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嵐の予兆

少しして彼らはベッドから抜け出す。

やる事は沢山ある。

フリーズの義手の様子を見に行こうという話になり、セシルは彼女と共に店に行くことにした。

オニツカも行きたがったがとんでもない。またぞろ賭博場にでも行くつもりだろう。

彼にはニコと化け物を狩って来るよう命じた。

ジーナとライチは宿で留守番だ。本当は二人に街に行って情報でも集めてもらいたかったが悪夢のこともあり、セシルは休むように伝える。

ライチは不満そうだったがジーナに強く言われ渋々部屋へ戻って行った。


「ハア。セシルと街におデートに行ったってなあ」


監視の目を盗んで賭博するつもりだったのか。

オニツカじゃなくて悪かったな、という言葉を飲み込んでセシルは彼女の足を尻尾で叩いた。


砂っぽい風を浴びながら店まで歩く。

街は最近来た自治チームのお陰か活気付いて見えた。


「……なあ、セシルは悪夢見たのか?」


思わぬ言葉にセシルは一瞬反応できなかった。なんとか「ああ」と言葉を絞り出す。


「あまり思い出したくはないな」


「オレもだよ。

……しかしこれでジーナ以外全員見たことになる。

守護でなんとかなんねえの?」


セシルは視線を足元に落とす。

この祝福が一体なんなのか彼には未だよく分からない。

まだ物理的に守るというのは分かる。しかし見えないものからどう守ればいい?

どう使うのかも曖昧だ。アクアの件の時だってライチに祝福を掛けていたのに、結局彼女は傷ついた。


ニコは祝福を使うのが上手い。ジーナも器用だ。

だがオニツカ、フリーズ、そしてセシルはムラがある。ライチもあれだけ苦しめられているのだ、上手く扱えているとは思えない。

祝福を扱うには生まれ持った素質が必要かそれとも……。


彼は首から幾つも下がるネックレスの中、十字架を指で探し握る。

この世界に居もしないものに縋るのがいけないのだろうか。

怪訝なフリーズの顔をセシルは見つめた。

質問には答えず「目的は分かるだろ」と言う。


「え?」


フリーズは目を丸くした。


「なんだよ目的って」


「遺骨じゃないのか。

アクアの件で俺たちが遺骨を集めてる事は周りにバレたんだ」


あの件の目撃者は多い。残念ながら隠しておくこともできなかった。


「遺骨……。アレなんなんだろう」


「さあなあ。

女神が消したい化け物を操れるモノ。なのに女神はそれを手に入れようともしない」


「存在に気づいてないとか?」


「それはあり得る。

女神って言っても供物を捧げてると俺たちのことも感知できなくなる」


彼は女神のことを考え、グリーンの御石を見る。それはまだ美しく輝いている。

……声しか聞いた事はないが圧倒的な力を持つ恐ろしい何か。

だというのに化け物を自分で倒す事はできない。


「遺骨は大丈夫か? 盗られないだろうな」


フリーズがセシルの腰のポーチをちらっと見る。

いつもここに入れているが今はポーチの中は財布のみだ。


「大丈夫だ」


「どこにあんの?」


「いや。俺も知らない」


「ハ?」


フリーズが顔を大きく歪めた。頭のツノが揺れ、セシルの肩に当たる。痛い。


「お前、ツノの長さ考えろって」


「知らないってなんだ……本当に大丈夫かあ?」


「大丈夫だよ。

ジーナに任せてんだ。そういうところは信頼できる」


いきなりキレなければ、彼女は優秀な人材なのだろうが。

まあこの世界においては善人だと言えよう。


「キレて遺骨壊さないといいけど」


「……心配になってきた」


「しかしアイツのヒステリーも何が原因なんだから……」


フリーズがボヤいて首を振った。通行人にツノが当たる。

歩いていた男は短い悲鳴をあげてよろけた。ドサドサッと倒れる音がする。


「なんだ?」


「なんだじゃない!

