だったということか。
「ヴィヴィアン様のために……」
女は操られているせいで虚ろな目をしていた。
「おい! 私は敵じゃない! こ、コイツもそうだ」
「……ヴィヴィアン様のために……」
「ダメだ。話を聞かないな」
女がもう一本持っていた斧を構えた。また投げて来る気らしい。
だが守護はもう無い。
「私の後ろに」
ライチは半ば無理矢理エルシーを後ろに隠した。
女は無感情な瞳のままだ。
「えっ」
「夢で見たでしょう? 私不死身なんです」
斧が、不気味な音を立てて飛んでくる。そしてライチの腹を貫いた。
「ライチ!!」
ライチは腹の斧を抜く。体が倒れそうになるがなんとか堪えた。
「逃げ、てください……」
「そんなこと出来るか!!」
「逃げて……宿に、戻って……。あそこは、守護が、かかってる。
私は平気です……すぐに蘇ります……」
エルシーは何度も何度も往来とライチの顔を見比べた。女が殺意を持ってこちらに詰め寄る。
ライチは蘇るから構わない。だがエルシーは。
「早く……!!」
絞り出した言葉に彼女は何かを決意したように拳を握り走り出した。
「すぐ戻る。助けを呼んでくるから!」
そんなことしないでいい、という言葉は出すことができなかった。女がライチの体を殴りつけたのだ。
「ヴィヴィアン様の……ために……」
「……なぜ? なぜそこまであの人を……?」
「あの人は、私の大事な……人よ」
女が近くに落ちていた方の斧を拾うとゆっくりと、ライチの頭に掲げた。殺す気だろう。
人間はまだマシだ。
死体を長時間弄びはしない……人間にそんな暇はないから。
ライチは目を瞑る。
しかし一向に痛みは襲って来なかった。何かが壁にぶつかって落ちる音がする。
目を開ける。女の首が跳ね飛ばされていた。
「へ!?」
頸動脈から溢れた血がライチの体に掛かっている。彼女は慌ててそこを退いた。女が地面に倒れる。
そしてその背後に立っていたのはコムだった。
彼は変わらず真っ黒な衣服に身を包み、面倒そうにライチを見下ろしていた。
「あなた……」
「探してると聞いたんですが……。あなたじゃなかったかな?」
彼は手に持っていた斧を放り投げる。あれで女を殺したらしい。
ヒールを打ち鳴らしライチの方に近づいて来た。
「で、何が起こってるんでしょう?」
敵意があるのだろうか? 彼女は穴の空いた体を動かしコムから距離を取ろうとする。だがうまく動かないその体は壁にぶつかるとズルズルと地面に倒れこんだ。
「……ヴィヴィアンという人と私たちは敵対しています」
コムの顔は彫刻のように動かない。
「あなたは、エルシーさんの友人ですよね……彼女を助けてください」
「その前にあなたを助けましょう」
「いえ、私は……不死身ですから」
「分かっています。
あなたも巻き込まれただけですよね。
私も、ただジーナという女性と話しただけです。そしてエルシーも単に私の友人というだけだった。
あの男……腹が立ちますよ」
コムはライチの血だまりギリギリまで寄って来たが、それ以上近付くことはない。神経質なこの男が血に触れたがるとは思えなかった。
「……ヴィヴィアンと対抗しているのですか?」
「そうですね……。元々好きじゃありませんでしたが、今回ので完全に。
友人にまで手を出すのは頂けない」
彼の目に仄暗い怒りが浮かんでいる。
その瞳がそのままライチに向けられる。
「あの男を殺すというのなら力を貸しましょう。
私の祝福は呪い。あなたを呪ってあげます」
「呪い……」
エルシーの人の姿は彼の作り出した幻覚という話だったが。
「どう、やるんですか」
「私にとって良きものと引き換えに、私とあなたのどちらかにとって悪いことを起こします。
……死ぬのは怖くないですか?」
「ええ……」
今現在も死んでいる最中だ。彼女は死よりも蘇る方が怖い。目を開けた時どうなっているか。
「私の寿命と引き換えにあなたとあなたに触れた人の内臓を移動させます。
それで死ぬ事はないでしょうが動けなくはなります。
一度きりです。ヴィヴィアンはあなたに祝福をかけようと近付いて来ます。よく考えて使ってください」
「寿命って、だって、そんな」
「大丈夫ですよ。この世界に寿命なんてあってないようなものですから」
どうですか、と問いかけられ彼女は頷いていた。
ヴィヴィアンを止めなくては、ニコが、ジーナが、どこかに行ってしまう。
「では、そういうことで」
彼の体から黒い靄がズズズと浮かんだ。それはゆっくりと拳大の球体に変わりライチの腹の方まで飛んでくるとパッと弾けた。
これが彼の祝福。
ライチの体に死んでいるということ以外の異常は見受けられないが……。
「……かかってますか?」
「大丈夫。あなたの目に見えないでしょうがちゃんと呪われましたよ。
さて、私も行かなくては。申し訳ないですが一人で平気ですよね?」
「どこへ」
「エルシーを助けないと」
彼は薄く笑み浮かべると「健闘を祈ります」と去って行った。
血だまりの中ライチは大きく息を吐く。
闘いはこれからか。
セシルたちはすぐ側にいる。