悪いな、コイツまだツノが生えてること理解できてないんだ」


セシルは弁解するが男は体を起こそうと必死なようでセシルの方を見ようともしなかった。

男の後ろから「イテテ」と可愛らしい声がした。

子供……?


「ハア、こちらこそ余所見していてごめんなさいね」


声の主は可憐な少女だった。10歳くらいだろうか、まるでかつての貴族のようなフリルたっぷりのドレスを着せられている。

倒れた男の子供のようだ。この世界で子供を作るのは珍しいが……。

彼が転倒した際この少女も倒されたらしい。セシルは二人に手を貸す。


「おや、ありがとう」


少女の手を握る。彼女の手は小さく冷たかった。

青い瞳がキラキラと輝きセシルをジッと捕らえている。

彼女はいわゆる美少女だった。金の巻き毛に長い睫毛、微笑む姿は天使のように可愛らしい。

親がこんな格好をさせるのも頷ける。


「あー、悪い」


フリーズもさすがに悪いと思ったのか少女に近寄った。彼女はニッコリ微笑んでフリーズの手を握る。


「気にしないで」


フリーズも少女の美しさに気がついたようで驚いたように目を丸くし「ワオ」と呟いていた。


「すっごいかわいいな」


「ああ」


「そう? ありがとう」


彼女はスカートを翻し立ち上がった父親の手を握った。


「じゃあ失礼します」


「おい。美少女が行っちゃうぞ」


「誘拐でもするか」


「それいいな」


「やめてね」


少女は笑顔のまま距離を取る。

二人の不謹慎ジョークに父親は何も言わなかった。少女を見つめフラフラ歩いていく。

そのまま人混みに紛れていった。

多くの人が彼女を見てボンヤリとし、そして歩き出す。


「凄まじいな」


セシルは頷いた。だが何か違和感が……。

少女が見えなくなってからもセシルは行き交う人々を見続けていた。

その中から、誰かが浮かび上がるように現れる。

黒い髪に、黒いスーツに、黒い手袋に、黒いヒールの男だ。


「……あれは」


フリーズが慌てたようにセシルの陰に隠れる。

男はヒールを打ち鳴らしながらこちらに近づいてきた。


「どうも」


二人を射抜くような鋭い視線で男は声を掛けてきた。以前ライチたちから聞いていた、おかしな自治チームの男だろう。


「どーも」


セシルは返事をする。だがフリーズはまだ隠れられると思っているのか、セシルの足の間に入ろうとしていた。

ツノが腹に当たって痛い。


「フリーズそんな所に入るな!」


「オレは今いない……」


「やめろバカ! セクハラだぞ!」


「お前の金玉見たってなんとも思わねえよ」


セシルは豹の足を器用に操りフリーズを蹴飛ばした。カエルが潰れたような声を出しながら彼女が地面に倒れ込む。

その背中をセシルは踏んづけた。


「……すみませんね。なんの用です」


「そのままソレ、踏んでおいてください」


言われなくてもそのつもりだ。セシルは頷く。


「用事というほどでもないのですが……。ジーナさんは?」


「ジーナ?」


ここで彼女の名前が出てくると思わなかった。彼は首を振る。

フリーズが「ジーナは渡さねえぞ!」と叫んでいたので足に力を込める。


「……彼女は何をしてしまったんです?」


「コイツですか? 生まれ持った性質でしょうかね……。哀れなものです」


「いえ、その人じゃなくて。

ジーナさんは何をしたかと聞いてます」


男の問いかけの意味が分からなかった。

セシルが答えられないでいると男は「不躾にすみません」とぶっきらぼうに謝った。


「不躾っていうか何が聞きたいのかよく……。

この世界に来た理由は女神によるものだと思いますけど」


彼は納得したのか、してないのか。

「そうですか」と頷いた。


「あなたはジーナの……なんです」


「私はただ少し話しただけの間柄ですよ。

少し話しただけだったんですけど」


黒い瞳が虚空を見つめる。

その顔は怒りが滲んで見えた。


「嫌なことに巻き込まれましたね。

……あなた方は何も知らないようなので失礼しますね。またお会いすると思います」


彼は急に、スッと冷めた瞳になるとさっさと立ち去ろうとした。その背中に慌てて呼び止める。


「待ってください、お名前は?」


「コムです。四本足のセシルさん」


薄っすら微笑んだコムは結局そのまま去って行った。

フリーズがモゾモゾと体を動かすので足を退けてやる。


「オレたちのこと知ってたんだな」


「そうみてえだ」


彼はギュッと拳を握る。四本足のセシルという二つ名のような、蔑称。


「オレあいつ嫌い」


フリーズが身を起こし拗ねた声でそう言った。セシルも頷く。


「俺もだよ。真っ当なフリをしてる奴はどうも鼻につく」


「にしても何が言いたかったんだろうな」


「さあな。

意味深なことだけ言う意味不明な奴も俺は嫌いだ」


しかし嫌なことに巻き込まれた、と彼は言っていた。

それはもしかしてセシルたちもではないだろうか……。


「……早く店に行こう。この街に長居はしない」


ボーっとコムの背中を目で追うフリーズの背中を尻尾で叩いてセシルは店へと向かう。

また面倒になったら困る。


義手は結局まだ出来ていないらしい。

店主は懸命に義手の仕組みについて、なぜ作るのに時間がかかるのかについて説明していたがセシルには魔法のことなどちんぷんかんぷんだ。

フリーズも同じようで「じゃあいつ出来るんだ?」と会話の中で5回は言っていた。


「その人に流れる魔力を流して義手を動かせるようにするのです、なので」


「マリョクってなんだよ」


「ですから先程も説明しましたけど」


「なんでそれがあると腕が動かせるんだよ」


「話を! 聞いてください!」


店主の説明を聞いているだけで鐘が鳴った。

だがセシルたちが義手の仕組みとマリョクに関して理解することは出来ないままであった。


二人は長く説明を聞いたせいでボンヤリした頭のまま帰路につく。


「結局……なんでオレの義手は出来てないんだ」


「さあなあ……」


「おーい」


宿の前で呼び掛けられ、顔を向けるとニコと疲れ切った顔のオニツカがいた。

相当ニコに振り回されたようだ。


「おう。首尾はどうだ」


「上出来。

二人は? 義手はどう? なんか情報見つかった?」


「ちょっと気になることがあって戻って来たんだ」


「え? そうなの? オレは疲れたから帰るのかと」


「ジーナに聞きたいことが」


そういえば、とフリーズは頷いた。義手の説明ですっかり忘れていたらしい。


「実は僕も少し街に出たんだけど」


ニコの言葉にセシルはため息をついた。


「オニツカ。お前また勝手に」


「違う。俺一人で化け物の相手させられてた」


「ならいい。

それで?」


「うん。

自治チームの人がやたらと集まってるから何かなと思って。

どうもアレは一人の団員にいろんな奴がくっ付いて来てるみたいだ。しかも数が多い。

ちょっとまた面倒になりそうかなあ」


セシルはコムの顔を思い浮かべる。彼もまた、くっ付いてきたいろんな奴の一人だろうか。

セシルが最初の宿を追い出されたのもその一人の団員のせいだろう。


「そんな数で押し寄せて何する気なんだ」


「そこまでは分からなかった。

蘇生の祝福を持ってる人を探しに行っただけだし」


そう言ってからニコは不安そうに「蘇生の力なんてあるのかな」と囁いた。

セシルのチームの皆、全員が遺骨の復活という目的を一つにしている。

中でもニコはやる気だ。遺骨を蘇らせて何が起こるのか興味があるのだろう。

だがそれ以上に彼は……。


「早く町を出ていくと良いんだけど」


「自治チームねえ」


蘇らせる祝福を探す前に、遺骨を取られそうだ……。

セシルは緑の目を細めた。

自分の物に手を出す奴に容赦するつもりはない。


その時だった。宿から悲鳴が聞こえてきたのは。

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